第15話 元カノが大暴れしてたので通報した




 僕は元カノりょうに、嫌いだとハッキリ告げた。

 そして姫子の手を握って、僕は自分の部屋へと戻ってきた。



「……ふぅ」



 嫌い。付き合っていた頃、りょうにそんな感情を抱いたことなかったし、ましてや、本人に直接言葉を伝えたことはなかった。

 でも……。



 僕はさっき、初めて嫌いだっていった。浮気されて別れるってときにも言わなかった言葉。

 相手を傷つける言葉。



 それを元カノに突き立てても……心は痛まなかった。



「姫子。大丈夫、恐くなかった?」



 さっき姫子はりょうに詰め寄られて怯えていたのだ。

 そんな彼女を守らないと、という気持ちから、ああいう強い言葉を選んだのである。



 姫子を守るため、りょうに嫌いと言った。

 だから、涼に対して酷い言葉を言っても、罪悪感を覚えていなかったのだ。



「…………」



 ぽすっ、と姫子が僕に抱きついてくる。

 大きなオッパイが……とか、思わなかった。(ちょっと思ったけど)



 姫子が震えていたからだ。

 やっぱり、恐かったんだろう。



 姫子は決して、人の心がない、ロボットではない。

 あのとき恐いのを我慢して、涼に拒絶の言葉を投げかけたのは、僕を守るためだったんだ。



 恐怖を我慢してまで、僕を守ろうとしてくれた。

 そんな姫子が愛おしかった。



「ありがとう」

「……ううん。こっちこそ、ありがとう。男らしかった」

「そうかな?」

「……うん、とってもかっこよかった。ハリウッド映画のスター並にかっこよかった」

「ふふっ、姫子も冗談言うんだね」

「……冗談じゃないもの」



 顔を少し離して、ぷくっ、と頬を膨らませる姫子。

 そんな子供らしい一面もあるんだ。



 ふふ……。



「……でも、意外だった。村井君、優しいから、あの女に嫌いって言わないと思ってた」

「ああ……うん。僕も自分で嫌いなんて言葉が出てくると思わなかったよ」

「……じゃあ、どうして?」



 じっ、と姫子が僕の目を見つめてくる。

 どうして? への回答は、さっき僕が述べたとおりだ。



 姫子を守るためだ。

 じ~っと姫子が見つめてくる。無言で催促してきてるように感じた。



 ……でも、ちょっとそれを口に出すのは気恥ずかしい。



「な、なんでだろうね……」

「……村井君のいけず」



 拗ねたような姫子がかわいらしかった。


 と、そのときである。



 ドンドンドンドンドン!



「……またか」



 ドアが強くノックされる。この向こうに誰がいるのか、なんて容易に想像できた。



「あの馬鹿……」



 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!!!!!



『ねえ健太ぁあああ……! 開けて! ココアケテよぉおお! ねえエエ! おねがいだよぉおお! ねええ! どうしてぇえええ! どうして嫌いだなんて言うのぉおおおおお!?!?!?!?!?』



 ……どうして?

 それはこっちのセリフだ。



 どうして、嫌いだ……あそこまで言ったのに、まだ執着してこようとしてくるんだろう。



「……気色悪い。まるでストーカーね」



 ……言葉にはしなかったけど、僕も同感だった。



『健太ぁ……! ごめんねぇええええ! 謝るからぁ……! お願いあやまるからぁ! 嫌いにならないでぇえええ! ねえどうすれば嫌いにならないでくれるか教えてよぉおお! ねええ!』



 ……何度も何度も、ノックしてくる。

 でも、どうしてって言ってくる。どうしてじゃあねえだろ。



「…………」



 言葉が、喉もとまで出てきた。

 どうして、なんて自分で考えれば良いのに。



 そう伝えたかった。

 でも強い言葉で傷つけることは……。




『あの女にたぶらかされたんだろおぉ! ちくしょおぉお! あの女ぁ……! 健太をマインドコントロールでもしたんだなぁ! ぶんなぐってやるぅううううう!』

「……村井君」



 そっ、と姫子が僕の手を握ってくる。


 ぷるぷる……と姫子が震えていた。

 そうだ……姫子が、怖がってるんだ。



 ……駄目だ。

 ここで、また姫子に頼るわけには。



「大丈夫、ちょっと待ってて」



 僕は、スマホを取り出す。

 そして電話をかける。



「あ、お世話になります。村井です。……はい、はい。実は家の前で、大声で騒いでる変な女の人がいて。はい……恐くて……ええ、すみませんが、よろしくお願いします」



 僕は通話を切る。

 これで大丈夫だと思う。



『健太ぁ……! あけてぇ! あけてよぉ! ねぇえ! ねええ! 一緒にちゃんと話そうよぉ!』



 震える姫子。

 たぶんドアを開けたら、涼が乗り込んできて、姫子を殴ってくるかもしれないと思ってるんだろう。



「大丈夫だよ。僕が……守るから」

「!」



 僕が守る、なんて言葉が出てきた。

 涼と付き合ってる頃は、それこそ一度でも出てこなかった。



 涼は僕の助けなんて必要としないくらい、完璧な人だったからだ。



『あぁあああ!? なに!? 今取り込み中!』



 どうやら、到着したみたいだ。



『は……? いや、え? な、なんで……? ち、ちがいます! ストーカーじゃあないですよ! ぼくはこの部屋の人のカノジョです!』



 カノジョって……。

 嘘つくなよ。



『え、や、やだ……! いやです! どうして連れてかれなきゃいけないですか! いや、離して! いや!』



 声がだんだんと遠のいていく。



『いやぁあああああああああ! 健太ぁあああああああああ! 助けてぇえええええええええええ! 健太ぁああああああああああああああああああ!』



 ……りょうから助けを求められても、ごめん。

 僕は君を、守る気にも、助ける気にもなれなかった。



 やがて、廊下が静かになる。

 がちゃ、と扉を開けて、外を確認する。


「ふう……」



 そこには涼の姿がなかった。

 これで大丈夫だろう。



 ぽすっ、と姫子が後ろから抱きついてきた。



「……ありがとう、村井君。すっごくすっごく、たくましかった。わたしのために、勇気を振り絞ってくれて、ありがとう♡」

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