第14話 元カノに、はっきり嫌いと告げた




 喫茶あるくまでお茶をした僕らは、マンション近くのショッピングモールで買い物をした。



「……じゃあ、今日の晩御飯はカレーライスね」

「そ、そうだね……もうナチュラルに僕んちくるんだ」

「……いや?」



 その質問に、以前なら嫌と答えていただろう。

 でも、いろいろ励ましてくれたり、尽くしてくれたりした、今は……違う答えが口をつく。



「ううん、嫌じゃあ、ない」



 それは偽らざる本音だった。

 家に姫子が来ることも、いることも、僕にとって嫌に感じなくなっていたのだ。



「……泣きそうだわ」

「また!?」

「……だって、村井君がわたしのこと、少しだけ受け入れてくれたのが、うれしい。すごく、うれしい」



 ただたんに、家に来ていいよって言っただけなのに、姫子は涙を流しながら、喜んでくれた。

 元カノの涼は、当然のように家に来てたけど……。



 涼と違って、姫子はこんなふうに、家に彼女を呼ぶこと(入れること)を、喜んでくれる。

 リアクションを取ってくれる。それがうれしかった。



「……うんとおいしいカレー作るね。村井君に喜んでもらえるように、村井君のために、がんばる」



 むん、と気合を入れる姫子が、なんだかかわいらしくて、僕はちょっと照れて目線をそらしてしまった。

 前はこんなことなかったんだけどね。



 ややあって。

 エレベーターを降りて、ぼくんちに向かっていた、その時だ。



「健太ぁああああああああああああああ!」

「うわ……涼……」



 知らず、うわ……という言葉が出てしまった。

 大変失礼だろうとは思うけど、でも出ちゃったものはしょうがない。



 僕はあんまり涼と話したくなかった。

 なんかだるいだもの、この人と話すの。全然こっちの話聞いてくれないし。



「健太! よかった! ずぅっと待ってたのに、全然帰ってこなかったから心配したよ!」



 余計な心配なんだけど……って、ちょっと待って?

 今、なんていったこの人?



「ずっと待ってた……? ずっと、っていつから?」



 確か今日は部活がある日だったと思う。

 ……覚えていたくないけど、ついこないだまで恋人関係だったのだ、部活が何曜日に、何時まであるのかくらいは、記憶の片隅に残っている。



 今日はそうだ……まだ涼は部活やってるはず。



「あのあと、君と別れてからすぐにだよ!」

「別れてって……放課後から?」

「うん! 学校終わってから今まで、ずっと健太を待ってたんだ!」



 え、何言ってるのこの人……?

 なんでそんなうれしそうな顔してるの?



 まさか、そんなずっと待っててくれて、うれしいとでも、僕が思ってるとでも?



「何やってるの? 部活は?」



 涼は剣道部主将だ。

 なのにこの人、部活を堂々とさぼって、ここにきているのだ。



「部活なんてどうでもいいんだ! それより君にすぐ会いたかったんだ!」

「…………」

「君がぼくを置いて先に言ったように見えたんだ。ねえ、ぼくの声が聞こえなかっただけだよね? ぼくが見えなかったんだよね? だから呼び止めるこのぼくを無視して、別の女と一緒に帰ったなんてことは、ないんだよね? それが確認したかったんだ!」


 部活さぼったことに対して罪悪感を覚えてるようには、到底思えない。

 なんなの? この人……?



「……無責任女」



 たまらず、姫子がそうつぶやく。

 すごい勢いで涼が姫子に食って掛かってくる。



「どこが無責任なんだよ!?」

「……あなたは部活の主将なのに、堂々とさぼった。しかも悪びれてる様子もない。あなた、自分の立場わかってないの?」

「だまれ! 口をはさむな! これはぼくと健太だけの問題なんだ! 部外者はどこかへ行けよ!」



 姫子がびくっ、とおびえたように体をすくめる。

 それを見て、もう駄目だった。



 もう、この女は、ダメだと思った。



「そうだよ、部外者はどっかいけ」

「そうだそうだ!」

「いや、君のことだからね、涼」

「……………………………………は?」



 涼がぽかんと、口を大きく開いていた。

 前は無条件にかわいいな、きれいだなって思った涼の顔が、今ではひどく間抜けたものに見えた。



 僕は涼に向かって、なるべく簡潔な言葉で言う。

 そうしないと、理解できないだろうから、この馬鹿は。



「僕と君はもう恋人でもないし、友達でもない。無関係な人間だ。だから、かかわってこないで」



 ……思った以上に、すらすらと言葉が出た。

 陰キャで臆病な僕にしては珍しいことだと、自分で思った。



「……え? え? え?」



 バカみたいな顔をして、バカみたいに、同じ言葉を繰り返す涼。

 僕は、そんな馬鹿にでもわかるように言う。



「僕たちに、もう近づくな。かかわるな。僕は君とプライベートで話したくないし、顔も見たくない」



 女の子に、しかも一時は好きだった女子に、ともすれば暴言とも聞こえるような言葉をぶつけてしまった。

 でも僕は全然心が痛まなかった。



「な、んで……? そんなぁ……ひどいことぉ……いうのぉお……?」



 ようやく言葉が脳に届いたのか、涼が涙を流しながら聞いてくる。

 なんだこいつ。



「なんで? だって君、僕【たち】の邪魔するんだもん」

「じゃま!? ぼくがいつ君の邪魔をしたの!? ねえ、何か邪魔してたらごめん、あやまるから! 言っておくれ! すぐ改善するから!」

「じゃあ二度と僕【ら】の前に現れないで」

「やだぁ!!!!!」



 はあ……。

 ここまで、はっきりわかるように言ってるのに、全然伝わってくれない。



 言葉って難しいね。

 もうしょうがない、ここまで言って伝わらないんだったら、こういうしかない。



「僕は、姫子と一緒にいたい」

「……………」



 金魚みたいに、ぱくぱくと、涼が口を間抜けに、気色悪く、開閉してる。

 


「今は、姫子と一緒にいるほうが心地いいんだ。逆に、涼といるとすごくストレス。すごいイライラする」

「あ……? あ……? あ……」

「端的に言うなら」



 僕は、はっきりと言葉のナイフを、渚涼につきたてる。



「僕は君が嫌いだ」



 僕と姫子が話す邪魔をする、涼が嫌い。

 剣道部に迷惑かけないでって言った僕の言葉をあっさり無視する、涼が嫌い。



 僕を無自覚にないがしろにし、そのくせ、独占しようとする。

 そんな渚涼のことが、僕は嫌いだ。



「……う、う、うわあああああああああああん!」



 僕に嫌いと言われた涼は、目元を押さえてへたり込む。

 ぎゃんぎゃんと耳障りな言葉で泣きわめく。



 それをかつては、同情したり、どうにかしなきゃと使命感にかられたりしていた。

 でも今は、違った。



「じゃあね、涼。いこっか、姫子」



 僕は自分の意思で、選んだ。

 涼ではなく、姫子の手を。



 元カノに、嫌いだとはっきり言うことを。

 僕は選んだのである。



「いやいやいやぁああああああ! なんでどうしてぇええ!? 嫌いなんて、なんで、きら、なんで、なんで、いやぁいやあいやぁああああああああああああああ!」



 僕と姫子は部屋の中に入る。

 もう、振り返らなかった。

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