第13話 喫茶店デート。取り柄のない僕を全肯定してくれる




《健太Side》



 姫子と待ち合わせて、一緒に帰る。

 そう提案したのは、ほかでもない、僕からだった。



 ここ最近、姫子に色々してもらってて、すごい迷惑かけっぱなしだった。 

 だから、何か返せないかなって、自発的に思ったのである。



 最寄り駅、JR高輪ゲートウェイ駅を使って、僕らは自宅の隣駅までやってきた。



「いらっしゃいませ」



 黒髪のぬぼっとした見た目の、男店員さんが、僕らを出迎えてくる。

 前に学園で見たことがある。たしかアルピコの2年生だった。名前はクラス違うから知らないけど。



「二名様ですね。窓際の席へどうぞ」



 僕は彼に案内してもらい、指定された場所へ向かう。

 夕方だからか、あんまり人はいない。



 いても窓際に座ってる、スーツを着た中年男と、着物を着た白髪の少女が、なんらかの打ち合わせしてるくらいだ。

 僕らはその二人とは離れた席に座る。




「……村井君、どうしてここに?」

「あ、いや。姫子アイス好きって言ってたでしょ?」

「……うん。それが?」

「ここのね、モカアイスパフェが、絶品なんだ。食べさせてあげたくて」



 ずっと何かしてもらいっぱなしで、非常に申し訳なかったんだよね……。



「……うれしい」



 ふわっと姫子が笑う。

 彼女の笑顔をみるたび、心が軽くなるような気がする。ここ最近時にそうだ。なんでだろうね。



「……うれしい。わたしのために、何かしてくれるなんて」

「いや、当然でしょ。むしろ、全部やってもらってるのに、何もお返しできてなくてごめん」「……いいの。村井君は存在するだけで」

「存在するだけで!?」



 どういうことだってばよ……。



「……村井君が生きる理由だから、今のわたしの」

「う、ううん……」



 どうにも共感できないというか……。

 まあ僕が彼女のパーソナルな部分、何も知らないからなんだろうけど……。



「……辛い現実も、村井君がいるってだけで、世界は色鮮やかに見える」

「そ、そうなんだ……でも僕何もしてないし、君に何かしたわけでもないよ?」

「……謙虚だね。素敵だと思う」



 いや謙虚とか以前に、まじでなんもしてないんですが……。



「はい、おまたせしました。モカパフェです」



 ぬぼっとした黒髪店員(おそらくアルピコ生徒)が、ことん、と姫子の前にパフェを置く。

 彼女はじっと僕を見つめる。



「……ほんとに食べて良いの?」

「もちろん。おごりだよ。遠慮しないで」

「……うれしくて、死んじゃいそう」



 そこまで……!?

 ぽたぽた……と姫子が泣いていた。ええええ!?



「お、お客様、大丈夫ですか?」

「あ、は、はい……大丈夫です。気になさらず……」



 店員が帰っていく。ふぅ……。

 ふと、未使用のおしぼりが新たにテーブルの上に置いてあった。



 さっきの人が置いてってくれたのかも。

 僕はそれを手に取って、姫子に渡す。



「……ありがとう。家宝にするね」

「店のだからそれ、今使って」

「……心に刻むね。今日、村井君にプレゼントもらった記念日だって」

「いちいち大げさじゃない……?」



 姫子が目元をぬぐって、一息つく。



「……村井君はすごいよ。あなたが何かしてくれるだけで、感動しちゃう。好きな人が、わたしに何かしてくれる。それだけで特別に感じる。好きってすごい」

「なにそれ魔法……?」



 言って、思い当たる節があって、落ち込む。

 好きというだけで、その人の全部を肯定してしまう。そんな現象……ついこないだまで、僕の身にも起こっていたから。



「恋って……呪いみたいだね」

「……そう?」

「そうだよ。だって、正常な考えができなくなる。周りが見えなくなって、失敗する。……恋なんてもうしたくないよ」



 それで失敗した経験があるからこそ、僕は……新しい恋が怖かった。

 すると姫子が、モカパフェをスプーンで掬って一口食べる。



「……おいし」

「そっか、良かった。僕もここのパフェ好きなんだ」

「……感動」

「また!?」

「……うん。好きな人と、同じもの好きって思えて、うれしい」



 ……そういうもんかな、って言えなかった。

 そういうもんだったんだもん……。



 涼と何か共通点があるだけで、うれしかった。

 涼と好きな物がかぶったときは、うれしかったもん。



 ……ああ、駄目だ。

 結局僕は、まだ涼との関係を完全に忘れられない。



 だめだな、僕……。



「……ねえ、村井君。あーん」

「え?」

「あーん」



 あ、あーんって……まさか!

 ぱ、パフェを食べさせようとしてる!?



「……食べて」

「いやスプーンもらうよ、もう一つ」

「……たべ、て?」



 有無を言わさない、圧を感じる。

「あ、スプーンお持ちしましたよ?  え、要らない? シェアするんじゃあないんです?あ、そうですか……」と店員が、姫子ににらまれて、そそくさと帰っていったのだった。



 いやでも、このままじゃ間接キスになってしまう……。



「……なんでだめなの?」

「ぼ、僕は良いけど……君が嫌でしょ? きたないし」

「……いやじゃない。あなたの中で汚いものなんて、ひとつもない。心も、身体も、全部」



 ……また姫子が僕を全肯定してきた。

 でも……きれいじゃないよ、僕なんて。



「……村井君は心がきれい。優しいよ。渚 涼からのひどい仕打ちに耐えてたんだもん。それは、あなたが優しいからできたこと」

「僕は……優しくないよ」

「……そんなことない。あなたは優しい。あの日……私に、傘をかしてくれた。自分がぬれるにもかかわらず」



 姫子が自分の胸に手を置く。



「……うれしかった。ほんとに。あなたにとっては、何気ないことだったと思うけど。あの日、あのとき、あのシチュエーションで……傘を貸してくれた。それは、わたしにとって、とっても大きなことだったの」



 ……そう言われても、僕にはなんのことやらだ。

 いいことした自覚なんて、ない。



「……あのときの僕は、単に同情心から傘貸しただけだよ」

「……動機はどうでも、いい。重要なのは。あなたに掬われた。その事実が全て」



 どうやら、僕が思う以上に、あのとき傘を貸したことを、姫子は重く捉えてくれてるみたいだ。



「ねえ、これからいっぱい、いろんな楽しいことしましょ? あの女の子と、わたしが忘れさせてあげる」

「姫子が……?」

「うん。あなたが、自力で忘れるのがムズカシイなら、手伝う。一緒に笑って、一緒においしいものたべて……苦い失恋の苦しみから、ゆっくり立ち直って」



 姫子が僕の口に、スプーンを突っ込む。

 ……避ける間もなかった。



 ……あまくて、おいしい。

 スプーンをぬくと……姫子が躊躇なきう、モカパフェをすくって、口にくわえた。



「……わたしは、あなたを汚いとは思わない。あなたの全てが愛おしい。あなたが辛いというのなら、全身全霊をもって、あなたを幸せにしてみせる」


 

 ……まだ僕は、彼女のまっすぐすぎる、重すぎるくらいの愛を、受け止められない。

 でも……。



 彼女と一緒だと、心が軽くなるのは事実。

 辛い気持ち忘れさせてくれるっていうのなら……その提案に、乗りたい。



「ほんとに、いいの?」

「……うん」

「じゃあ……お願いします」

「……はい♡」



 姫子は本当に嬉しそうに笑った。なんだか、どきっ、と胸がはずんだような、気がしたのだった。


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