第12話 彼から選ばれなくて泣く【元カノ視点】




《涼Side》



 なぎさ りょうは授業中、一人苦悩していた。

 古文の授業中、ずっと元カレ(別れたつもりは毛頭無いが)のことを考えていた。



 否、ここ最近ずっと元カレ……村井 健太のことばかりを考えてる。



(どうして、急に健太が冷たくなったんだろう……)



 涼は先ほどの出来事を思い出す。

 久しぶりに学校へきて、女子たちからちやほやされる。



 こんなのいつものことなのに、どうして今日に限って、健太は自分に嫌悪感を向けてきたのか……。



(そりゃ……浮気したのはぼくが全面的に悪かった。でもそこはちゃんと謝ったのに……)



 浮気(だと誤解され)、別れをつげられた。

 ゼロに関係が戻るどころか……悪化してる。



 普段だったら、涼が女子にきゃーきゃー言われても、健太は嫌な顔一つしなかったのに……。



(なんで……? 健太は、うれしいんじゃなかったの? みんなから人気者で、女子からも男子からもモテるような、すごい女子をカノジョにしてるんだよ? すごいことじゃんか。もっと誇っていいのに)



 そう……涼はそういう思考をしていたのだ。

 自分がモテることで、人気者になることで、その相方である健太の株もあがるだろうと……。



 涼はそう思っていたのだ。

 人がブランドものを身につけることで、価値が上がるように……。



 健太が涼という人気女子と付き合うことで、健太の価値を上げようと……。

 いや、あがる【だろう】と、勝手に思っていたのである。



(なんで、犀川姫子なんかを隣においてるんだろう。四天女のなかじゃ、一番不人気だっていうのに)



 アルピコ学園には、四人の美女、四天女よんてんにょがいる。

 そのうち、この2-Fには、四天女のうち3人がいる。



 ひとりは自分、渚涼。いわずもがな男女ともに大人気の、【湖の麗人】。

 ひとりは、一番後ろの廊下側の席に座る、三才山みさやま こう。【白銀の星屑】。



 三才山氏はその美貌もさることながら、超絶絵が上手く、プロのイラストレーターをしているらしい。 

 また、VTuberとしても活動しており、登録者数がうん百万行っており、そのマスコット的容姿もあいまってオタク人気が高い。



 そして【雪姫】。犀川姫子。

 姫子は確かに外見はいいのだが、中身が絶望的だ。



 男子であろうと女子であろうと、話しかけてもまともに返答が帰ってきた試しがない。

 誰ともコミュニケーションを取っているところを、見たことがない。



 それゆえ、外見のきれいさはピカイチだけど、とっつきにくく、それゆえ四天女のなかで最も嫌われてる。(あと一人セイラ・軽井沢はまた別の機会に)



 ようは、雪姫は、犀川姫子は不人気女子なのだ。



(絶対、ぼくと付き合った方が良いのに。同じ四天女なら、より人気の高いほうと一緒に他方が、君の価値もあがるのに……)



 涼はナチュラルに人を見下していた。

 それは生まれ持った美貌のせいである。……が、まあ無意識だからと言って他者を見下すことに対して、肯定できるわけではないのだが。



 キーンコーンカーンコーン……。



「では、授業はここまで」



 長い授業がやっと終わった。

 このあと、涼には部活が待ってる。



 今日ばっかりは健太と一緒に帰るわけには行かない。

 部活をこれ以上サボれば、自分の価値が下がり、その結果健太に迷惑をかけてしまう(?)からだ。



(しかたない……。まあ、部活が終わったら、健太のところへいって、話をすれば良いか。大丈夫、話せばわかってくれるよね? 君は優しいから、ちゃんと事情を説明すれば、わかってくれるはずだよね? ぼくが、君のために、自分の価値を高めてるんだって……)



 すると、そのときだ。

 健太は無言で、姫子にうなずく。

 彼女もまたうなずき返した。



 健太が席を立って、1分後に姫子も出て行く。



(……なんだ? 嫌な予感がする……)



 涼がその後を付けようとするも……。



「渚さん! 一緒にカラオケいかねー?」「いや、おれとお茶しようぜ!」「みんなでラウワンいこう、ラウワン!」



 とまあ、相変わらずの人気者っぷりを発揮し、あっというまにクラスメイトたちから囲まれてしまった。

 普段ならここで紳士的な対応を取るのだが……。



(なんだろう、妙に胸騒ぎがする……!!!!!)

「ご、ごめんみんな、部活があるから。すまないね、じゃ!」



 といって、涼は廊下の外に出る。

 健太の姿はなかったが、かろうじて姫子の後ろ姿が見えた。



 姫子の後をこそこそとつける……。

 彼女は校門の外に出て、少し行ったところ、アルピコ学生御用達のコンビニがある。



「あ、姫子」

「……村井君。お待たせ」



 ……なんということだ。

 涼は愕然とする。



(ま、待ち合わせ……してるだって!?)



 待ち合わせからの、一緒に下校。

 そんなことをしてるのか!? と驚愕する。



 そんな……まるでそれじゃ……恋人みたいで……。



「ま、待ってよ! 健太ぁ……!!!!!!!」



 矢も楯もたまらず、涼は走り出す。



 アルピコを出て、コンビニまでの間には横断歩道がある。

 だが、運の悪いことに赤になってしまった。



「待って……! 健太……! そんなのなんかと一緒に帰らないでぇええ!」



 いやだった。

 健太を誰かに取られた気がして、すごくすごくいやだった。



 ちら……と健太がこちらを一瞥する。

 そう、涼に気づいたのだ。



 ……気づいた上で。



「いこっか、姫子」

「……そうだね、村井君」



 健太は、姫子を連れて帰っていった。

 その姿を見て……涼はその場にへたり込む。



 口の中にセンブリのような、苦みが広がる……。

 脇の下に嫌な汗がかいていた。



「やだぁあああああああ! いかないでよぉおおお! 健太ぁあ! 健太ぁああああああああああ!」



 そのときの涼は、王子様ムーブできるほどの心の余裕はなかった。

 健太は明確に涼ではなく、姫子を選んだ。そのことがいやだった。



「なんでぇえ……」



 最悪、涼が嫌われるのは、しかたない。

浮気が【どうやら】誤解を生んで、健太の心を傷つけた【みたい】だからだ。



浮気するイコール、健太のことが嫌いになったわけではないのに(涼基準)。

 涼が嫌われるのは、耐えられる。



 でも……一番耐えられないのは、健太に選ばれないこと。



「なんでそっちなのぉお……ねえ……そんなのより、ぼくのほうがいいだろぉ……ねえ……ねえ……どうしてぇ……」



 どうして。わからない。本気で涼は、わからなかった。

 自分より、姫子のほうがいいと、健太が選んだ理由が……。



 まったくこれっぽっちも、皆目見当がつかなかった。

 同じ四天女で、自分のほうが人気者で、かちが高い。



 そっちを彼女にした方が、絶対にお得だというのに……。

 渚涼とは、まあ、そういう物差しを持った、女なのである。



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