第11話 元カノは王子様ムーブ改めないせいで、泣く羽目となる




 なんやかんやあって、僕らは私立アルピコ学園へと到着した。

 りょうは前方100メートル……とは言わなくても、数メートル先を歩いた。



りょうせんぱい!」「りょうせんぱいが学校にきてるー!」「きゃ-! うれしー!」



 JRの駅を出て、学園へと向かう道すがら。

 涼はあっという間にアルピコの女子生徒たちから囲まれていた。


 

 涼は王子様系の美少女で、男女ともに人気がある。

 が、特に女子からの人気が凄い。



 数日学校を休んでいたこともあって、涼を心配する女子の声が、ものすごいたくさんあった。

 さて……。



 そんな風に、女子に囲まれた両派というと……。



「やあ、みんな。心配かけてすまなかったね」



 ……と、相も変わらずな、王子様ムーブをしていた。

 ……非常に、もにゃ、とした。



 なんだろう、このもにゃ、とした気持ち……。



「……先に行きましょ、村井君」



 隣を歩く犀川さいかわ 姫子さんが、僕にそう促す。

 涼と一緒に確かに止まってると不自然に思われるし……。



 それに、僕も今は涼を見ていたくなかった。



「あ、ま、待って!」



 遠くで、涼が僕に声をかけてくる。

 だがその他大勢の女子たちの黄色い声によって、かき消されてしまう。



「涼先輩どうしたんですかー?」「今日お昼一緒にたべましょうよぉ~」「今日もすっごく素敵ですぅ!」



 涼は僕に近づいてこようとするけど、女子たちに阻まれて進めない。



「ちょ、ちょっと通してくれないかな! ごめん、ちょっと……!」

「えー、もっとお話しましょうよぅ」「そうそう! 一緒に学校いきましょ~!」



 ……僕はため息をついて、姫子とともに学校へと向かう。

 涼は女子たちに足止めを食らって進めないでいるようだ。



「…………」



 校門をくぐって、僕らは校舎へと向かう。

 僕の足取りは非常に重い物だった。



「はぁ……」



 知らず、ため息が出た。

 たぶんさっきの、涼とその取り巻き女子の姿を見たからだろう。



 いや……別にさ、いいよ。

 僕らはもう関係が破綻したんだ。もう涼とは付き合ってないよ?



 ……でもさ、と思ってしまう。

 でもさ、あなた反省してるとか言ってたよね?



 そういう王子様ムーブが、女子を勘違いさせちゃうんじゃないの? って。

 僕と別れたくないとかいってるくせに、態度は変えず、っていうのはどうなんだろう……って。



 ……ああ、自己嫌悪。

 持てない男のひがみだよね、所詮……。


「……村井君」

「? どうしたの、姫子?」



 きょろきょろと姫子が周りを見渡して、僕の手をとって、歩き出す。



「あ、あのそっちは校舎じゃない……」

「……わかってる」



 やってきたのは、体育館裏だ。

 前に壁ドンされたところだ。



 姫子は周りに人が居ないことを確認してから、僕をぎゅっと抱きしめてくれた。


「あ、あの! 姫子!? どうしたの!?」

「……村井君が、辛そうにしてたから」

「辛そう……?」

「……ええ。なぎさ りょうが、取り巻きの女どもにきゃーきゃーいわれて、まんざらでもなさそうな顔してるところを……あなたが目撃してから」

「!」



 ……姫子、よく見てるな。

 そう、確かにあのとき、僕は落ち込んでいた。



「……辛かった言ってって言ったでしょう? 何が辛いの?」



 ……女子に、しかも家族とかならまだしも、クラスメイトに……弱音を吐くなんて、躊躇われる。

 でも、姫子の優しい声音を聞いてると、知らず、思いが口をついた。



 この子になら打ち明けて大丈夫だろう、って思ったからかな。



「……あんな風に女子からきゃーきゃーされて、いつも通り振る舞ってる涼を見て……さ。本当に反省してるのかよって、思っちゃった」

「……そうよね。そのとおりだわ。村井君の言うとおり」



 よしよし、と姫子が僕の頭をなでてくれる。

 僕のぐちを、嫌な顔一つせず、聞いてくれる。



 それが……心地よかった。



「……村井君は悪くない。悪いのはあの女。村井君に誤解だなんだ言っておいて、態度一つ代えない。王子様ムーブのせいで女子を勘違いさせて、そのあげくが、女子からのキスなんだから。態度を改めてしかるべきだよ」

「そう……かな」

「……そうだよ。村井君かわいそう。あんなふうな態度見せつけられて、嫌な気分になったよね?」

「うん……すごくやだった」



 てゆーか……。



「付き合ってる頃から……ああいう王子様ムーブ……やめて欲しかった」



 あんなふうに、女子に勘違いされるようなムーブを取る必要なんて、あるとは僕には到底思えなかった。

 なんで……。



「……村井君は正しいよ。なんでカレシがいるのに、他の女からきゃーきゃーいわれるような、王子ムーブするのか理解に苦しむ。こんな素敵なカレシがひとりいるんだったら、もうそれで十分なのに。なんでもっと持てようとするの?」

「……ほんとだよ」



 姫子が全肯定してくれる。

 重い気分がびっくりするくらい、軽くなっていた。



「……村井君、今度あの女がまた女子に囲まれてきゃーきゃー言われてても、気にしなくていいのよ。あの女は異常者なの」

「異常者……?」

「……ええ。たとえカレシがいても、自分がモテててないと気が済まないタイプなのよ」

「そんな……そう……かなぁ」



 そこまででは、さすがにないと……。



「……思う?」

「……うん」

「……そっか。村井君は優しいね。本当にすごく優しい」



 ぎゅー、よしよし、と姫子が頭をなでながら肯定してくれる……。



「……村井君くんの優しさに甘えて、いつまでも態度を改めない、あの女はほんとうに終わってるわ」



 ……りょうが、幼なじみがディスられてるのに、僕は無言で肯定してしまっていた。

 姫子の言うとおりじゃん、て思うようになっていた。



「ありがとう、姫子。もう大丈夫」



 すっ……と姫子が僕から離れる。



「……楽になった?」

「うん、すっごく! ありがとう」

「……また辛くなったら、いつでもいって。大丈夫……わたしだけは、あなたを否定しないから。たとえ、どんな惨めな気持ちになっても、わたしはあなたの全部を肯定するから」



 ……そんな風に姫子が言ってくれたのが、うれしかった。

 姫子は、優しい。



 涼みたいに、自分にカレシを会わせるんじゃなくて……。

 彼女のほうから、僕に会わせてくれる。


 ……こんな子が、カノジョだったらな……。

 って、いかんいかん。



 ついこないだ別れたばっかりで、すぐに乗り換えるとか。

 そんなの、さすがに駄目だろ……。



 と、そのときだった。



「健太……! よかった、見つけた……!!!!」



 滝のような汗をかきながら、涼が僕らのまえに現れる。



「先に行っちゃうんだもん。探すのにすごい苦労したよ!」

「いや君が、女子といちゃいちゃしてるからでしょ?」

「い、いちゃいちゃなんてしてないよ……!」

「あ、そ。いこっか、姫子」



 涼とこれ以上話しても、ダルくなるだけだって、思った。

 だから僕はその場を離れることにした。


「ま、待って……! ぼくも一緒に教室行くよ……」

「いや、駄目でしょ。勘違いされちゃうじゃん、付き合ってるって」

「か、勘違いじゃないよ! 付き合ってるもん!」



 ……はぁ。

 またそれだ。



 どれだけ言っても、涼は僕の話を聞いてくれない。

 ……姫子とは大違いだ。



 もう議論するのも馬鹿らしい。

 僕は姫子と一緒に歩き出す。



「ま、待って……! 先にいかないで!」

「とにかく、ちょっと間を開けてお互い教室入ろう」

「やだやだやだ! どうして!? ねえ!」



 ……ああもう。うるさいなぁ。



「……下がれ、クソビッチ。村井君も、うるさいなぁって、迷惑に思ってるよ」



 姫子が涼に向かって、はっきりそういう。

 ……今、僕が思ったことを、彼女が代わりに言ってくれた。


 

 姫子は……僕を本当に理解してくれてる。

 涼なんかとちがって……。



「は、はん! 何言ってるんだい。健太がそんなうるさいなぁ、なんて思ってるわけないよ! 浅い付き合いのくせに! わかったふうな口聞くな……!」



 ……姫子へ、そんなふうに反論する涼を見て……。

 僕は、むっ、としてしまった。



「黙れよ」

「え!? ど、どうしたの……健太……? わ、私なにか言っちゃったかなぁ?」



 すごい、怯えてる涼。

 怯えるくらいなら、何も言わなければ良いのに。



「姫子は僕の気持ちを代弁してくれたんだよ」

「!?!?!?!?!?!?!?」



 代弁、つまり涼に対して迷惑と思ってるっていう、気持ちを。



「そ、そんな……ぼく、迷惑?」

「うん、すごい迷惑かけてるよ」

「ど、どこ!? どこらへんが! ねえ、教えて! 必ず改善してみせるよ! だから……!」



 もう……なんか話すのもダルくなってる。



「別にいいよ。治せるとは思えないし」

「治す! 死んでも治すから! お願いおしえて! ぼくの何が駄目なの!?」


「…………」



 涼との会話、だるいな……。

 すると姫子が僕の手を取って、歩き出す。



「……いこ」

「そう……だね」



 涼には悪いけど、たぶんまた人の話聞かないターンに入ってる。

 この状態で何言っても無駄だ。



 ……僕は、姫子と歩き出す。



「待って! 待ってよ!」

「じゃあ……10分したら教室来て」

「そうすれば機嫌直してくれる!?」

「……そんなわけないだろ」

「そんなぁああああああああああああ!」



 涼はその場にへたり込んで泣き出してしまう。

 ……僕はそんな元カノを置いて、姫子とその場をあとにしたのだった。



 涼を泣かせたことによる、胸の痛みは……もうほとんど、感じていなかった。

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