第9話 朝食を邪魔する元カノを撃退する今カノ(仮)




『あれ、ここは……?』



 気づけば僕は、白い空間の中にいた。



『きゃー! りょうせんぱーい!』『かっこいー!』



 ふと声が聞こえてくる。

 白い世界は一瞬にして、現実の映像へと移り変わった。



 通学路を僕と、そしてりょうが一緒に歩いてる。

 正面を歩いてる彼女は、背が高く、ともすればハンサムな、王子様に見える。



 堂々と胸を張って……



『やぁ、みんなおはよう』

『『きゃああ! りょうせんぱい、おはようございまぁあす!』』



 りょうが白い歯を浮かべながら、取り巻き女子たちにあいさつをする。

 ……剣道部の後輩の女の子が、近づいてきて、お弁当を手渡してきた。



『せんぱい、お弁当作ってきました!』

『ずるぅい、あたしのお弁当をたべてもらうんだからっ!』



 ぎゃあぎゃあ、と女子たちが醜く争ってる。

 涼は……困ったような顔をしてる。



 でもどこか余裕めいたものがみえた。



『じゃあ、今日は君のお弁当をいただこうかな』

『ありがとうございますうぅう! 光栄です!』

『『いいなぁ~!』』



 ……そして、女子はチラチラと涼に気体のまなざしを向けた。



『あ、あのぉお~……ごほうびを……』

『ああ、良いよ』



 そういって、ちゅっ、と後輩の子のおでこに、キスをしてあげる。

 キスされた方は顔を真っ赤にして、夢見心地の表情となる。



『えっへっへ~! 涼先輩にちゅーしてもらっちゃったー!』

『ずるぅい!』『いいなぁ!』



 ……涼は笑ってる。

 ナンデ笑ってられるんだろう?



 あなたの後ろにいる僕は、君のカレシなんだよ?

 彼氏がいるのに、どうして他の子にキスなんてするの?



 ……でも、涼との関係を断ち切る前の僕は……。

 女子たちからモテモテな涼を見て……。



『涼は、人気者だなぁ……』



 とか、のんきにそんなことを思っていた。

 たぶん女子同士のスキンシップと思ってたんだろう。



 ……どうしようもないアホだった。

 


『じゃあね、みんな』



 そういって涼が後輩たちに手を振って離れていく。

 ……その後ろを歩いてると。



『なにあのだっさい男』



 後輩女子の声が、する。

 悪意に満ちていた。



『だっさ』『てかいたの?』『かげうっす……』



 ……そんなことも、たくさん言われたっけ。

 でも当時の僕は、だよねー、とか、涼とくらべたら僕なんて、とか。



 そんなこと思っていた。

 涼が、前をドンドンと進んでいく。



 いつものことだ。

 僕は涼の隣へ行く。



『はは、またお弁当もらっちゃった。困ったなぁ』



 ……困ったなぁってなんだよ。

 断ってくれよ。そういうの……。



 でも、やっぱり当時の僕は……。

 涼に対して、そういうネガティブな感想も言葉も、出てこなかった。



 涼はカッコいいし、剣道部主将だし、持てて当然だって……。

 これは悪夢げんじつだ。



 僕が作り出した、マイナスのイメージじゃない。

 現実にあった過去の出来事だ。



 悪夢のような現実のなか、僕はよく、16,7年……耐えられたなって……そう思った。



    ☆



 むにゅ。やわらけえ……。



「……おはよう、村井君」

「はえ……? え、えええ!? ひ、姫子さぁああああああああああああん!?」



 朝、一発で目が覚めた。

 起きたら目の前に、姫子さんの大きなおっぱいがあったからだ!



 こんなおっきくて、柔らかいものが触れてたら、一発で起きちゃうよ!


 

 ずさささぁ……と僕は後ずさりする。

 制服をかっちり着込んだ姫子は、そんな僕を見て微笑む。



 ……彼女はいつだって、僕の前でしか笑わない。

 その特別な笑顔に、僕は少しだけ優越感を覚える。



「……寝起きの村井君も素敵だね」

「ど、どこが……?」

「……ちょっと跳ねた寝癖とか、寝相がいいところとか、素敵だなって」



 僕は慌てて髪の毛を治しながら……。

 寝相がイイ?



「一体いつから……てゆーか! なんでいるの!? 鍵締めたよね僕!?」



 ここ最近、僕の家に他人が入ってくることが多い。

 家主の断りもなくだ。



 だから、今日はしっかりかっちり、鍵を閉めたはず……。

 でも、姫子は当然のような顔でいるのだ!



「……忘れたの? 村井君ちの鍵を代えたのは、何を隠そうこの私」



 少し得意げな姫子。

 いやいや……。



「だからって、僕んちの鍵を持ってるのはどうかと思うんだけど……」

「……いや?」

「あ、いや……いやっていうか……」

「……ご飯の用意とか、お掃除とか、鍵があった方が便利」

「いや、でもですね……」



 すると姫子はぷくっ、と頬をちょっと膨らませる。



「……なぎさ りょうには鍵を渡してたのに」

「!」

「……付き合ってなかったころも、鍵持ってたんでしょ、向こうは」

「そ、それは……」

「……なぎさ りょうがよくて、わたしは……だめなの?」


 

 涼を引き合いに出されると、僕は押し黙るしかなかった。

 付き合う前から鍵は渡していた。



 涼はよくて、姫子はいいというのは、確かに理屈は通らない。



「わかりました……」

「……ん。朝ご飯できてる。着替えはそこ」

「あ、はい……」



 ベッドサイドには、アイロンがされて、きっちりと折りたたまれた制服があった。

 シャツにはのりがきいてて、新品同様……っていうか。



「これ新品じゃない……?」



 え、毎回新品のシャツあけてるの?

 古いやつは? 洗濯してなかったっけ……?



 ま、前のシャツどこいったんだろう……。

 まさかその都度捨ててるとか?



 もったいなさすぎる……。

 今度ちゃんと聞いておこう。



 新品のシャツと、アイロンのきいた制服に袖を通して、僕はリビングへと行く。

 ふわり……と香ばしいコーヒーの香りがした。



「あ、いいにおい……」

「……駅前の、あるくまって喫茶店の豆」

「あるくま! ああ、あそこ美味しいよね、コーヒー」



 隣の駅前にある、レトロな雰囲気の喫茶店だ。

 コーヒーが美味しいことで有名なのである。



「って、隣の駅までいってきたの?」

「……ええ。豆無かったし」

「どうして……?」

「……村井君に、朝から美味しいコーヒー飲んで欲しかったから。なんだか、うなされてるようだったし」

「……!」



 どうやら、悪夢が表情に出ていたみたいだ。



「……座って。ご飯食べて。元気出るよ」

「姫子……」



 元気のない僕を、はげまそうと、朝から頑張って朝食を作ってくれてたんだ。

 テーブルの上には、朝からすごい手の込んだ料理がおいてある。



 カボチャのポタージュスープなんてあるし。

 クロワッサンからは、ほわほわと湯気が立っていた。



 ……ぐう。



「……食べて」

「うん……そうするよ」



 へこんでる僕を励ましてくれるなんて……。

 姫子は優しいなぁ。



 僕らは、テーブルを挟んで向かい合って座る。

 姫子は静かに食事をする。



「……りょうとは大違いだ」

「……なぎさ りょうは、普段食事のときどんな話するの?」



 あれ、声に出てたのかな……。

 まあいいか。



「別に普通。今日会った出来事話してたかな。誰にもてたとか。応援されたとか。下校途中に告白されたとか」

「……普通じゃないよ」

「え?」



 即座に、姫子が断じる。



「……それ、単なる自慢話だよ」

「じ、自慢話……?」

「……そうだよ。可哀想な、村井君。辛かったね、そんな、聞きたくもない話、聞かされて」

「!」



 ……聞きたくもない話、か。

 たしかに……そうだったかもしれない。


 あの当時は、特に何も感じてなかったけど……。



「……なんで他人のモテ自慢きかなきゃいけないの?」

「あ、そ、そう……だよね……」

「……そうだよ。というか、なぎさ りょうは酷い。なんでカレシに、そんなモテ自慢するのか理解に苦しむ」

「あ、そ、そうだよね……」



 言われてみると、そうだよね……。

 なんで真面目に、自慢話聞いてあげてるんだろ僕……。



 はは……馬鹿みたい……。

 すると姫子が、僕の頭を優しくなでてくれる。



「……村井君、えらいよ。聞きたくない話、我慢して聞いてあげて」



 えらいえらい、と姫子が頭をなでてくれる。

 なんだろう……心が凄く楽になる……。


「……これからは、もう聞きたくない自慢話なんて、聞かなくてイイんだよ。わたしはあなたに、そんな辛い話を聞かせない。黙って食事したいなら黙っててイイ。何か話したいなら、全部……聞くから」

「え、い、いいの……?」

「……ええ。だから、もう辛いことを我慢してやらなくていいの」



 ……ぽろ。



「あ、あれ……? なんで……泣いてるんだろ……僕……」



 気づけば、目から涙がこぼれていた。

 姫子が静かに、ハンカチを取り出して、、僕の目元を拭ってくれる。



「……村井君は、人よりずっと優しいから、相手はつけあがっちゃうんだよ」

「つけあがる……?」

「……うん。自慢話なんて、普通は苦痛でしかない。でもあなたは優しいから、聞いてくれるから、どんどん増長してしゃべっちゃう」

「そ、そう……なんだ……」



 気づかなかったけど、そうかも……。



「……これからは無理しないで。少しでも、不愉快だなって思ったら、言って。全部改善する」

「…………」

「……わたしとの食事、嫌?」



 ……不安げに姫子が尋ねてくる。

 僕は……正直に、心のままに言う。



「ううん。嫌じゃないよ。すごい……楽」



 これはほんとだ。

 ずっと危機に徹してなくていい。



 無理して、会話をもたせようとしなくていい。

 心静かに、食事できる。これは、僕にとっては、心地よい。



「……そっか。よかった」



 ふわ……と姫子が優しく微笑んだ。

 美味しい食事に、静かな食卓、そして……姫子の笑顔。



 これが……これからも続くのだと思うと、凄く心が楽になる気がしたのだった。


 と、そのときである。

 ぴんぽーん!



「…………」



 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん!



「……ゴミが」



 姫子がドスのきいた声でつぶやくと、玄関へと向かう。

 誰だろう……? と思って後ろからついて行くと……。



 がちゃ……!



「や、やあ! おやはよう健太……!」



 ……りょうだった。せっかく、朝から気持ちよく食事してたのに……。



「……なぎさ りょう、うるさい」



 ぴしゃり、と姫子がドアを閉める。



「……こっちは食事中だった。村井君は不愉快だって」

『そ、そんな……! ご、ごご、ごめんなさい! 不愉快にさせるつもりはなくて……』

「……いいから、黙ってろ」

『うう……はいぃい……』



 ……姫子がくるっ、とこっちを見て言う。



「……あの女がまた迷惑かけてきたら、直ぐ言って」

「あ、う、うん……ありがと」



 自然と、僕の口からそんな言葉が出た。

 姫子は本当に嬉しそうに笑って、「どういたしまして」と答えたのだった。




〜〜〜〜〜〜〜

あとがき



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