第8話 元カノに土下座されるけどもう遅い




 引っ越し蕎麦事件があった、翌日。

 数学の授業中でのこと。



「…………」



 僕は窓際の席に座ってる。

 そして、真横には犀川 姫子さんが座ってた。



 ……そう、今日突如として席替えが敢行されたのである。

 理由は、まあゴールデンウィークが明けたからうんぬんとか、先生が言ってたけど……。



 いや、早すぎないかな?

 しかも都合のいいことに、姫子が隣に座ってるし。



 ちなみに、元カノのなぎさ りょうは最前列、しかも廊下側の席だ。

 僕たちからすごい離れてる。



 ……それは、まあ問題ではない。

 問題は現在進行形で、二つ起きてる。



 まず、1つ目。

 涼がここ二日間、学校を休んでいる。



 病欠らしいんだけど、ラインが鬼のように来てるので、まあ仮病あろう。


 こっちは割と大丈夫だと思う。ラインする元気はあるんだしね。



 ……問題は、だ。



「…………」すりすり

「……あ、あの、姫子?」

「……しっ、授業中」さわさわ



 ……姫子さん、僕の隣にぴったりくっついてるのだ!

 なんか教科書忘れたといって、机を合体させてる。



 しかも全部の授業だ。

 さすがに全部忘れるって嘘だろおい……。



 しかもそのせいで、クラスメイトたちから、羨望と嫉妬の視線が、びしばしくるし……。



「はぁ……」



 姫子は意外にも、クラスメイトたちのまえでは、「村井健太と付き合ってる」とは公言しなかった。

 つきあってる云々を言ったのは、元カノ、つまり涼の前だけ。



 あとは、普段通り過ごしてる。

 姫子はクラスメイトの前で腕を組んでこないし、過剰に接触してこない。



 気を使ってくれてるのかな……迷惑にならないようにって。

 姫子はアルピコ四天女よんてんにょに入る美少女だ。



 そんな彼女と陰キャ一般モブの僕が付き合ったとなれば、大騒動間違いない。

 それを姫子はわかってくれてるのか、クラスでは今まで通り、振る舞ってくれてる。



 正直、とてもありがたい。

 意外にも常識人なんだな、姫子って。……まあ距離の詰め方が性急だし、人目がないとぐいぐいくるけども。



 さて目下問題は進行中だ。

 彼女は授業中、みんながこっちを見てないことをいいことに、ボディタッチしてくるのだ。



 ひざとか、ひじとか、手とかをすりすりさわさわしてくる。

 こそばゆい……。



 それに、整ったお顔が近くにあるので、ドギマギしてしまうよ。うう……。



 キーンコーンカーンコーン……。



「はいじゃあ、授業はこれまで」



 よかったぁ。天国のような、地獄のような時間が終わった……どっと疲れたや。

 帰ってゆっくりしたい。



「あー、村井」

「? なんですか、先生?」



 教壇に立っていたのは、クラス担任だ。

 こいこいと手招きする。なんだろう……?



 僕は先生のもとへ向かう。

 先生は人目を気にして、廊下に出る。



なぎさのやつ、何かあったのか? 二日も学校休んでるが……」



 ああ、なるほど、涼と僕が幼なじみだから、様子を聞いてるのか。



「剣道部の顧問から苦情が来ててな。ほら、渚は剣道部の主将だろう? 二日も練習こなくて、困ってるんだそうだ」

「! そう……ですか」



 涼のやつ、学校どころか部活まで休んでるんだ。

 まあ、学校来てないんだから、そうだよね。



 ……涼が学校を休んでる理由。

 僕には、なんとなく思い当たる部分がある。



 僕が彼女を振ったから……いや、でも。

 浮気したのはそっちじゃん……。



 いやでも、間接的に、剣道部に、僕が迷惑をかけてるのは事実。

 僕がやらかしたんだ、僕が、なんとかしないと。



「わかりました。様子見にいって、学校に出るように言ってきます」

「すまんな。助かるよ」



 正直、涼と話すのは気が滅入るけど、今回ばかりはしょうがないよね。

 すると、姫子が近づいてきた。



「……どうしたの、村井君?」



 ……涼のもとへ行くことになった、となれば、ついてくるって言いかねない。

それに、二人が合えば、またバチバチになってしまいそう。



「なんでもない。ちょっと先帰ってて。用事があるんだ」

「……そう。わかった」



 いやにあっさり引き下がったな……。

 まあ姫子って割と、外だと素直なんだよね。やめてってことはしないし。



 こうして、僕は涼の家に、様子見に行くことにしたのだった。



    ☆



 JRの改札を出て、イトーヨーカドーを横目に少し歩くと、僕らのすんでいるタワーマンションが見えてくる。

 エレベーターにのって、涼の部屋までやってきた。



 ピンポーン……。

 ドタドタドタ! がちゃ!



「健太!」



 涼がうれしそうに、ドアを開けてきた。

 ここへ来ることはラインで事前に伝えてあったのだ。



「健太! ありがとう! ぼくのこと心配してくれて、とってもうれしいよ!」

「あ、そ、そう……」

「うん! 健太に嫌われちゃったって思ってたから、すごく……うれしい……」



 まあ好きか嫌いかで言うと、嫌いに天秤が傾むきかけてるけどね。

 そはいっても、僕らは幼なじみなのだ。



 昨日今日で、絶縁! みたいなことはできない。

 今日までの積み重ねがあるしね。



「あがって! すぐお茶いれるから! あ、健太が大好きな桃向こうか?」

「あ、いや、ここでいいよ」

「え……?」



 涼が、絶望の表情を浮かべる。



「ど、どうして……? あがってきなよ。せっかく来てくれたんだし」

「……正直ここにきたの、先生に様子見てこいって言われたからなんだ」

「! そ、そうなんだ……で、でもうれしいよ。本当に嫌だったら、断ってるだろう?」

「そりゃ……まあ」



 ほぉ、と涼が安どの息をつく。

 一息ついたタイミングで、僕は言う。



「学校、きなよ。さぼるのはよくない。剣道部のひと、心配してるってさ」



 剣道部には、涼とキスしていた後輩マネージャー、白糸滝しらいとたきさんもいる。

 正直、その子にたいしては……同勘定を向けていいのかわかっていない。



 涼が主張するように、白糸滝さんが無理やり、涼にキスしたかもしれないし、逆かもしれない。だから何とも言えない。まあそれはおいておいて。



 先生を含めて、剣道部員たちが心配してるのは事実だろう。



「健太は、心配してくれないの?」

「……半々かな」

「半々って……」

「僕に振られたのがショックで寝込んでるんだったら、ごめん。でも、もとはと言えば涼の浮気が原因でもあるってこと、自覚してる?」

「…………ごめんなさい」



 本当に、死にそうな声音でそういって、涼が頭を下げる。



「……本当にごめんなさい」

「……それって、何に対するごめんなの?」

「いろいろ……」

「いろいろって……」



 どれなのかわからないよ。



「デートの時、手つながなかったとか。電話に出なかったとか。でも、あれは……違うの。手ぇつながなかったのは、照れくさかったから。電話に出なかったのは、他の女子からライン電話かかってきてて、それに対応してたんだ。だから……」



 ……まあ、前者は、わかるようなきがすう。

 でも、だ。



「後者の、他の女子からのライン電話って、毎回長電話しないといけないことだったの? 僕より、他の女の子のほうを優先させたってことでしょ?」

「そ、それは……部活の連絡もあったし……」

「じゃあそれすませたら、すぐに電話切ればいいじゃん。長電話する必要あった?」

「ない、です……。ごめんなさい、甘えてた」



 ふらふら、と涼がその場に膝をぺたんとついて、頭を下げる。

 え、えええ!



「健太の、優しさに、ぼく、あまえてた。健太なら許してくれるって。いろんなことに、甘えてた。ごめんなさい」



 突然の土下座。 

 そして、謝罪。



 僕は、困惑する。

 土下座なんて軽々しくできることじゃあない。



 しかも涼は結構、対面を気にするタイプだ。

 そんな彼女が土下座するなんて……。



「反省してるってこと?」

「心の底から」



 ……でも、その言葉は、誠意はどうにも僕には、ストレートに伝わってこない。

 なら、と思ってしまう。



「なら、どうして僕に隠れて女の子と密会してたの? キスなんてしてたの?」

「う、あ……そ、それは……」



 そこは、もう事実として発生してることなのだ。

 本当に誠意ある人間なら、そもそも浮気なんてしないと思う。



 だから僕は、いまいち量の誠意を、言葉を信じられない。



「……ごめん。君を傷つけて。でも、君も裏切ったんだよ。一人だけ、被害者ぶらないでよ」

「被害者ぶってなんてないよ!」

「じゃあ、もう学校休むみたいな、子供じみたマネ、しないでね」



 裏切られて、僕の涼に対する信用は地に堕ちてる。

 どうしても、ここ二日、涼が学校を休んだのは、僕に対する無言のアピールに思えてしまうのだ。



 自分は、これだけ傷ついてるんですよって言う主張に感じてしまう。



「……ごめん。ぼくのせいだよね。ぼくが裏切ったから、信じてもらえないんだね」

「うん。ごめん、今の君は信じられない」

「……わかったよ。学校、明日からいきます」



 とりあえず、ほっとした。

 このまま学校休み続けたら、さすがに寝覚が悪すぎる。



「じゃあ、僕はこれで」

「あ、ま、待って……ねえ、もうちょっと……」

「ごめん。多分、そろそろ姫子がご飯作って持ってくる時間だから」



 姫子はお隣さんになってから、ずっと、夕飯を作って持ってきてくれてるのだ。

 涼は、またも絶望の表情を浮かべて、うつむく。



「ねえ……ごはん、ぼくが作るよ。いや、作らせてください。お願いします」

「…………いいよ。僕のことは気にしないで。じゃ」



 冷たいかもしれないけど、僕と涼の関係はもう終わったんだ。

 料理を作りに来てもらう義理はもうない。……それに、今は姫子に悪いって、思うようになっていた。



 ぱたん、と僕は扉を閉める。



『うぐうううううう! うぅうううううう! ぼくは……なんて馬鹿なことを……うぅうううううう!』



 ……泣いてる涼の声を聴いて、ちくりと胸が少しだけいたんだ。

 でも前までだったら、なんとしてでも泣いてる彼女をどにかしなくちゃ、って思ってたんだよ。これは、ほんとなんだよ。

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