第7話 僕の家で修羅場ふたたび



 僕こと村井むらい健太は、ひょんなことからアルピコ四天女よんてんにょがひとり、【雪姫ゆきひめ】こと犀川さいかわ 姫子さんと知り合い、友達になった。


 これから友達として、少しずつ仲良くなっていけばいいなぁって思ってたんだけど……。



「……隣に引っ越してきた、犀川姫子です。これは引っ越しのおそば」

「あ、はあ……ど、どうも」



 僕の家は都内にある、JRと東急がぶつかりある駅の近くに立地する、タワーマンションだ。

 一階がショッピングモールとなっていて、二階にはスーパー銭湯が完備されてる、そこそこ大きなマンション。



 いや、確かに隣の部屋は空き部屋だったよ、昨日まで。

 だからまあ、そこに姫子が引っ越してくることは、できるよ?



 でもまさか友達になったその日に、引っ越してくるとは思わないじゃん!



「……村井君。お台所かりるわね」

「え、え、な、なんで?」

「……おそば。ゆでちゃいたいから。それとお夕飯まだでしょ?」

「あ、う、うん……まだだけど……」



 僕に家事スキルは備わっていない。

料理は基本、もう一人の隣人である、なぎさ りょうがやってくれていた。



 涼との関係が解消された今、もう彼女に家事を頼むわけにはいかない。

 料理なんて作れない僕は、今日の夕飯どうしようかと思ってたところだ。



 そんなところに、姫子がおそばもってきてくれた。

 正直渡りに船だけど……。



「おそば、ありがとう。でも自分で作るからいいよ、悪いし……。」

「……もうできたよ。一緒に食べましょ」

「もうできたの!?」



 なんて速さだ。

 距離のつめかたといい、姫子、見かけによらずすごいアクティブだ……。



 リビングへと移動(いつの間に姫子は移動してたんだろう……)すると、エプロン姿の姫子が立っていた。

 髪の毛をポニテにして、普段見せないうなじをさらしてる。



 制服+エプロン姿の雪姫。

す、すごく新鮮だ……って!



「エプロンなんて、いつの間に装備してたの?」

「……おいてあったから」

「どこに?」

「……ここに」

「いつの間に……」



 いつだろう。

 こないだ卵がゆ作りに来てくれた時、置き忘れてたのかな……?



 リビングテーブルの上には、茹で上がったざるそばが用意してあった。

 そばは表面がつやつやしてて、おいしそう……。



「……さ、食べましょう」

「う、うん。あ、あの……セイロなんてもってた? それに、お箸も……」



 僕用のお箸とは別に、姫子はマイお箸を手に持っていた。



「……食べましょう。のびちゃうわ」

「ざるそばってそういうタイプっけ……いやあの、食器とかってどうしたの?」

「……買ったわ」

「そういうことが聞きたいんじゃあなくてね!」



 と、そのときだった。

 がちんっ! がちゃがちゃ!



「え、え、な、なんだろ……?」



 玄関のほうから、なにかぶつかる音がした。

 ドンドンドン!!!



 ひぃ、こ、今度は乱暴にドアをノックする音が!



「ちょ、ちょっと様子見てくるね」



 家には女の子がいるんだし、僕が守らないとね。

 しかし姫子はクールな表情のまま、ちゅるるうとそばをすする。



「……大丈夫よ、村井君。無視しても」

「い、いや無視できないよ……今もまだどんどんノックされてるし……」



 不審者だったら大変だ。

 僕は、玄関へと向かうことにした。



「あ、あれ? いつの間にドアに鍵がされてるんだろう……?」



 鍵をあけて、ドアノブに触れようとする。

 だが僕が振れるより先に、ドアが開いた。



「健太!!!!!!!!」

「りょ、涼……」



 半泣きの涼が、そこには立っていたのだ。

 え、なんで……?



「ごめんね健太! でも、ひどいよぉ……こんなことするなんてぇ……」

「い、いやその……え、ひどいことってなに?」



 涼がカギを指さす。


「鍵、変えたでしょ……」

「は? え、変えてないけど……」

「合鍵で開けられなかった! 鍵を変えたんでしょ!」

「え、ええ! し、知らない……」



 涼はかつて、頻繁に僕んちに出入りしていた。

 合鍵を持っているのだ。



 だから、簡単に出入りできていたのである。

 ……でも、そのカギが使えなかった?



 鍵なんて変えてないよ、僕……?



「ねえごめんなさい! 怒らないで! 本当にごめんね! 鍵変えるって、それくらいぼくのこと嫌いってことだよね!? そうなんだよね!?」

「え、違う……」

「じゃあ許してくれるのかい!?」

「いや許さないけど」

「ふぐぅううううううううううううううううう!」



 わんわんと泣き出す涼。

 し、しかし鍵が変わってるって……どうなってるんだ……。



「……きゃんきゃんわんわんと、やかましいと思ったら、なんだ隣の雌犬か」

「! 犀川さいかわ 姫子ぉ!」



 姫子がすました顔で僕の隣にやってきて、腕にきゅっと抱き着いてきた。

 あ、あいかわらずおっきいおっぱい……じゃなくて!



 一方で涼は、エプロン姿の姫子を見て、おののく。



「え、エプロン!? 貴様! 何をしてるんだ!」

「……なにって、見てのとおり。カレシにご飯を作ってあげていたの」

「ふ、ふざけるな! それはぼくの役目だぞ!」



 確かに今までは、涼にご飯を作ってもらってたけど……。



「いや、もう作らなくていいよ」

「なんでぇええ!? どうしてだい!」

「いや、もうカノジョじゃないし……。付き合ってもない、女の子に家事を任せるの、悪いかなって」

「そんな!」



 絶望の表情を浮かべる涼。

 彼女が泣きながら、僕の足にしがみついてきた。



「た、たとえ……たとえかカノジョじゃなくても、いい! 君の世話を焼かせてくれ!」

「え、えええ……いいよ悪いし……。てゆーか、今までごめんね。君に随分と甘えてたよ。君に負担をかけてて、すまなかった」

「いいんだよ! 負担なんて全然思ってない! ぼくは好きでやってたんだ! ねえこれからも、手伝いさせておくれよ! お願いだ!」



 すると姫子が、どんっ、と彼女の肩をつきとばす。



「……見苦しいわよ、元カノ」

「元カノじゃない! ぼくらはわかれてない!」

「……馬鹿なの? 彼から別れを告げられたでしょ」

「だからぁああ! あれは誤解なんだってば!」

「……キスされたのは事実なくせに」

「それはそうだけど、そうだけども!」



 涼が僕を見て言う。



「お願いだ、健太! お互い冷静に話し合おう! 君を愛してる事実を、わかってくれるはずだよ!!!」



 涙でぐちゃぐちゃになった顔、血走った目からは、とても冷静に話せる状態とは思えなかった。

 姫子が涼の首根っこをつかむと、ドアを開けてぽいっとすてる。



 ばたん!

 がちゃん!



「え、ええ……」

「さ、ご飯の続きしましょ」



 ドンドンドンドンドン!!!!!!



『あけて! ねえここをあけてくれよ! ねえ! ごめんだからぁ! ねえ、おねがいしますぅう! 話を聞いてくださいぃいいい! ねえええええ!』



 な、なんか不憫に思えてきた……。

 ここまでしなくても……。



「……だめよ、村井君。あの女に甘さを見せちゃだめ。つけあがるに決まってる」

「いや、でもこんな締め出すなんてことしなくても……」

「……あんな状態で、冷静な話し合いができるとも思わない。向こうは頭を冷やすべき」



 まあ、涼が冷静さを欠いてるっていうのは、同感だ。

 今話ても無駄というか……。



「りょ、涼。とりあえず、今日は帰って」

『やだぁあああああ! いやだぁああああ!』



 ああ、ダメだ。

 完全に、暴走してる……。



『ごめんなさい! 深く反省してます! もう女の子とキスなんてしないから! お願い許して! 許してぇ!』

「うん、だから、いったん冷静になろう? これ以上騒いだら、警察きちゃうよ……」




 しーん……。

 あ、あれ?



 どうしたんだろう……?

 僕は気になって、ドアのノゾキアナから向こうを見やる。



 涼が、いなくなってた。

 


「部屋に戻ったのかな……?」

「……邪魔者は消えたね」



 スマホを片手に、姫子が微笑む。

 すっすっす、とフリック入力をしていた。



「あ、あの……姫子さん? なにしてたの?」

「……別に、ラインなんてしてないよ?」

「え、ら、ライン? 誰と?」

「……さ、邪魔者は消えたし、楽しく食事をしましょ♡」

「え、ええ……」



 なんだろう、何が起きたんだろう……?

 だ、だいじょうぶ、だよね。涼……。



 隣に戻ったんだよね。うん。



「……強行してくるなんて、予想外だった。今度から監視カメラもつけないと」

「ひ、姫子さん!? なんか、こわいこと言ってません!?」

「……気のせいよ」



 き、きのせいかなぁ?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る