第5話 元カノが泣きながら弁明してくる、通学路



 僕の名前は村井 健太。

 私立アルピコ学園に通う、高校二年生。



 僕はアルピコ四天女よんてんにょがひとり、【湖の麗人】こと【なぎさ りょう】と付き合っていた。

 しかしある日、りょうが同じ部活の後輩女子とキスしてる現場を目撃。



 傷心の僕がとぼとぼ歩いてると、同じく四天女のひとり、【雪姫】こと【犀川さいかわ 姫子】さんが雨に打たれてる現場を目撃。

 傘を貸してあげることに。



 風邪を引いた僕のことを、犀川さんがなぜか看病してくれた。

 そして同じく看病に来た涼の前で、僕と付き合ってると主張。



 果たして僕の高校生活はどうなってしまうのだろうか……!



    ☆



 ゴールデンウィークが明けた、ある日。

 僕……村井 健太は学校へ向かっていた。



 僕の通ってる学校は、私立アルピコ学園高等部。

 JR高輪ゲートウェイ駅から出て、徒歩数分のところにある、私立の中高一貫校だ。ちなみに共学。



 スポーツに特に力を入れてる学校ではあるものの、学業も優秀で、東大に何人も生徒を送ってる。

 特に剣道部とバスケ部が強かったりするんだけど、まあそれはさておき。



「あ、あの……犀川さいかわさん? ちょっと、距離が近すぎないでしょうか……?」



 JRの改札を出て、国道沿いを歩いてる僕の隣には、淡い髪色をした美少女、犀川さいかわ 姫子ひめこさんが歩いてる。

 大きな胸を持つも、全体的にスレンダーで、ぱっと見モデルにしか見えない。



 はかなげな雰囲気と、人を寄せ付けぬそのクールな振る舞いから、【雪姫】なんて呼ばれてる……。

 そんな彼女が、僕にぴったりくっついてるのだ。



「……そうかしら?」

「そ、そうですよ。もうちょっと、適切な距離感を保ってほしいです」

「……承知したわ」



 よかった、話せばわかる系の人で。

 ぎゅっ、むぎゅぅ!



「なんで腕にしがみついてくるの!?」

「……適切な、恋人の距離感をとってほしいって」



 前言撤回、話が通じない系の人だ!

 む、胸が当たってる! めっちゃ当たってる! や、やわらかい……。



「ちょっと待ってよ!」



 僕と犀川さんの間に、割って入る人物がいた。

 黒髪でボーイッシュな、こちらも美少女、なぎさ りょう



 身長170センチ。手足がすらりとながく、足はめっちゃ長い。

 アスリートの体形に加えて、その中世的な整った顔つきに、少しハスキーな声。



 犀川さんがお姫様のような美少女ならば、涼は王子様のような美少女である。矛盾してるけど。




「なに人のカレシに、くっついてるのかなっ?」



 そう……僕と涼は恐れ多くも、付き合っていた。

 アルピコ四天女よんてんにょがひとり、【湖の麗人】と、である。



 まあでも……。



「……あなた、村井君ともう別れたんでしょ?」



 そう、僕との関係はもう終わってるのだ。

 涼が、部活の後輩と浮気してる現場を目撃したのである。



 ひどい裏切りに、ショックを受けた僕は、涼と別れたのだ。



「別れてない! ぼくは、健太と別れてないから!」

「いや……別れたでしょ、僕ら」



 ぶんぶん! 涼が首を強く横に振る。



「認めてないもん!」

「なにが認めてないだよ。浮気してたくせに」



 涼は持てる。男女ともに絶大な人気を持つ。

 特に女子からの人気はすさまじい。



 涼は剣道部主将で、試合のたび大勢のファンたちが、応援にかけつけてくる。

 その都度、涼は応援の女子たちに歯の浮くようなセリフを言うのだ。ありがとう子猫ちゃんとか。



「嘘つかなくていいんだよ。女子が好きなんでしょ」

「女子は、確かに好きだけど……」

「ほらね」

「でも! 健太のことは本当に好きなんだ! 信じてくれよ!」



 信じてって……。

 いやいや。



「じゃあ、こないだ女子とキスしてたのはなんだったの?」

「あ、あれは白糸滝しらいとたき……後輩のマネージャーの子が、強引に迫ってきたんだ!」



 白糸滝さん……? ああ、1年生の可愛い女子だ。

 いつも涼に熱っぽい視線を送っていた。それに、涼と付き合ってる(付き合っていた)僕を目の敵にしてきてたんだよね。



「……後輩に責任を押し付けて、自分の身の潔白を証明しようとするなんて。見苦しいわよ、この浮気女」



 犀川さんが冷笑を浮かべる。

 かぁ、と涼が顔を真っ赤にして、手を振り上げる。



「うるさい! 泥棒女! ぼくの健太に近寄るな!」

「やめろよ!」



 ばしっ!



「け、健太……?」



 僕は涼の腕をつかんで、止める。

 今、涼は犀川さんをぶとうとしていた。



 普段の涼なら、絶対にありえないことだ。

 この子は剣道以外では絶対に人に手を上げない。



 それどころか、いじめられてる子の盾となって、いじめっ子に立ち向かう勇気と度胸がある。

 そんな量の正義の味方然とした姿に、僕はあこがれていたのだ。



「……今、犀川さんのことぶとうとしただろ?」

「だ、だって! だってこの女が! ぼくのこと浮気女だって馬鹿にしてきたからぁ!」

「だからって! 暴力をふるおうとするなんて、最低だよ! 見損なったよ涼!」

「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」



 すさまじい衝撃を受けたような顔で、一歩、涼が後ずさる。



「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

「謝るのは、僕じゃなくて犀川さんに、でしょ?」



 未遂とはいえ、ぶとうとしたんだから。

 謝ってしかるべきだ。



 ぐぐぐ、と涼が悔しそうに歯噛みした後、腰を直角にして頭を下げる。



「……すまなかった、犀川くん」

「……別に、いいよ。でももう村井君に近づかないで」

「な!? そんなことできるわけないし、どうして君の指図を受けないといけない!?」



 じろり、と僕は涼をにらみつける。



「反省してるの?」

「あ、う……ごめんなさい……」



 なんだか、いつもより弱弱しく感じる。

 女子に暴力をふおうとしたことも変だ。普段の涼じゃあない。



「ねえ、健太。信じて。ぼくが好きなのは君だけだ。君だけを愛してるんだ。それは本当なんだ。信じておくれよ?」

「…………」



 ……泣きそうな姿からは、とても嘘をついてるようには思えなかった。

 もしも僕のことフェイク彼氏と思ってるんだったら、ここまで必死になって、身の潔白を証明しようとはしてこないだろう。



 どうでもいいって思ってるなら、切り捨てればいい。

 涼は男子からも持てるのだ。



 次のフェイク彼氏をゲットすることなんて、容易いだろう。

 でも、ここまで僕に執着するってことは……。



「……ダメだよ、村井君。この女が彼氏がいるのに、他の女と口づけしたのは動かぬ事実なんだから」



 ……犀川さんの言う通り。

 そこは、もう事実として、涼も認めてること。



「だからあれは向こうが無理やりだって言ってるじゃあないか!!!!!」

「……あなたがそう主張してるだけ。客観性にかけるわ」

「じゃあどうすれば信じてくれるんだよ!!!!」

「……最初から、あなたのことなんてこれっぽっちも信用してない。こんな素敵な彼氏がいて、浮気するような裏切り者の言葉なんて」

「だから! 浮気してないってば!」



 ヒートアップする二人……というか涼。

 涼が切れてる姿に、逆に僕は冷静になった。そして……気づいた。



「あ」



 ……周りに、たくさんのアルピコ学園の生徒たちがいることに。



「……なんだなんだ?」「……四天女の二人よ」「……雪姫と湖の麗人だ」「……何があったのかしら?」「……てゆーか、間にいるさえない男だれだよ」



 ざわ……ざわ……。

 や、やばい! 目立ってる!?



 いやそうだよ、涼も犀川さんも四天女、うちの超有名人なんだ!

 そんな二人が通学路で言い争っていたら、そりゃ目立つってもんだ!



「……痴話げんか?」「……まさか」「……いやでも浮気とかなんとかって」「……浮気? 麗人が?」「……まさかでしょ」



 まずい!

 これ以上目立ったら、犀川さんに迷惑がかかっちゃう!



「犀川さん、いこ!」

「! ええっ」



 僕は犀川さんの手を引いて、その場から立ち去る。



「あ! 待って! 待ってよ健太! 待ってぇえ!」



 ……涼にはわるいけど、僕はまだ、涼を完全に信用できない。

 嘘ついてる可能性も捨てきれないし……。



「ちょ、どいて! どいてよ! 健太待って! 待ってよぉ!」



 僕は涼に悪いと思いながらも、犀川さんの手を取って、その場を後にしたのだった。

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