第2話 カノジョに別れを告げた

 あくる日。



「へ、へくしゅんっ!」



 僕はベッドに横になって、天井を見つめていた。

 体はダルく、頭は重い。



 立ち上がる気力は沸いてこない。



「完全に……風邪だ……」



 風邪を引いても、僕はひとりだった。

 僕んちは母子家庭だ。



 そして、母さんは今、海外赴任をしている。

 付き合ってるカノジョは、昨日、浮気現場を目撃したところだ。



「孤独だ……」



 そんな風にしてると、ガチャンッ、と扉が開いた音がした。

 ……母さん、とは思えなかった。



 入ってきた人物に対する心当たりは、ひとりしか居ない。



「健太。おはよう」

「……涼」



 僕のカノジョ……渚 涼が現れた。

 黒髪ショートカット。



 スレンダーな体型に、ハンサムな顔つき。

 男子から、そして、女子からも絶大な人気を誇る、三天女がひとりで【湖の麗人】なんてあだ名がつくくらいの、美少女。



「どうしたんだい、待ち合わせ場所に現れないから心配したよ?」



 僕らは毎朝、マンション前のエントランスに集合して、一緒に学校へと向かっている。

 壁掛け時計を見ると、集合時間を5分オーバーしていた。



「心配した……か。ふっ……」

「どうしたんだい? まさか……風邪!? 大変だ……! ぼくもすぐに看病してあげるね!」



 涼は僕の前では、一人称が【ぼく】になる。

 僕と一緒にいた影響だろうか。



 でも人前では【わたし】と使い分けてる……。

 しかし、看病?



「要らないよ……看病なんて」

「何馬鹿なことを言ってるんだい……? 君は風邪引いてるんだよ? 看病するのは、カノジョであるぼくの役目だろう?」



 ……ああ、たぶん、涼は気づいていないんだ。

 昨日、キスをしてるところを、目撃されたって。



 堂々と浮気してるところを、カレシに目撃されたのだと、気づいていないのである。

 ……だんだん、腹が立ってきた。



 浮気してるくせに、カノジョ面してくる涼に対して……。



「帰れよ」

「え?」

「帰ってよ。僕はもう……涼の顔なんて、見たくないんだ」



 僕が言い放った言葉を聞いて、涼は面食らったようだ。



「な、何を言ってるの……? 健太?」

「もう涼の顔なんて見たくない」

「ど、どうして……? ひとりにして欲しいってこと?」

「そう。永遠に。もう僕の前に現れないでくれないかな?」



 ふつふつ……と怒りが腹の底からわいてきた。

 だって涼は、嘘ついてるんだ。



 付き合ってる子がいるんだ。女の子の方が好きなんだ。

 ……それなのに、今もまだ、嘘をつき続けている。



「え、永遠に……? な、何馬鹿な……」

「馬鹿なことじゃないよ。僕知ってるんだから」

「な、なにを……?」

「涼が昨日、剣道部の後輩の子と……キスしてるところ」

「!?!?!?!?!?!?」



 涼は、まさか僕に見られてたなんて思ってなかったのだろう。

 目を大きく剥いて、よろけていた。



「あ、あれは……ちがうんだ」

「何がちがうの? キスしてたじゃん」



 顔が重なって、キスしてるように見えた……じゃない。

 あれは、完璧にキスをしていた。



「女の子の方が好きなんでしょ?」

「ち、ちがうよ……! 誤解だ……!」

「誤解? じゃあどうして、僕の電話に出てくれないときがあるの? 僕とデートしたとき、どうして手をつないでくれないの? どうして……?」



 風邪引いてるからだろう。

 理性が上手く働かなかった。



 思ったことがすらすらと、口から出ていく。

 ため込まれた不満が、純度100%の状態で、涼のもとへぶつけられる。



「ち、ちがうの……健太……。全部誤解なんだよ……」

「でもキスはしたでしょ?」

「そ、それは……」

「ほら……もういいよ。女の子同士で付き合うの、知られるのが嫌だったんでしょ? だから男と付き合うことで、カモフラージュに使ってたんでしょ?」

「だから……ちがうんだ……誤解だって、どうしてわかってくれないんだ!」



 ……なにそれ?

 逆ギレ?



 怒りたいのはこっちだよ。

 ナンデ泣いてるの?



 泣きたいのはこっちなのに。



「健太の……馬鹿! もう知らない!」


 

 そう言って、涼が出て行く。

 あとには風邪を引いた僕だけが残された。



「……おわった」



 これで完全に、関係は終わった。

 もういいんだ。



 そもそも、最初から不釣り合いだったのだ。

 湖の麗人と、一般モブが付き合うなんて。



 どだい、無理な話だったんだ……。



「げほげほ……! 咳をしても……ひとり……か……」



 僕は目を閉じて、丸くなる。

 ……思えば、側に涼が居てくれたから、本当の孤独って言うのは、今まで感じたことがなかった気がする。



 でも今、完全にひとりぼっちになった。



「寒い……寒いよ……」



 高熱にうかされながら、僕はつぶやく……。

 体が痛くて、だるくて、辛くて……



「ひとりに、しないで」


 そのときだった。



「大丈夫」



 誰かの声がした。

 聞き覚えのない声だった。



 ひんやりとした何かが、僕の額の上に乗っかる。



「……大丈夫。そばに、いる」


 ……誰だかわからないけど、その人はずっと、僕の側にいてくれた。

 冷たい何かが額の上に乗ってて、気持ちが良い。



「……大丈夫。直ぐによくなるわ」



 その人は、ずっと僕を励ます言葉を投げかけてくれていた。

 母さんじゃない、涼でもない……誰か。


 誰だろう。

 わからない。



 でも僕は……その人がそばにいたことで、さみしい気持ちが紛れた。

 失恋の胸の痛みを、カノジョの愛撫が癒やしてくれた。



「……ずっと、そばにいて、くれる?」

「うん、だから、安心して」



 気づけば、僕は深い眠りについていた。

 

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