第16話 後始末1
足の怪我は治ったが、ゲオルグは自由に歩けるには程遠かった。松葉杖を使って移動するゲオルグの傍には、常にルートヴィッヒがいた。若手の中で最も腕が立つのがルートヴィッヒだ。当然といえば当然だが、微笑ましい光景だった。
「あれは雛鳥が親鳥にくっついて回っているだけだ」
アルノルトの言葉に、若手達は頷いた。
国王陛下の異母兄、庶子でありながら、例外的に第二王位継承権を持っていたルートヴィッヒは、竜騎士になると同時に王族であることを捨て、王位継承権を放棄し、臣籍降下し貴族を飛び越えて平民に身分を落とした。それでも、彼を遠巻きにする者は多かった。一時期よりましになったとはいえ、表情に乏しく言葉数の少ないルートヴィッヒには、近寄りがたい雰囲気があった。あまりに丁寧な口調もそれに拍車をかけていた。今回の件で、同年代とは距離が近くなった。
有事に危険を冒し、軍規違反と非難される可能性も知りながら行動したルートヴィッヒが、いずれ自分達を率いると、期待する者も多い。隣国と、今後交渉する道具として、今回の小競り合いが使えるというルートヴィッヒに、人の上に立つべきと思った者は多かった。
王都竜騎士団の出発の前夜、アルノルトはルートヴィッヒを無理やりゲオルグの部屋から追い出し、寝台に押し込んだ。
「まったく手のかかる」
アルノルトの言葉に、ゲオルグとハインリッヒは笑った。
左足を負傷したゲオルグが、長距離の飛行にどこまで耐えられるかは未知数だ。南方竜騎士団の砦を出発するときと、王都に到着するときは、ゲオルグは絶対に一人で竜に乗る必要があった。周囲にゲオルグの怪我の程度を悟らせないためだ。王都竜騎士団団長の負傷など、隣国に知られたら攻め込まれかねず、国内に知られれば国民は動揺する。
逆に道中はできるだけ二人乗りをする予定だ。最有力候補がルートヴィッヒだ。実際に意識のなかったゲオルグを運ぶとき、ハーゲスはルートヴィッヒに手綱を握らせた。トールはその後ろをついて来た。ゲオルグのためであれば、ハーゲスはルートヴィッヒに手綱をとらせることはわかった。ルートヴィッヒは、トールも団長を乗せて飛んでくれるようですと言った。相変わらず竜が相手ならしゃべるのかと、アルノルト含め数名はあきれたが、二人乗りを許す竜が二頭いるのは心強い。
「お前たち若手は、みな、私の息子のようなものだ。一番手がかかるのがルートヴィッヒだな」
「団長に息子のようと言って頂けるのは光栄ですが、本当にルートヴィッヒは相変わらずですね」
アルノルトの言葉にゲオルグとハインリッヒは同意した。南方竜騎士団所属のアルノルトが知るのは、見習いだった頃のルートヴィッヒだ。人よりも竜に慣れていると揶揄されていた。久しぶりに会うルートヴィッヒは、相変わらず愛想がないものの、記憶にあるよりは人付き合いが出来るようになっていた。
「私の父は絨毯職人で、美しい絨毯を作ります。腕のいい職人たちも父を慕ってくれている。ただ、他のことには恐ろしく不器用で、母がいないと、生活ができません。美しい絨毯でも、売らねば金になりませんからね。そういうことが全く無理です。父親のような人間が、他にもいるとは思いませんでした」
「お父上で慣れておられたのですね」
ハインリッヒの言葉をアルノルトは否定しなかった。思い浮かべた故郷の両親は元気だろうか。父は美しい絨毯を織ることに全身全霊をかけ、生きることに不器用だ。そんな父を母は愛している。腕はいいが、人付き合いが苦手で、素直な後輩のルートヴィッヒは、不器用さが父に似ていた。
「そうなのかもしれないな。ハインリッヒ、お前には悪いけど、ルートヴィッヒを頼む」
「いいのですか、私は“貴族の目”ですよ」
「ルートヴィッヒ本人が気にしていないからな」
ハインリッヒの家は、かつて第二王位継承権を持っていたルートヴィッヒの命を狙っていた派閥に属している。
「国王陛下を裏切るつもりはないから、その証明のために、いてくれた方がいいと言われました。他人が“貴族の目”になったら、自らの手柄とするため、ありもしないことを報告されかねないから嫌だと」
「まぁ、信頼できるハインリッヒが“貴族の目”ならば、安心だと言いたいのだろうな」
ゲオルグは苦笑した。ルートヴィッヒ自身が、ハインリッヒを信頼しているという自覚をするのはいつのことだろうか。
「若手の間ではどうだ」
ゲオルグの言葉に、アルノルトとハインリッヒは互いの顔を見た。
「今回の件で、少し近くなったように思います。彼の無口を、他人を見下しているという解釈をする者もいましたが、誤解もとけたようです」
「竜にはよく話すが、人との会話が苦手な変人というのが、南の大半があいつに思っていることでしょうね。あと」
言いよどんだアルノルトをゲオルグとハインリッヒが見た。
「いずれ自分達を率いて立つんじゃないか、ぜひそうなってほしいという意見もあります」
若手だけの混成部隊で、苦戦していた時に、たった一人で現れて形勢を逆転させたルートヴィッヒの姿には、そう思わせるだけの何かがあった。
「王都竜騎士団でも、前からそう見る者は多いです。ただ、そうなると、実家と縁を切らざるを得ないものもいますので、今から悩んでいるようです」
「え、いまだに貴族は派閥争いか。継承権の問題は、ベルンハルト陛下が王位を継がれたから解決だろう」
「この度お生まれになる陛下の御子が男児であれば、より解決に近づくのですが」
アルノルトが顔をしかめた。
「だったらあいつ、王都から離した方がいいじゃないですか」
「本人が望まない。陛下を守る王都竜騎士団がいいと言った」
「まぁ、ルートヴィッヒはゲオルグ団長に懐いているからな。親父みたいなもんですよね」
「見習いのときから面倒を見ているお前が、兄か」
ゲオルグとアルノルトは笑った。
「そうなると、ハインリッヒ、お前は」
「嫌ですよ、実の兄と妹で充分です」
「いや、だから、不器用な兄貴で苦労する弟って立場だろう。お前」
「なぜ私が弟ですか。同期ですよ、私は」
騒いでいた三人は、遠慮がちなノックの音に黙った。
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