第17話 後始末2
「誰だ」
「ルートヴィッヒです」
「入れ」
許可をもらったルートヴィッヒは、ゲオルグの部屋にいるアルノルトとハインリッヒを見た。
「どうした」
「明日出発だから、寝るようにとアルノルトに言われたのですが。話し声がしますし、明日出発なのは、団長とハインリッヒも同じはずですが」
「あー、すまんすまん。騒いで悪かった」
「いえ」
所在なさげなルートヴィッヒの様子に、三人は悟った。寂しかったのだろう。彼にとって親しい人がみな、彼がいないところで楽しそうに話していたのだ。
「せっかくだから、お前、こっちこい」
アルノルトは強引に手を引くと、ルートヴィッヒをゲオルグの寝台に座らせた。
「ハインリッヒ、手伝え」
アルノルトはハインリッヒに手伝わせて、隣の部屋にあったルートヴィッヒの寝台を、ゲオルグの部屋に持ち込んだ。
「当面、俺たち、三人で会えないしさ。団長にも混じってもらって一緒に寝よう」
決して広くない部屋は、寝台が二つはいり、間を通るのが精いっぱいの状態だ。
「野営みたいで面白いだろう」
アルノルトは、胡乱な目で自分をにらむハインリッヒの手を引っ張った。
「お前は俺と二人でこっちな」
「待ってください、なぜあなたと」
「そりゃお前、かさばる俺が、団長と一緒じゃぁ狭いだろ」
「あなたと一緒では、私が狭い思いをしますが」
「まぁまぁ」
不満そうなハインリッヒに、アルノルトはもう一つの寝台を見るように促した。
ルートヴィッヒが遠慮がちに、ゲオルグの隣に横になろうとしていた。
「確かに野営みたいだな」
「はい」
ルートヴィッヒの声が少し嬉しそうなのは、気のせいではないだろう。
「王都に戻ったら、お前の副団長への任命式がある」
「はい。まだ経験も少ないのに、務まるでしょうか」
「最初から経験あるやつなどいない。経験から学んでいけばいい」
「はい」
「副団長の任命は陛下がなさる」
「はい。竜騎士に任命していただいて以来になります」
「楽しみか」
「はい」
ハインリッヒは黙ってアルノルトの隣に横になった。先王は国だけでなく、息子達にも関心がなかった。感心の無さが、貴族の派閥争いを激化させ、幼い兄弟のそれぞれを、勝手に旗印に祭り上げる政治闘争に発展したのだ。ルートヴィッヒが竜騎士となり継承権を放棄し、ベルンハルトが国王となることで、無益な内戦は避けられた。
平民になったルートヴィッヒが、国王に謁見できる機会は少ない。ルートヴィッヒが王都竜騎士団で副団長になり、その機会は増える。国王陛下の剣と盾といわれる王都竜騎士団、その最高峰とされる団長になり、兵力のすべてを束ねれば、国王と並びたち、この国を繁栄に導くだろう。
アルノルトは、手のかかる見習いだったルートヴィッヒのため、南方を束ねる決意をしていた。ルートヴィッヒの王都竜騎士団団長就任を祝うための酒は今、王都の使われていない地下牢でその日を待っている。
ゲオルグとルートヴィッヒの静かな声が部屋に響いていた。
「お前は、誰かとこんな風に寝台で寝たことはあるか」
「子供の時、よくベルンハルトいえ、陛下に匿ってもらいました」
「陛下が、殿下だったころだな」
ルートヴィッヒ自身も殿下だったころだ。匿われて生き延びたというルートヴィッヒの少年時代。穏やかでなかった時代を生き抜いた兄弟の絆は強い。
「はい」
「もう遅い。お休み」
「はい、お休みなさい」
ルートヴィッヒの声が沈んでいた。
「どうした」
「陛下は今、御一人かと思いました」
「会いたくなったか」
「はい」
「任命式の時に会える」
「はい」
「お前なら、いつでも会いに行けるだろうに」
ゲオルグの言葉に、ルートヴィッヒが小さく笑った。
「行けますが、やはり、問題あるかと」
「まぁ、そうだな。そろそろ寝るぞ。お休み」
「はい、おやすみなさい」
しばらくして、四人それぞれ寝息を立て始めた。
翌朝。
「ゲオルグ団長、一つ質問があるのです」
ゲオルグの着替えを手伝っていたルートヴィッヒの言葉に、周囲が慌てることになった。
「アルノルトは南方竜騎士団の副団長に任命されるとのことですが、任命式はどうなるのですか」
アルノルトは叫んだ。
「ルートヴィッヒ、お前、気づいていたなら早く言え!」
いつでも出撃容易ができるようにしておくのは、竜騎士の基本だ。だが、さすがに王都までの長距離を飛ぶ用意が即座にできるわけがない。
「そうはおっしゃいますが、先ほど気づいたばかりです」
地方の竜騎士団であっても、よほどの事態でない限り、騎士への任命も、幹部の任命も、王都で行われる。南方竜騎士団の団長と複数名が裁かれ、南方竜騎士団の人数が減った。特に幹部が減った対応が難しく、昨日の話し合いで、後任の幹部赴任までの間、王都竜騎士団の若手が数名残ることがようやく決まったばかりだ。
アルノルトが、王都へ行く必要があることは、今朝、ルートヴィッヒが思い出すまで、皆が忘れていた。
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