第2話 月明かり
結局また眠ってしまったらしい。ゲオルグは薄暗い部屋で目を覚ました。話を聞くと言っておきながら、ルートヴィッヒにすまないことをした。
そのルートヴィッヒは、月明りが照らす部屋の片隅で剣を抱いて眠っていた。野営で周囲を警戒しながら仮眠をとるときと同じだ。規則正しい寝息が聞こえた。
ルートヴィッヒの静かな寝息に、昼間のアルノルトとの会話を思い出した。騒々しく部下達が出て行ったあと、一人残ったアルノルトから、ゲオルグは報告をうけた。
「ルートヴィッヒは、竜の世話するとき以外は、団長にほぼ付きっ切りで看病して、自分の食事を忘れるくらいでした。一度倒れました。すみません。今は無理やり食べさせていますから、そこは大丈夫です。今はトールとハーゲスだけですから負担は減りましたね。昼も夜もほとんどずっと団長の部屋です。隣の部屋を用意したのですが使わない。今襲われたら危ないというから、夜の見張りくらい俺が代わると言っても、頑なで。団長が目を覚ましてくれてよかった。あのままじゃ、ルートヴィッヒが、一度倒れるだけじゃすまないことになったと思います」
アルノルトは、ルートヴィッヒが見習いだった頃、今よりも人付き合いに慣れていなかった頃からの付き合いだ。ルートヴィッヒの性格をよく知っている。
賢いのに無知で、何かと無茶をするルートヴィヒの面倒を、アルノルトはよく見てやっていたと思う。ルートヴィッヒもアルノルトに懐いていた。今回の南方竜騎士団へのゲオルグの視察に、出来たら同行させてほしいと、ルートヴィッヒが自分から申し入れてきたほどだ。
「ルートヴィッヒからしたら、団長は親父みたいなものだと思います。ルートヴィッヒなりに、ゲオルグ団長を慕っている。あの場では、ルートヴィッヒの判断は間違っていないと私は思います。本来なら、彼の先輩である私が気づいて行動すべきでした。どうか、あれを叱らないでやってください」
「どういうことだ」
アルノルトは顔をしかめながら、彼らが重症のゲオルグを連れて帰ってきたときのことを話した。
「あの日、飛んでた俺たち若手は、南方竜騎士団団長は間違っていると思います。俺たち若手の大半は、ルートヴィッヒの味方ですからね。あいつが思い切ったことをしなきゃ、俺たちは死んでた。ゲオルグ団長もです。そこんとこちゃんとわかってください。あの場にいたのに、わからない奴は、どうかしてる。権力に媚び売りやがって情けねぇ。ルートヴィッヒが自己弁護も何もしないからって、いい気になりやがって。馬鹿どもが、いえ、失礼しました。でも、ルートヴィッヒは間違っちゃいません」
感情が高ぶったアルノルトは、荒っぽく罵った後、ルートヴィッヒを連れてくると鼻息荒く宣言し、ゲオルグの部屋から出て行った。
「アルノルトは兄だな」
偶然とはいえ、ルートヴィッヒの教育係がアルノルトで良かったと思う。感情表現も発言も乏しかったルートヴィッヒは、喜怒哀楽のはっきりしたアルノルトと接するうちに、少しずつ感情を表し、しゃべるようになった。アルノルトが南方に帰ったあと、ルートヴィッヒは寂しそうにしていた。その様子に刺激されたのか、普段は家に帰らないような者達も、休暇を取り、家族の元に帰ったほどだった。
ルートヴィッヒの母親代わりは、マリアだろう。
ゲオルグの結婚は遅かった。妻のマリアはルートヴィッヒの乳母だ。ゲオルグは、竜騎士になったばかりのルートヴィッヒの外出に付き添い、マリアに出会った。
「竜騎士になり、ようやく臣籍降下出来た。貴族を飛び越して平民になった。継承権も放棄出来た。」
ルートヴィッヒの言葉に、マリアは涙を流して喜び、ルートヴィッヒを抱きしめた。
「マリア、昔と逆だ」
「お坊ちゃま、すっかり大きくなられて」
ルートヴィッヒが、嬉しそうに年相応の笑顔を浮かべていた。
あの日の出会いが縁になり、ゲオルグはマリアと結婚した。既に二人共若くはなく、子供は授からなかった。
ゲオルグがルートヴィッヒの事情を理解するようになったのは、マリアの話を聞いてからだ。ルートヴィッヒは、幼いころに母親から引き離され、無理やり後宮に連れてこられた。マリアは母親代わりとなり、ルートヴィッヒを育てた。マリアにとり、ルートヴィッヒは優しく素直で賢くて明るい、自慢のお坊ちゃまだった。
ルートヴィッヒに王位継承権が授与された時、マリアは突然解雇された。マリアは理由を聞かされていなかったそうだ。ルートヴィッヒは子供なりにマリアを守ろうとしたのだろう。ルートヴィッヒが、竜騎士になり王位継承権を放棄したことを、真っ先にマリアに報告したと思うと、微笑ましい。
怪我をしたことを幸いというのは間違っているが、動けないおかげで考える時間は山ほどあった。ゲオルグは眠ってばかりだが、南方竜騎士団団長は、一度も見舞いに来ていない。当然、一切報告を受けていない。
やはり、南方竜騎士団にはいろいろと問題がありそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます