第三章 ゲオルグの怪我とルートヴィッヒの勝手な行動

第1話 覚醒

 熱い。冷たい布が額や顔の汗を丁寧に拭っていくのが分かった。気持ちがいい。ゆっくりと冷たい布が首筋を拭き、両の手を順に丁寧に包んでいった。


 ゆっくり息をついたとき、相手の手が止まった。

「ゲオルグ団長」

ルートヴィッヒの声がした。なんだ、どうしたと言おうと思ったが、喉が掠れ、声が出なかった。

「飲めますか」

ルートヴィッヒの声に続いて、背に腕が添えられ体を少し起こされた。口にあてがわれた椀から、水が口に流れ込んできた。一口ずつゆっくりと飲み、ようやく一息ついた。

「ルートヴィッヒか」

「はい」

見慣れた顔があった。身体が熱く、頭が働かない。左の大腿部の痛みに、ゲオルグはようやく何があったか思い出した。


「おい、結局、どうなった。他の者は、部隊は無事か」

状況が分からない。だが、焦るゲオルグに対してルートヴィッヒは冷静なままだった。

「問題になるお怪我をなさったのは、ゲオルグ団長のみです。南の隣国からの部隊は、撃退しました。数名怪我人はおりますが、軽傷です。ここは南方騎士団の砦です。お目覚めになったことを、他へ知らせてまいります」

淡々と事実を告げるルートヴィッヒは、見習いになったばかりの頃と同じ、無表情になっていた。

「団長の意識がない間、許可なく私は勝手なことをしました。申し訳ありませんでした」

何のことだとゲオルグが問い返す間もなく、一礼するとルートヴィッヒは出ていった。直後になだれ込むように部屋に入ってきた竜騎士達のおかげで、ルートヴィッヒに問い返すこともできなかった。

 

 無事を喜ぶ部下から、何があったか口々に報告をうけたゲオルグは、寝台に横たわったまま溜息を吐いた。事態を把握するには、後から一人ずつ呼び出す必要がありそうだった。怪我人を労り、簡潔に報告ができる奴はいないのか。普段から簡潔すぎる報告をするルートヴィッヒは、先ほど意味不明なことを言い部屋を出て行ってしまった。


「ルートヴィッヒは、今どこだ」

「多分、今は竜のところじゃないでしょうか」

予想通りの答えだった。

「勝手なことをしてしまったといって、落ち込んでいます。私たちが何を言っても聞きません」

「許可なく行動したのは事実だ。お前たち若手の勝手な行動は目に余る」

「最初に、割り込んできた一騎に気づいて動いたのはルートヴィッヒです」

「一騎打ちへの介入は、竜騎士の流儀に反する。そんなこともわからんのか」

「団長の傷、最初の手当てがよかったと、薬師も褒めてしたけど。あいつの耳に、はいってませんよ」

「先に割り込んできたのは敵方です。それでも一騎打ちとおっしゃるのですか」

ルートヴィッヒを擁護する者と軍規違反と責める者とが、ゲオルグの枕元で言い争いを始めた。


 うるさい。足の傷が痛い、頭も痛い。いや違う。頭がさらに痛くなった。

「騒ぐな、団長はお疲れだ。ほら、出て行け」

アルノルトの声がした。

「はい」

「失礼いたします」


 軍靴が床板を踏みしめる音が響く。入ってきたときも、出ていくときも騒がしい連中だ。寝台に横たわったゲオルグは、ぼんやりと天井を眺めた。必要な人物が残っていることが、確認できた。

「アルノルト、報告を」

「はい」

簡潔すぎるルートヴィッヒの報告よりも、より正確なアルノルトの報告に、ゲオルグは、自分が当面頭痛から開放されそうもないことを知った。

「アルノルト、ルートヴィッヒの面倒を見てやってくれ」

「はい。相変わらず目を離せない奴だとわかりました」

見習いの頃のルートヴィッヒの教育係がアルノルトだ。昔を思い出させる、といっても数年前のことだが、面倒見がよいアルノルトの言葉に、ゲオルグの頭痛は少し軽くなった。


 少し眠っていたらしい。ゲオルグは食べ物の匂いで目が覚めた。

「少し、召し上がってはいかがでしょうか」

ルートヴィッヒがいた。

「厨房の者に作ってもらいました」

「いただこうか」

「体を起こされたほうが、召し上がるには良いかと思います」

そう言いながら、ルートヴィッヒはそっと腕を背中に差し入れてきた。身体を起こされ、手際よく寝具を持たれやすいように調節され、ようやく天井以外が目にはいるようになった。

「慣れたものだな」

正直な感想だった。ルートヴィッヒはそれには答えず、そっと椀を差し出してきた。


「ありがとう。いただこう」

「はい」

ルートヴィッヒは少し微笑んだが、また沈鬱な表情に戻り、俯いてしまった。

「そんな顔をするな。これを食べたらお前の話を聞こう」

「はい」


 行儀よく揃えられた膝の上で、拳が握りしめられていた。最初に会ったときから、ずいぶんと背が伸び、逞しい体格となったと思う。今回連れてきた若手の中でも最年少だ。腕は立ち、冷静で的確な判断を下す様はさすがだ。時々今日のように年相応になる。

「そんな顔をするなと言っただろう。別に、お前を頭ごなしに叱ろうとは思ってはいない」

「勝手なことをしました」

「お前のことだ。理由あってのことだろう。ちゃんと私にわかるように説明してくれ」

「はい」

食べ終わったゲオルグは、ルートヴィッヒが勧めるままに水を飲んだ。

「食器を厨房に返しに行きます。また、戻ってまいります」

「あぁ」

ゲオルグはあくびをしながら答えた。

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