第19話 合同訓練

 父に部屋から追い出されたリヒャルトは、王都竜騎士団の鍛錬場で、南方竜騎士団と王都竜騎士団の合同訓練に参加させてもらった。以前に合同訓練をしたことがあるという彼らは、親しげに言葉を交わしていた。


 リヒャルトとルートヴィッヒの手合わせが中止になった理由を聞いた南方竜騎士団の竜騎士達が、腹を抱えて笑う様子には驚いた。

「お前、何、またそんな無茶して怒られたの」

「変わらないねぇ」

「ハインリッヒ、お前のところの副団長に仮眠とらせるなら、寝台に押し込まなきゃ無理だって。自分でも言ってなかったか」

「懲りないなぁ」

ルートヴィッヒはそんな彼らに、少し困ったように微笑んでいた。午前中、仮眠を取ったためだろうか。少し顔色が良くなっていた。


「お前なぁ。無茶すると早死にするからやめとけ。せっかく生き延びたんだ。長生きしろよ」

穏やかな明るい口調でアルノルトが口にした言葉に、リヒャルトは父からきいた王宮の噂話を思い出した。あの番頭が涙していたのだ。


「我らが副団長アルノルトは、俺たちに仕事ふりすぎだよなぁ」

「ほう。まだまだできるってか。さすが優秀なお前は違うな。団長に報告しておくよ」

「うわ、それやめろ、やめてくれ」

そんな騒がしい彼らも、ルートヴィッヒが休憩の終了を告げると、一瞬で姿勢を正した。


 王族が住む王都を守る王都竜騎士団が、強いことは知っていた。ある意味、それが当然だと考えていた。だが、南方竜騎士団の竜騎士達もそれに劣ってはいなかった。残念ながら、リヒャルトは己の力不足を実感させられた。正確には、以前よりも王都竜騎士団が腕を上げたのだ。


「東とは、友好関係にありますから」

稽古後、慰めるようなルートヴィッヒ言葉にリヒャルトは何も言えなかった。


「お前な、慰めたつもりだろうが、余計だ」

アルノルトがルートヴィッヒを小突いた。

「痛いです」

「嘘をつけ。お前、自分が言ったことの意味、わかってるか」

ルートヴィッヒの返事はなく、周囲の竜騎士たちが苦笑した。


「東の隣は友好国だから、弱くても仕方ないって意味にとれるだろうが」

「具体的に敵が想定出来ない場合は」

「いや、そうじゃない」

「無論、外交では常に」

「いや、お前な、そういう壮大な話じゃなくてな」

「南は先日の件があり、緊張感が」

「いや、それはお前、ゲオルグ団長に進言しろ。そうじゃなくてな、リヒャルトだったな、この男がそう言われたらどう思うか、お前わかるか」


 黙って考えているルートヴィッヒを、アルノルトは待たなかった。

「多分な、こいつはお前が思っていたより弱かった。違うか。南の副団長として、俺は東のリヒャルトという名前を聞いたことがある。だから、御前試合でも見ていた。とくにハインリッヒとの試合は期待していたよ。ハインリッヒ、お前の感想は」

「本人を前に、言うことではないと思いますが」

ハインリッヒはリヒャルトを一瞥して、それ以上は言わなかった。


「試合になっていませんでした。胸を借りるにしても、あれでは、失礼だったと思います」

リヒャルトは代わりに答えた。御前試合では各竜騎士団の実力が知れる。王都竜騎士団に匹敵するのが南方竜騎士団だった。東はかろうじて西に勝るという程度だった。


「そうやって実力不足を知ったリヒャルトに、お前は、東方竜騎士団は隣国との関係が良好で、緊張感が無いから弱いのも当然だといったわけだ」

「外交関係が安定しているのは事実ですし、彼一人の問題では」

「いや、事実でもな、それを本人を前に言うと、やっぱり本人も傷つくわけだ。あ、すまん」

ルートヴィッヒの言葉を遮ったアルノルトは、結局自分も同じことを口にし、リヒャルトに謝罪した。

「いえ、でも、本当のことです。前回よりも実力の差が開いたことは痛感しました」


 御前試合で、リヒャルトはハインリッヒに勝てなかった。そのハインリッヒを、圧倒するルートヴィッヒだ。リヒャルトでは、ルートヴィッヒの相手にならない。


 リヒャルトはルートヴィッヒに頭を下げた。

「色々とご迷惑をおかけしました。手合わせに関しては、いずれまた。更に技を磨いてきますので、そのときに、よろしくお願いいたします」

「では、またいずれその時に。私も鍛錬に励んでおきます」

ルートヴィッヒをアルノルトが小突いた。


「こいつは色々あったやつだ。悪気はない。悪気はないが、自分の感情にも他人の感情にも少々疎くてな」

「なにも、そこまでおっしゃらなくても」

「副団長に悪気はない。悪気はないが、気遣いが出来ない、のではないな。ずれているから、反感を買いやすいだけだ」

「ハインリッヒ、あなたも随分なおっしゃりようですが」

「否定できるか」

「それは、その」

明け透けで少々失礼なアルノルトや、手厳しいハインリッヒの物言いにも、ルードヴィッヒは怒った様子もない。感情に疎いというアルノルトの言葉通りに見えた。

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