第18話 父と番頭
予定していたルートヴィッヒとの手合わせが無くなってしまった。空いた時間、手持無沙汰となったリヒャルトは、家にもう一度行くことにした。久しぶりに家の仕事、商売を手伝った。とはいえ長年家を空けていたリヒャルトにできるのは、力仕事くらいだ。
そんな時、王都竜騎士団から使者がきたという連絡があり、慌てて母屋に戻った。
「リヒャルト、お前、何かしたか」
双子の竜騎士見習いを前に、父と番頭がひきつった笑顔で応対していた。リヒャルトの背に冷たいものが流れた。
「いえ、何もあなた方に非があるというわけではないのです」
「ご子息に関しても同様です」
「ただちょっと、団長が困っていることがあるのです」
「ぜひ、ご参考までにお話をお伺いしたく」
互いによく似た二人は、人好きにする笑顔を浮かべていた。
先ほど去ったばかりの王都竜騎士団の兵舎に、また連れてこられた。呼び出された理由がわからない父と番頭は緊張した面持ちで、簡素な部屋にいた。その二人に挟まれたリヒャルトも落ち着かなかった。
「お待たせしました」
扉をあけた人物をみて、番頭が叫んだ。
「あ、あなたは」
叫ばれたルートヴィッヒは、驚いたように一歩引いた。
「その節は、ありがとうございました」
驚くルートヴィッヒに構わず、番頭は駆け寄った。その後ろに立っていたゲオルグも驚くほどだった。
「お前、何かしたのか」
「覚えはありませんが」
「何をおっしゃいますか。ルートヴィッヒ様、あの時、私はあなたに命を助けていただきました」
番頭は、彼の身に降りかかったことをまくしたて始めた。納品のため後宮を訪れた際の番頭の失敗に、テレジア王妃が処罰を下そうとした時、ルートヴィッヒが止めたのだ。
「些細なことだから、処罰をしても仕方がない。許しを与えることで、慈悲を示すことができると、幼いあなたがおっしゃったのです」
番頭の言葉に、ルートヴィッヒは首を傾げるばかりだった。
「それは、私ではなくベルンハルト陛下ではないのか」
本当に覚えのないらしいルートヴィッヒは、彼の弟の名前を出した。
「いえ、あなたです。テレジア王妃様は、ルートヴィッヒとおっしゃったのです。お前はいい宰相になりそうだとおっしゃって、たいそうご機嫌でいらっしゃった」
その言葉にルートヴィッヒは目を見開いた。
「確かに、それはテレジア王妃のお言葉です」
ルートヴィッヒは一礼して、部屋を出て行ってしまった。
「そんなことがあったのですか」
ゲオルグの言葉に、番頭は我に返ったらしい。
「えぇ。幼いお方が、王妃様に諫言を申し上げるなど驚きました。また、その諫言を王妃様はお喜びになりました。王都竜騎士団の副団長がルートヴィッヒというお名前であることは存じ上げておりましたが、まさか、あの時の御方とは思いませんでした」
涙を拭う番頭の様子に、リヒャルトは驚いた。
「お前は、ここの副団長が、元はルートヴィッヒ殿下であったことを知らなかったのか」
「それは存じ上げておりました。さして珍しいお名前でもありません。幼かったあの方を次期宰相として王妃様が望んでおられるのを、私はこの目で見て、この耳で聞きました。宰相を務めるようなお家柄の貴族のご子息かと、思っておりました。それが、あのときのあの方が、あのような王位継承権争いに。幼いあの方は、テレジア王妃様を慕っておられるご様子でした。それが、あのような血で血を洗う争いに。お可哀そうでなりません」
番頭は何度も涙を拭った。
「そうか」
ゲオルグが、ルートヴィッヒの出ていった扉を見ていた。
「慕っていたとは聞いている」
リヒャルトは、以前に父から聞いた王宮の噂を思い出した。王侯貴族を顧客に抱える宝石商の父だ。噂に名を借りた事実だったのかもしれない。リヒャルトは、以前、故テレジア王妃の言葉をルートヴィッヒが口にしていたことを思い出した。折りに触れ、思い出すというのならば、慕っていたのだろう。
「さて、今日来て頂いたのは、他でもない。他人に仕事を任せられず、抱え込む者がいて困っている。ここにいるリヒャルトの兄がそうだったと聞いた。どうやって解決したか、聞かせてもらえないだろうか」
誰のことか思い当たったリヒャルトは、ゲオルグを凝視した。
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