第17話 リヒャルトとルートヴィッヒの二度目の手合わせ2
「今から仮眠をとってこい」
ゲオルグの地の底を這うような声が響いた。
「ですが、今日はリヒャルト殿と手合わせ」
「いえ、それは」
「そんな状態では相手に失礼だろうが、お前は。今からは仮眠だ。手合わせは午後だ。午後、午後にやれ」
遠慮しようとしたリヒャルトの声は、ゲオルグの声にかき消された。
「午後は南方との合同訓練ですが」
「その後があるだろう」
「アルノルトと、以前から手合わせの約束があります」
深々とゲオルグが息を吐いた。
「ルートヴィッヒ、お前は、本当にもう、いい加減、そういうところを何とかしろ」
ハインリッヒの言う通りだ。昨日ハインリッヒに負けて、悔しい思いをさせられたばかりのリヒャルトでも、ハインリッヒが正しいと思う。
「いや、そういうところと言われても」
副団長であるルートヴィッヒに、ハインリッヒが詰め寄る様子に、リヒャルトは驚いたが、周囲は落ち着いたものだった。珍しくない光景なのだろう。
ゲオルグが咳払いをした。
「本日午前中の、ルートヴィッヒとリヒャルトの手合わせの許可は取り消しだ。明日午前、出発前ならば許可する。ルートヴィッヒ副団長は今から仮眠をとってこい。命令だ。とっとと行け!」
「ですが、それですと、彼の出発前になります」
「いえ、私のことはいいですから、しっかり休んでください」
リヒャルトはようやく、口を挟むことができた。
「私はお前に仮眠をとれといった。ヨハン、連れていけ」
「はい」
ヨハンがルートヴィッヒの肩をつかんだ。
「申し訳ありません。リヒャルト殿。ではまた明日に」
ルートヴィッヒは一礼すると、ヨハンに肩を掴まれたまま、兵舎に向かって歩き出した。
「ヨハン、ちゃんと休むから」
「お前が寝台に入るまで確認するだけだ」
「御前試合の後だ、ちゃんと仮眠くらい」
「今の今までとっていなかったやつが言う言葉ではないな。一睡もしていなかったのは、お前だろうが」
「それはそうだが」
リヒャルトが知る、東方竜騎士団にいたときよりも、生き生きとしたヨハンがいた。
「上の兄ちゃんみたいだな」
リヒャルトの言葉に、ゲオルグが振り返った。
「今、なんといった」
「あ、すみません」
リヒャルトは慌てた。国王の血を引くような高貴な人物を、商人の兄に似ているなど失礼極まりないことを言ってしまった。
「いや、ああいうのは、他にもいるのかと、私は聞きたいだけだ」
ゲオルグが言う、ああいうのは、いろいろ気づいて仕事を抱え込むルートヴィッヒのことだろう。
「います。実家を継ぐことになっている、上の兄です。商家なのですが、店の者に仕事を任せることが出来なくて、親父にいつも怒られていました」
その兄も、結婚してからは落ち着いた。妻に手綱を取られているとも言うが、きちんと仕事を周囲に割り振るようになった。数年ぶりに会った兄の姿に、変われば変わるものだと驚いた。
「今は?」
「変わりました。驚きましたね。結婚したんですけど。義姉さんは兄の扱いが上手いって、番頭が褒めてました」
「結婚か」
ゲオルグは溜息を吐いた。
「参考にならん」
「どういう意味だ」
吐き捨てるようようなハインリッヒの口調に、リヒャルトは思わず反応していた。
「そのままだ。彼が結婚などしたら、今度こそ国が荒れる」
ハインリッヒが口走った壮大な言葉にリヒャルトは耳を疑った。
「少し考えたら分かるだろう。国が割れる」
「え」
驚いた様子のリヒャルトに、ハインリッヒは苦笑した。
「覚悟がないだろう。やめておけ。今の言葉が分かるようになる覚悟がないなら、もう、ルートヴィッヒにこれ以上関わるな」
周囲は、ハインリッヒの言葉に頷いていた。
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