第6話 リヒャルトと父

 リヒャルトは、竜騎士になるといって家を飛び出してから、初めて家に帰った。家族との食事は楽しかった。家族全員が商売にかかわっている。たった一人、竜騎士になったリヒャルトを家族は受け入れてくれた。


 食事のあと、父はリヒャルトを酒の相手に誘った。酒で少し饒舌になった父の話から、ルートヴィッヒが一部しか話をしていなかったことを知った。

「団長様達には説得されたよ。竜騎士になるには、見習いにならないといけない。そこでも選抜される。見習いになっても数年の訓練で必要な基準を満たさなければ竜騎士にはなれない。竜にも選ばれなければならない。生半可な覚悟では竜騎士にはなれない。お前の努力を認めてやってほしいと言われた」


 父が少し老けて見えた。


「あの若い竜騎士、ルートヴィッヒ副団長は面白いことをおっしゃった。竜騎士でいられる期間はさほど長くない。年齢などでいずれ引退する。それまでの間だ。商売での経験も必要だろうが、商会には商売の経験をしている者は多くいるだろう。違う経験を積んだ者がいることも商会には有益ではないか。竜騎士には、様々な職業の者がいるから、それも経験になるだろうと説得された。さすが、国王陛下のご兄弟であらせられる。視点が違っておられた」


 父はルートヴィッヒに一目置いたらしい。


「どこでお調べになったのか知らんが、商会は東にまだ手を伸ばしていないことを指摘された。お前が東方竜騎士団所属で竜騎士をしていたら、東に縁ができると勧められた。それも一理ある。だが、お前が死んだという知らせだけをもらうのは嫌だ。万が一の時は、家族と同じ墓に葬りたいといったら、王都竜騎士団に所属を変わることもできるとのご提案をいただいた。今は王都竜騎士団のほうが危険だが、お前の腕前ならば、いずれ問題はないだろうとのことだ」


「あの手合わせはそのために」

「あぁ。王都竜騎士団全員でお前の品定めをしていたそうだ」

話しかけてきたハインリッヒとイグナーツの二人も、その品定めにかかわっていたと思うと、気分が悪くなってきた。


「お前の技量は、まだ伸びるそうだ。王都竜騎士団は国王陛下の剣と盾だ。あの方は、たった一人の大切な弟のため、有能な竜騎士は一人でも多く必要だ。お前には、十分その可能性があると、評価してくださったよ。配属は、お前自身の技量と希望と両方が揃って出来ることだ。息子を手元に置きたいという私の希望を尊重するならば、お前自身がどこに配属されたいかという希望も尊重する必要がある。一方的に押し付けるものではないとおっしゃっていただいた」


 父はどこか、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。


「竜騎士になったお前の努力を認めてほしいし、その努力ができる息子を育てた私自信を誇っていいとおっしゃっていただいた。素晴らしい方だ」


 父はすっかりルートヴィッヒに惚れこんだようだった。


「つまり、親父は、俺が竜騎士になったのはいいけど、配属を変われと言いたいわけ」


 リヒャルトは、自分の知らないところで話が進んでいることに苛立った。


「いや、本人の意向と、受け入れる側と送り出す側の竜騎士団の意向が揃わないといけないそうだ。私の出る幕はないさ。東方竜騎士団の団長は、出来ればお前を手放したくないとおっしゃってくださった。私は、お前の成長がうれしいよ。それを気づかせて下さった、あの方に感謝している」


 酒に酔った父の話は、行ったり来たりして今一つ分かりにくい。分かるのは、自分以外の人間が、自分の生き方に口出ししてきたことだ。


「親父、大事な話は酔っぱらう前に言ってくれ。いっとくけどな、親父のいうあの方って、姉ちゃんと妹達のコルセットを見て、親父が娘を売るのかっていったんだぞ」


 リヒャルトは苛立ち故か、ルートヴィッヒの言葉を正確に伝えなかった自分にも腹が立ってきた。


「あぁ、国母たる故テレジア様ご自身が、コルセットを好ましいものとは思っておられなかったそうだ」

すっかり懐柔されている父に嫌気がさし、リヒャルトは酔った父を置いて、自分の部屋に戻った。


 

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