第2話 ルートヴィッヒと蝙蝠(こうもり)1

 リヒャルトはミヒャエルの手を引き兵舎に向かって歩いた。父に引き渡すまで、何としてもミヒャエルを捕まえておかなければならない。


 そうこうするうちに、兵舎から王都竜騎士団団長、東方竜騎士団団長、父が出てきた。姉と妹たちが団長達に挨拶をする。団長達と父が並ぶと、父の体格が貧相に見えてしまう。先ほどのルートヴィッヒの言葉のせいだろうか。コルセットを締め、着飾った姉と妹たちが美しくは見えなかった。ほんの少し前、王都竜騎士団団長の執務室で久しぶりに再会したときには、美しくなったと思ったのだが。


 無神経なルートヴィッヒに、家族の再会に水を差されたようで腹立たしくなってきた。

「父ちゃん」

ミヒャエルが、父に向かって走っていった。

「ミヒャエル、お前、勝手にどこに行ってたんだ」

「えっとねぇ、優しい兄ちゃんが、竜見せてくれた。肩車してくれたよ」

「そうか」


 その優しい兄ちゃんが、史上最年少で王都竜騎士団副団長に就任した、あのルートヴィッヒだと知ったら、父はどういう反応をするだろう。

「竜騎士様にお世話になったようですね。ありがとうございます」

「見つかってよかったです」

「リヒャルト、君の処遇について、お父上と相談していたのだが」

ゲオルグ団長は、言葉を切った。視線の先に、必死の形相で走ってくるリヒャルトの同僚がいた。


「団長、蝙蝠が鍛錬場で、本気です」

団長達が顔を見合わせた。

「蝙蝠が来たのか」

蝙蝠と周囲に呼ばせるあの竜騎士が、誰かを相手に、本気になるとはリヒャルトには思えなかった。


「またあの二人か」

団長達には、思い当たる人物がいたらしかった。


 鍛錬場の周囲は竜騎士達に取り囲まれていた。その中心で、木剣を手にした二人が激しく打ち合っていた。両者一歩も引かない。二人の実力が伯仲しており、決着はつきそうになかった。


「ルートヴィッヒ副団長の本気って、俺初めてかも」

「俺も。普段何考えてるかわからないだけに、ありゃ怖いな」

「蝙蝠の二刀流って、あぁ使うのか」

「蝙蝠?」

「あれ、お前知らない?ほら、元刺客の蝙蝠。名前あるけど、呼ぶと怒るからさ」

「いっつも舐めた態度の蝙蝠が、あぁも必死になるなんてなぁ」

「それ、こっちの副団長もだ。あいつ若い癖に老成しているから」

周囲の竜騎士達は完全に観客と化していた。


「カール」

「ルートヴィッヒ」

二人の耳にも団長達の声は聞こえたはずだ。だが二人の打ち合いは止まらない。


 竜騎士が互いに訓練のため手合わせすることは推奨されている。だが、リヒャルトの目の前で繰り広げられているのは手合わせというより、死闘だった。唯一の違いは木剣であることだろう。


 ゲオルグが、いきなり腰の剣を抜いた。その音に二人が同時に、ゲオルグに向かい構えた。

「これは、ゲオルグ団長、いかがされましたか」

「ゲオルグ団長、いきなり真剣って穏やかじゃないねぇ」

二人はゲオルグを見ながらも、横目で互いの間合いを測っていた。


「私はお前たち二人の手合わせを許可した覚えはないが」

ゲオルグの言葉にも、ルートヴィッヒは動じなかった。


「お言葉ですが団長、竜騎士はお互いの訓練のため、手合わせをすることは推奨されこそすれ、禁止されてはおりません。手合わせであれば、許可は不要です。むろん、決闘となれば、話は別です。そのような愚かなことは行ってはおりません」


「ルートヴィッヒ副団長、あなたと蝙蝠の手合わせとなれば、決闘よりも危険です」

王都竜騎士団の竜騎士が、そう言うと、二人の手から木剣を取り上げた。


「ハインリッヒの言う通りだ」

その言葉に、周囲の竜騎士達も頷いていた。


「ですから今回は、木剣だけを使用しておりました」

「飛び道具使ってないしさ、何も壊してないし、ゲオルグ団長、俺達今回はちゃんと考えたよ。怒られないように」


 そこかしこから忍び笑いが聞こえた。この二人の手合わせは、それなりに有名らしい。前回は何があったのか、リヒャルトは気になった。

「蝙蝠、お前が今回同行を希望したのはこのためか」

「そりゃ、そうでなきゃ王都なんて、お断りですよ。昔の知り合いも多いし」


 東方竜騎士団団長が最も手を焼いているのが、この、元刺客の竜騎士だ。カールという名前があるのに、何をこだわっているのか、周囲にはそう呼ばせない。いまだに刺客だった頃の蝙蝠という通り名で呼ばせている。


「カール、君はまだその名をつかっているのですか」

ルートヴィッヒがあきれるのも無理はない。

「俺を名前で呼んでいいのは、死神殿下と陛下だけだよ」

「その呼び方は止めてください」

ルートヴィッヒの鋭い声に周囲は静まった。

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