第四章 リヒャルトの決断

第1話 腕白な弟

「ミヒャエル」

リヒャルトは、広い王都竜騎士団の敷地で、弟を探しながら舌打ちをした。


「なんで親父はミヒャエル連れてくるんだよ」

姉や妹達はまだいい。末の弟のミヒャエルは、まだまだ腕白だ。こんな広いところに連れてこられたら、走り回ってどこかに行ってしまうに決まっている。


「ミヒャエル」

リヒャルト自身も不案内な場所だ。途中で出会った王都竜騎士団の竜騎士達も手分けして探してくれているが、彼らはミヒャエルの腕白ぶりを知らない。

「どうするんだよ。親父」

兵舎で、王都竜騎士団のゲオルグ団長と話し合っているはずの父親が恨めしかった。 


「あ、リヒャルト兄ちゃん」

ミヒャエルの声がした。王都竜騎士団制服を着た竜騎士に肩車されていた。


「初めまして。先ほどこの子にあったのですが、御家族とはぐれたそうです。あなたはこの子の兄上ですか」

あまりに丁寧な言葉遣いにリヒャルトは気後れした。


「あぁ」

丁寧な相手の言葉遣いにくらべ、自分の口から出たあまりにぞんざいな声に赤面した。


「御家族が見つかってよかったですね」

弟を降ろそうと伸ばした男の手が止まった。視線の先には、着飾った姉と妹がいた。不躾な視線に、失礼だとリヒャルトがいいかけたとき、男は思いがけないことを言った。


「あなたのお父上は、順調に御商売をなさっているとお聞きしましたが。なぜ、あなたの姉や妹はコルセットを身に着けているのですか」


 弟を肩車したまま、不躾な質問をする男に、リヒャルトは不愉快になった。

「お前誰だよ。親父の商売と、俺の姉や妹のコルセットに関係あるのか」

思わず攻撃的になったリヒャルトの口調にも、男は動じた風もなかった。


「私はルートヴィッヒ。王都竜騎士団の竜騎士です。以前、ある高貴なお方が、コルセットを身に着けるのは、貴族女性と売春婦だと、おっしゃっていたものですから、気になりました。お気を悪くされたようですね。申し訳ありません。不用意なことを申しました」

口にした言葉にも、嫌味なほどに丁寧な口調にも腹が立った。


「だれだよ、その高貴な御方って」

「テレジア様です。亡くなられたことが非常に惜しまれます」


 リヒャルトは天を仰ぎ見た。

「恐れ多くも、まさか、あの、テレジア様」

リヒャルトの言葉に同意するように頷き、ルートヴィッヒは言葉を続けた。


「テレジア様は、平民の女性は家にもコルセットにも縛られずに生きることができるらしい。そのような生き方も、なかなかに良いのではないかしらと、おっしゃっておられました」


 テレジア王妃と直接話したことがあり、竜騎士で、名前がルートヴィッヒと言えば、一人しかいない。史上最年少で王都竜騎士団副団長となった国王の異母兄ルートヴィッヒだ。


「失礼しました」

リヒャルトは、体に染みついた、商売人の父親仕込みの平身低頭で、必死に詫びた。


「どうかお顔をお上げ下さい。何もお詫びいただくことなどありません。こちらも世間知らずなもので、不愉快なことを申し上げてしまったようです。申し訳ありませんでした」

「いえ、そうおっしゃっていただいても、王族の方に」

「いいえ。私は王族ではありません。もともと庶子です。今は家名もない平民ですからお気遣いなく。どうかお顔をお上げください」


 恐る恐る顔を上げてよく見ると、確かに男の顔は国王陛下によく似ていた。

「リヒャルト兄ちゃん、どうしたの」

何も考えていない弟を肩車しているのは、国王陛下の異母兄だ。庶子とはいえ、商人の子供などが肩車してもらえる相手ではない。リヒャルトが慌てたが、ルートヴィッヒと名乗った男は、落ち着いた様子で肩車から弟を丁寧に降ろした。


「ありがとう、竜騎士の兄ちゃん」

「いえ。どういたしまして。ご家族が見つかってよかったですね」

ルートヴィッヒは、弟の目線に合わせてしゃがんでやっていた。

「ご家族の仲がよろしいそうですね。弟君からお伺いしました。素晴らしいことです。では、失礼しました」


 優雅に礼をすると、ルートヴィッヒは去っていった。

「お前な、あの人誰かわかってんのか」

リヒャルトが怒っても弟は動じない。


「優しい竜騎士の兄ちゃんだよ。父ちゃんと竜騎士の偉い人に会いに来たけど、迷子になったって言ったらここまで連れてきてくれた。どうしても竜が見たいって言ったら、あの人の大きな竜のとこまで連れて行ってくれたよ」

「まじかよ」

王都竜騎士団の竜騎士、最年少で副団長となったルートヴィッヒの騎竜といえば、暴れ竜として名高いトールだ。

「ミヒャエル、お前、何やってんの」

末っ子のミヒャエルの腕白ぶりは、リヒャルトの想像を上回っていた。 


 リヒャルトが、宝石商から始まり手広く商売をするようになった実家を飛び出したのが、数年前だ。東方竜騎士団の見習いとなり、ようやく竜騎士への昇格が認められた。王都にもどり竜騎士に任命された時も見つからずに済んだ。あれから三年だ。


 気が緩んだのだろう。初めて指導した新人の任命式に付き添って王都に来たら、父の部下の誰かに見つかったらしい。王都竜騎士団団長から、「君の父上から、私に面会の申し込みがあるのだが、理由に心当たりはあるか」と言われたときは衝撃だった。事情を説明し、どうにかして竜騎士のままでいさせて欲しい。数年で辞めるのは嫌だと訴えた。ゲオルグ団長は、悪いようにはしないと言ってくれたが、父が何を考えているかわからなかった。


 ミヒャエルが脱走しなければ、話し合いに加わり、自分の主張もできたのにと思うと、腕白な末っ子が恨めしかった。


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