第3話 適材適所

 アルノルトよりも先に、ルートヴィッヒが口を開いた。

「竜が飛ぶのは、この建物よりもはるか上です。この高さが恐ろしいのであれば、竜騎士となることは難しいのではないでしょうか」

「あぁ。難しいな」

アルノルトには、当たり前のことを言うルートヴィッヒの意図がわからなかった。


「竜騎士となることが難しいということを、彼は早々にお父上に報告なさったほうが良いでしょう」

アルノルトは首を傾げた。辞退するのであれば、教育係に申し出て、書類を書いて団長に提出するだけだ。父親は関係ない。

 

 件の見習いは、相変わらず地面と仲良くしている。怪我かと思ったが、どうやら腰が抜けて動けないらしい。まぁ、あれでは無理だ。辞退すべきだ。人には向き不向きが有る。親がどこかの偉い貴族らしいから、竜騎士以外にも道はあるだろう。

「彼は、お父上のご命令で、ここにいるに過ぎません」

「はぁ」

だから、何なのだろう。

「彼のお父上にもご都合がおありです。決まってしまったことは、早急に報告なさってはいかがでしょうか」

周囲が静まり返っていた。ルートヴィッヒは、アルノルトでなく、相変わらず地面との縁が切れない男を見ていた。

「急がれてはいかがでしょうか」

再度促したルートヴィッヒの声に、件の男は、這いずるように逃げていった。


「何だありゃ」

「さぁ」

「また一人、辞退か」

「今年は多いなぁ」

仲間の教育係達の会話が、アルノルトの耳に遠く聞こえた。ルートヴィッヒが一瞬、酷薄な笑みを浮かべたように見えた。


 こいつは、本当に頓珍漢なのだろうか。余計なことを考えたのが敗因だった。


 アルノルトは決して、目を離していなかった。断言できる。だが、間に合わなかった。


 ルートヴィッヒに足を払われた竜騎士見習いが、また、悲鳴を上げて姿を消した。

「ルートヴィッヒ! 」

「はい」

「お前は」

アルノルトは言葉を飲み込んだ。ここで今、ルートヴィッヒに大真面目に、足を払ったと、返事をされては、もう自分が立ち直れない気がした。


「もういい。お前は」

ルートヴィッヒに何を言っても、通じない気がしてきた。絨毯のことしか頭にない職人の父を愛し、支え、見守っていた母の口癖、仕方ないわねという声が聞こえた気がする。


 アルノルトは、母のやり方を真似ることにした。人には向き不向きが有る。適材適所、それぞれ得意なことに邁進まいしんすべきだ。

「ルートヴィッヒを含め、今日の課題が終わった者は解散。このあとは自由時間だ。好きにしろ」

ルートヴィッヒ、頼むから、どこかへ行ってくれ。今日の訓練は、お前がここに居ないほうが、無事に終わる。


 アルノルトの願いが通じたのだろうか。

「はい」

ルートヴィッヒが、真っ先に嬉しそうに返事をした。


 色々と仕出かすが、素直なところが憎めないとアルノルトが思った矢先だ。ルートヴィッヒが、目の前から消えた。

「ルートヴィッヒ! 」

落ちた。

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