第2話 竜騎士見習いの訓練
今日の訓練開始早々、ルートヴィッヒは命綱を確認すると、躊躇なく飛び降りた。周囲が驚くなか、何事も無かったように、命綱を頼りに屋上まで戻ってきた。
「終わりました」
「あぁ」
淡々と報告されたアルノルトも驚いた。驚いてから、思い出した。ルートヴィッヒが、命綱も何も無しで、人の背丈の倍はある塀をよじ登って降りてくるのを、アルノルトは見ていた。
ルートヴィッヒに負けじともう一人、ハインリッヒが飛び降りた。それを見て、ヨハンが飛び降り、さらに二人続いた。問題はその後だった。
「無理だ! こんな高さ、出来ない、無理だ。こんな横暴な訓練、認められるものか、無礼者、私の父が誰だと思っている!」
面倒なことを叫んだ竜騎士見習いがいた。父親が誰であろうが、ここでは全員同じ竜騎士見習いであるというのが建前だ。残念ながら、建前は建前でしか無い。父親が権威を振りかざして怒鳴り込んできたら、建前が瓦解しかねない。
教育係である若手の竜騎士達は顔を見合わせた。全員、平民である。厄介なことになるかと思ったときだった。ルートヴィッヒが喚く竜騎士見習いに近づいた。訝しむ周囲の眼の前で、ルートヴィッヒは怖気づいていた見習いの肩を軽く押した。
「ぎやぁぁぁ」
見習いは、絶叫を上げながら、落下した。声は一瞬途絶えたが、すぐに、絶叫し、泣き喚く声が響いてきた。突き落とされた見習いが死んでいないことに安堵したのは、アルノルトだけではないはずだ。
「命綱はありますから、それを手掛かりに登ってこられてはどうでしょうか」
ルートヴィッヒは、地上で腰を抜かしたまま喚いている竜騎士見習いに、淡々と声をかけていた。
「ルートヴィッヒ! お前、何をした」
アルノルトは、ルートヴィッヒを怒鳴りつけた。
「彼を突き落としました」
ルートヴィッヒの返答に、アルノルトは、天を仰いだ。
「違う」
アルノルトは、ルートヴィッヒに質問をしたのではない。何ということをしたのだ、お前はそういうことをしてはいけないと、言うべきだったと思ったが、もう遅い。ルートヴィッヒを相手に、アルノルトが声を荒らげたのは今回が初めてではない。ルートヴィッヒの頓珍漢な返事を、もう何度聞かされたのかわからない。
「肩を押しました」
ルートヴィッヒなりに考えたのか、言葉を選んできた。だが、根本的に違う。
「違う。いや、いい。そうじゃない」
教育係のアルノルトに怒鳴られたというのに、ルートヴィッヒは飄々としている。とぼけたふりをして、はぐらかしているのかもしれない。いずれにせよ、このままではいけない。
この後、訓練の難易度は上がっていく。このままでは、ルートヴィッヒが、また何か仕出かしかねない。アルノルトは、呼吸を落ち着けてルートヴィッヒに向き直った。
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