第5話 頓珍漢と教育係

 幹部が居並ぶ前から解放されたのはいい。だが、相変わらずこの頓珍漢なルートヴィッヒに巻き込まれると思うと、アルノルトの気分は晴れない。

「そんな、馬鹿な」

「よろしくお願いします」

「されたくない」


 突然、アルノルトを遮るように、ルートヴィッヒが真正面に回った。当然、足を止めざるを得ない。

「あなたが協力して下さらないと、地下は徐々に廃墟になるだけです。竜舎の地下です。何かあってからでは遅いのです。よろしくお願いいたします」

生真面目なルートヴィッヒに正論で迫られると迫力がある。


「つかぬことを伺いますが、あなたはお酒をたしなまれるそうですが」

「当たり前だ」

むしろ、全く飲まないルートヴィッヒのほうが珍しい。

「保管場所が、あったらよいと思われませんか。地下は光が届かず、温度変化が少ないと聞きます」


「お前、何故それをあの場で言わなかった」

アルノルトは声を潜めた。

「黙っていた方が、面白そうだと思ったまでです」

「お前、まぁまぁいい性格してるのか」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてねぇよ」

「まぁ、そうおっしゃらずに」


 ゲオルグは、遠ざかっていく二人に目を細めた。会話の声までは聞こえないが、口数が少ないルートヴィッヒのほうが、積極的に話しているようにも見える。どこか安心できる光景だった。

「アルノルトとは、話ができるようになったようですね」

「あぁ」

ゲオルグは、部下の声に苦笑した。喜怒哀楽のはっきりしたアルノルトといるためか、ルートヴィッヒも少しずつ表情を変えるようになった。


「最初は、人形のようだったからな」

朝、自らの愛剣が枕に突き立ててあったあの日。目を覚ましたゲオルグは、部屋にいたルートヴィッヒのあまりの無表情に、人形を使った嫌がらせと思ったのだ。ルートヴィッヒは、部屋で物音を立てずに、ゲオルグが目を覚ますのを待っていただけだった。


「あなたの出された課題に結果を出しましたが、私がやったと証明する方法を思いつかなかなったものですから」


 貴族の勢力争いなどに関わりたくなかった。だが、賭けを持ち掛けたのはゲオルグである以上、約束通り、ルートヴィッヒを竜騎士見習いとせざるを得なかった。今となっては懐かしい思い出だ。


 数日後の朝、自らの枕に突き立てられた愛剣に、叫び声をあげた男がいた。彼の短剣は、扉に彼の上着を縫い留めていたという。竜騎士見習いと教育係達の食堂は、その話題で持ちきりだった。


「やりすぎだろう」

アルノルトは、色々と通り道はあるとルートヴィッヒから聞いたことが有る。王宮内にはあって当然だが、どうやら兵舎の中にもあるらしい。

「何のことでしょうか」

アルノルトの言葉に、ルートヴィッヒは、しらを切った。  

「長剣と短剣」

「いずれもきちんとした手入れが必要な品です」

「まぁな」

いけしゃあしゃあとはぐらかすルートヴィッヒに、アルノルトはそれ以上の追求を止めた。


 訓練の合間に、二人で地下牢に入った。ルートヴィッヒは地下牢の天井や壁や床を丹念に調べた。アルノルトは、放置されていた間の汚れを掃除し、酒を持ち込んだ。

「随分いろいろ用意されましたね」

「まぁな。ここに置いて熟成させたら、いいのができるだろう。お前に勝ったら飲む酒も用意してある」

「残念ですね。ここで朽ち果てていくための酒とは」

「お前な。飲まないくせに、酒のことをあれこれ言うな」


 酒を飲まないルートヴィッヒの手にあるものを見て、アルノルトは首を傾げた。

「それは?」

「あぁ、預かりました。当分隠しておいてくれと言われました。何かの祝い事の時に飲むつもりのようですよ」

「願掛けか」

「そうでしょうね。何かと聞いても教えてくださいませんでした」

ルートヴィッヒの言葉に、アルノルトは、酒の持ち主が誰かを察した。


「おまえ、それ、もしかして」

ルートヴィッヒは黙って、自らの左頬の傷を手で隠した。

「俺は、聞かなかったことにしておく」

「そのほうがよろしいかと思います」

ルートヴィッヒと良く似た顔で、左頬に傷がない人物など一人しか居ない。世間の噂はともかく、二人は今も仲が良いのだろう。少し安心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る