第4話 当たり前をわからせるのは難しい2

 あぁ、こいつでも驚くことがあるのか。ルートヴィッヒの表情に、アルノルトは、少し安心した。

「それは、とても、何と申し上げるべきか、わかりません。ゲオルグ団長には、見習いとして訓練を続ける機会をいただきました。いつか、竜騎士になって、団長に訓練をつけていただけるようになりたいと思っています。そんな方に万が一のことなど、どう思うかなど、わかりません」

とまどいと、恐れと、さらにいろいろなものが合わさったような表情だった。そんなルートヴィッヒに、ゲオルグが微笑んだ。


「私としても、せっかく見込んだお前が竜騎士となったのを見てみたい。訓練をつけてやったら、どこまで優秀な竜騎士になるか楽しみだ。育てたら面白いだろうと思っている。お前がトールと呼ぶあの暴れ竜に乗る竜騎士が、どれほどの腕になるのか見てみたい。だから、お前が死んだらとても残念だと思う。悲しいと思う」

ゆっくりと一言ずつ、ルートヴィッヒにわからせるように、ゲオルグは言葉を紡いだ。ルートヴィッヒは、ゲオルグをじっと見ていた。


「団長、それだと、トールに別の誰かが乗ったら、そいつが代わりになるとか、ルートヴィッヒは考えるのではないでしょうか」

アルノルトの言葉に、ゲオルグは苦笑した。

「トールに乗っても、乗らんでも、お前はお前だ」

ルートヴィッヒは、何も言わなかった。


「いいか、少なくともお前が死んだら、私は残念だと思う。有能な竜騎士になれそうだと思ったやつを喪って、とても残念で悲しいと思う。こう言えば、わかるか。刺客相手に腕が立とうがなんだろうが、見習いは見習い、未熟者だ。お前はまだ出来ないことがあって、我々に出来ることがあるから、お前は見習いだ。竜騎士である我々を頼れ。勝手に無謀なことはするな、相談しろ、わかったか。未熟な段階で死なれてはかなわん。わかるか。竜騎士になる前に、地下を見に行って、そこで死なれたら私はとても悲しい。あそこに何かあるのは、知っていた。お前より先に地下への入り口に気づくことが出来なかった己を、何かあると知りながら確認しなかったことを後悔するだろう。わかるか」


 ルートヴィッヒが、じっと考えているのがわかった。上官達はじっと黙って、ルートヴイッヒが考えるのを待っている。


 アルノルトは、とうとう待ちきれなくなった。

「あのな、お前、なんでそんなに考えるんだ」

ゲオルグを見ていたルートヴィッヒが、アルノルトに目を向けた。

「私が死んで、悲しいと。なぜ。最初は十五人いた見習いの一人です。今は九人ですが」


 すでに六人が脱落したのだ。今年は途中で辞退したものが多かった。まだ、心構えも十分でない訓練途中の見習いが、刺客に襲われ、死の恐怖にさらされたのだから無理もない。一度だけでなく、複数回の流血沙汰を見せつけられたら、恐ろしくもなるだろう。


 毎晩竜舎で眠り、時に襲ってくる刺客を倒すこの無口な見習いは、まだ残っているのだ。本人に自覚があるかどうかはわからないが、抜きんでた腕がある。ただし、単独での行動が目立って本当に危ない。


 今回も、アルノルトが気づかなければ、ルートヴィッヒは、一人で地下に行っただろう。


 アルノルトは、覚悟を決めた。この頓珍漢にはまず、人に感情があるということから教えてやる必要があるらしい。この頓珍漢は、親父以上の変人だ。

「知るか、そんなの当たり前だろうが」

「当たり前」

珍しいものでも見るような目でルートヴィッヒはアルノルトを見た。


「俺は、お前みたいな可愛げのない見習いは好きじゃないが、お前が死んだら嫌だ」

「だが、そもそも私がいなければ、継承問題はおこらなかった」

「そんなの、お前のせいじゃないだろ。それに俺は平民だ。親父は絨毯職人だ。王様が誰になろうが、貴族のお偉方の派閥なんて関係ねぇ。貴族が気に入りそうな絵柄で、それぞれの財布に応じたものをつくれば売れるからな。俺は、見習いの癖に、俺相手に手加減するような奴から、一本とらなきゃ気が済まねぇ。それまでに、死んでみろ、許さねえからな」


 ルートヴィッヒの目から涙が零れ落ちた。

「なぜ、涙」

「知るか、お前にわからんもんが俺にわかるか」

ルートヴィッヒは王宮で、よほど大事にされてなかったのだろう。アルノルトの胸は痛んだ。


「死んだら、許さないと」

「当たり前だ。先輩の俺達を相手に、さんざん手加減しやがって、そのなめた真似が気に食わねぇ。俺は下っ端だけど竜騎士だ。見習いのくせに。いいか、ルートヴィッヒ。俺はお前から一本取り返すからな、本気で手合わせしろ。絶対に、俺が勝つ。それまで、死んだら絶対に許さねぇぞ」

「私は、ここに、いてもいいのですか」

ルートヴィッヒは、生きていてもいいのかと言っているかのようだった。


「うるさい。俺はお前を負かすと決めたんだ。どっかにいってみろ、逃げるなんて許さねぇぞ。とっつかまえて、手合わせだ、絶対に俺が勝つんだ、覚えていろ、真剣勝負だからな」

ルートヴィッヒが涙をぬぐった。少し笑ったのがわかった。あぁ、こいつも笑うのか。表情が少なく、人形のようで、ときに思い詰めたような雰囲気が少し薄れていた。


「先輩が私に勝利する日が来ないよう、私も精進いたしますので、何卒なにとぞご指導よろしくお願いいたします」

「かー、おまえ、かわいくねー見習い、最悪」

幹部達の前であることを忘れ、軽く殴ろうとしたアルノルトの拳は、あっさりとルートヴィッヒにかわされた。


 ゲオルグの咳払いに、アルノルトは慌てて姿勢を正した。

「ルートヴィッヒ。君はまず、君自身を大切にすることを知るべきだ。世の中の誰も彼もが、君の死を願っているわけじゃない。そもそも大半の人は、王族や貴族の争いなぞ知らず、毎日を生きている。まず、それを知りなさい。理解しなさい」

「はい」

ルートヴィッヒの言葉に、ゲオルグは微笑んだ。

「さて、ルートヴィッヒ、君は、この場で、最初に何と言って謝罪すべきだった」


 アルノルトの言葉に、ルートヴィッヒが、姿勢を正した。

「勝手な行動をし、ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

ルートヴィッヒはゆっくりと礼をした。

「そうだな。今はそれが分かればいい。他に何か言いたいことはあるか」

「あの地下を調べる許可をください。あのまま竜舎の地下に、用途不明の空間があるのは危険です。地下で他とつながっているかもしれません」

「それは他の者にやらせよう」

「私がやります」

ゲオルグの言葉に、ルートヴィッヒは譲らなかった。

「なぜだ」

「地下で他とつながっている場合、あの場所の存在を知るものは、出来るだけ少数のほうがよいでしょう」

「お前が懸念する、つながっている他とは何だ」

「申し上げられません」

おそらくは、王族関係の何かなんだろうなと、アルノルトは上官相手に一歩も引かないルートヴィッヒを見て思った。


「わかった。では、もう一人、アルノルトと二人で調査にあたるように」

「はい」

「え、団長、お待ちください」

アルノルトは、この頓珍漢に巻き込まれるのは避けたかった。

「決まりだ」

ゲオルグは、遮ろうとしたアルノルトを無視し、各自訓練へ戻るようにと伝えた。

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