第3話 当たり前を分からせるのは難しい1

「ところで、ルートヴィッヒ、君は自分が不適切な行動をとったことはわかるか」

ルートヴィッヒは、黙ったまま答えない。


「ゲオルグ団長、ルートヴィッヒは、何故、叱責されようとしているかわかっていないと思います」

あまりに長いルートヴィッヒの沈黙に耐えられず、アルノルトは発言した。

「ではルートヴィッヒ、質問を変えよう。君は自分のとった行動の、何が不適切だったかわかるか」

「許可なく地下を確認にいったことだと思います」

「そうだな」

ルートヴィッヒの答えは正しかった。だが、アルノルトにはルートヴィッヒが問題を理解しているとは思えない。ゲオルグとアルノルトの目が合った。


「アルノルト。お前はルートヴィッヒが理解しているとは思えるか」

「いいえ。なぜ叱責されているか、全く何も理解していないと思います」

ルートヴィッヒが、アルノルトを戸惑ったように見た。

「では、お前が説明してみろ」


 ゲオルグの言葉にアルノルトは覚悟を決めた。真面目だが、どこか抜けているルートヴィッヒは絨毯職人の父を思い起こさせた。父は実直で腕の良い職人だが、生きることに器用ではない。

「お前が、普段井戸にいって水汲んだりするよな。いちいち誰かの許可はもらわないよな。怒られるか」

「いいえ」

「地下に何かあるって、見に行った今回は怒られたよな。違いは」

ルートヴィッヒが考え込んでいるのが分かった。


「おい。違うのはわかるよな」

そこで悩むなと言いたいが、アルノルトにとっては予想通りの反応ではあった。


「場所が違います」

随分と長く考え込んだにしては、あまりに情けないルートヴィッヒの答えだった。

「場所が違うと、どうして団長達があんなに怒るかわかるか。別に井戸にいっても、鍛錬場にいっても、怒られないよな」

またルートヴィッヒの返事がない。アルノルトは頭を抱えたくなった。ゲオルグも苦笑している。


「それなりに備えはしていきましたが」

そういう問題では無い。おそらく説明してやらないと、いや、説明してやってもわからないかもしれない。だんだん絶望したくなってきたアルノルトは、ゲオルグや、騎士団の教育係たちを見た。全員が何とも言えない顔をしていた。


 困り果てたアルノルトに、ゲオルグは身振りで、もういいと合図した。

「ルートヴィッヒ、質問を変えよう。もし、君が地下で危険な目にあい、死んだらどうなる」

「貴族の派閥争いは、いったん落ち着くでしょう。すぐに別の争点でまた争うことになるでしょうが。死体はそれなりに臭いますから、見つかるまでご迷惑をおかけすることになるでしょう。あるいは白骨になるまで時間も経てば匂いませんが」

ゲオルグが渋面になった。


「では、お前が死んだら、殿下はどう思われる」

「悲しんでは下さるでしょうが、母君であるテレジア王妃様とのご関係もおありです。私がいないほうが、殿下が私をかばって王妃様のご機嫌を損ねることもなくなるでしょうから、王妃様、ひいてはそのご実家である侯爵家とのご関係も、より良いものとなるのではないでしょうか。未来の殿下のご治世にも問題はないと思われます」


 淡々とルートヴィッヒは語った。アルノルトの目の前に、呆れ、唖然とし、頭を抱え、天井を仰ぐ上官達が並んでいた。当然、ルートヴィッヒの目にも入る。当惑したルートヴィッヒの視線が、アルノルトに向いているが、頼られてもアルノルトにはどうしようもない。


 ルートヴィッヒなりに、真面目に真剣に答えていることは、アルノルトにもわかる。ゲオルグが、質問することでルートヴィッヒに気づかせたいのは、そんなことではないのだ。


「では、これは本来、口にすべきことも慎むべき事態だが、万が一、殿下の御身になにか」

「そんな。そんなことはないはずだ。彼は第一の王位継承者です。血筋にも問題はない。彼が国王となるべきだ。殿下は、私をかばおうとして、妙に一緒にいようとするから、刺客が私と間違えて襲ったこともある。それを避けるためにも離れたのに。なんのために、別れたのかわからない」 


 ゲオルグの言葉の終わりを待たずに、答えたルートヴィッヒの声は鋭かった。見開かれた目に、あぁ、こいつも動揺するのかと、アルノルトは思った。ゲオルグが優しく微笑み、ルートヴィッヒを見ていた。故郷の父によく似た微笑みだった。


「もう一つ質問だ。お前がもし死んだら、私がどう思うか、言ってみろ」

ルートヴィッヒの目がさらに大きく見開かれ、ゲオルグを見た。

「言ってみろ。お前の推測でいい」


 促されてもしばらくルートヴィッヒは答えなかった。

「わかりません。考えたこともありませんでした」

もはや、呆れを通り越し木偶でく人形のようになった上官達が、ルートヴィッヒを見ていた。


「お前が死んだら、アルノルトはどう思うだろうか」

ルートヴィッヒと目があった。

「見習いとして、ご指導をいただき、ご迷惑をおかけしています。今回も、巻き込んでしまいました。わからないことが多いのでつい、頼りにさせていただいています。ご厄介をかけることがなくなるので」

「お前、一発殴らせろ」

アルノルトはルートヴィッヒに最後まで言わせなかった。


「なぜ」

「俺はそんな薄情じゃねぇ」

「今回あなたを巻き込んでしまったのは、軽率でした」

「違う。そこが問題なんじゃない」

アルノルトの言葉にルートヴィッヒは、訝しげな表情が浮かべていた。

「アルノルト、落ち着け。ルートヴィッヒ、質問を変えよう。お前は、私が死んだらどう思う」


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