第6話 見習いと竜騎士団長

 人選は間違っていなかったと思う。よく見ないとわからないが、アルノルトと会話するルートヴィッヒの楽しげな様子に、ゲオルグは目を細めた。


 庶子でありながら、第二王位継承権を持つルートヴィッヒの教育係を誰にするかは、なかなか決まらなかった。竜騎士になりたいなどという酔狂に付き合う必要はないと、見習いになることに反対する者もいた。


 勢力争いをしている貴族の子弟を教育係にしないため、各竜騎士団にいる平民出身の若手を教育係として集めるという異例の編成になった。組み合わせはくじで決めた。


 ルートヴィッヒは感情表現が乏しく、何を考えているか、全くわからない奇妙な少年だった。喜怒哀楽のはっきりしたアルノルトと上手くいくのか全くわからなかった。明らかにルートヴィッヒにだけ厳しい態度をとる若手達に注意しようとしたが、ルートヴィッヒ自身に、別に困ってはいないと止められた。


 若手と見習いが刺客に襲撃されたあの日、血溜まりがいくつもある鍛錬場に駆け付け、若者達の未来が奪われたのではと思ったゲオルグの目に、全く異なる光景が飛び込んできた。


 首から流れる血で上着を染めたルートヴィッヒが、若手達を次々と倒していた。アルノルト達若手が、刃を潰した剣を用意してルートヴィッヒに手合わせを申し込んだと聞き、本気で叱った。剣士としての腕だけであれば、ルートヴィッヒのほうが、彼ら若手よりもはるかに上だ。実戦経験が違いすぎる。日々の訓練で、それくらい察して当然のはずだった。


 あのあと少しずつ、アルノルトとルートヴィッヒの距離は近くなった。後宮という狭い世界で生きていたルートヴィッヒは、あまりにも世間を知らなさすぎた。アルノルトは、そんなルートヴィッヒに呆れ、いろいろと面倒をみてやるようになった。


 アルノルトの父親は、腕の良い絨毯職人だが、絨毯のこと以外は頭にないらしい。アルノルトは、ルートヴィッヒが、その父親に似ていると、頭を抱えていた。

「親父より、妙な奴がいるとは思いませんでした」


 あの日、ルートヴィッヒは竜騎士の兵舎の執務室にいたゲオルグの目の前に突然現れ、竜騎士見習いにしてほしいといった。苦々しい思いで見ていた職務を放棄した国王によく似た顔立ち、左目の下の傷で、すぐに誰かわかった。安易な気持ちで、ゲオルグは、夜、自分の寝所に忍び込めたら認めてやると言ってしまった。 


 数日後、目覚めた瞬間に、ゲオルグの目に飛び込んできたのが、枕に突き立てられた自分自身の剣だった。

「おはようございます」

静かなルートヴィッヒの声に、危うく叫びそうになった。声を上げかけた理由は一つではない。


 安易な約束をしてしまったことを、ゲオルグは後悔した。王太子ベルンハルトに謁見を申し込み、約束を反故にすることにはなるが、断りたいと申し出た。

「王都竜騎士団団長ゲオルグ。あれと、私の異母兄との約束を破る意味をわかっているのか」

ベルンハルトの言葉に、ゲオルグは自らの軽はずみを後悔した。


ベルンハルトは、異母兄ルートヴィッヒをよく理解していた。

「死にたくないと思っているはずだが、自分の命を軽んじている。生きていてはいけないとも思っているようだ。誰かが助かるならば、自分が死んでいいと思っている。私はあれが死んだら嫌だ。どうか、気にかけてやってほしい。刺客に人質を取られでもしたら、そいつとの引き換えで大人しく殺されるくらい、あれはやる。私を庇って、大怪我もした。左目の下の傷もそれだ。手間をかけることはわかっている。ただ、お願いしたい。あれが、己の命を軽んじないように、大切にするように教えてやってほしい」


 あの日、ゲオルグが会ったのは、未来の国王ベルンハルトでなく、死に急ぐ兄を案じる弟だった。ルートヴィッヒのためだけでなく、ベルンハルトのためにも、まずはルートヴィッヒに生にしがみつくことを、ゲオルグは教えたかった。おそらく、アルノルトがその役割を果たしてくれるだろう。


「今回の見習いは手がかかるな」

ゲオルグには妻も子供もいない。子供を育てたこともない。だが、見習いや若手の相手をしていると、世の親達は本当に大変だろうと思う。特に今年は、面倒なことが多い。だが、この先に興味があることも事実だ。


 腕が立つルートヴィッヒに影響をうけたのか、教育係達の腕が上がっている。

「先が楽しみだ」

子供を育てるのはこういう気分なのだろうか。ゲオルグの顔に笑みが浮かんだ。


<第二章 完>

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