生態調査2

 

 この世界には魔力と呼ばれる力が存在している。

 これはスキルを使う力でもあるし、魔物が生きていくための力でもある。

 植物の生育にも影響を及ぼし、教会の裏庭や街中に生えている植物と比べて、街の外のほうが成長は早いらしい。

 また、様々な種類のポーションの原料となる薬草等にも含まれている。

 魔力は雨風と同じく世界の一部として流れ、環境を構成する大きな役割を持っている。

 時期によっては俺が住んでいる地域一帯で白夜や極夜といった気象現象が起きる。

 

 自然界には魔力の流れがあり、世界中を満たしているが場所によって濃度は大きく異なるという。

 魔力が濃ければそこにいる魔物が強いかと言えばそうでもないらしく、薄くて広い場所を縄張りとして好む種族もいる。

 空気より重いのか、風で飛ぶほど軽いのか、魔力について研究している人がいるだろうけど、知り合いにはいないので俺の知識はこの程度だ。

 活動の一部として流れの中に身を置いている冒険者たちは、感覚として濃淡をより強く感じ取ることができるようになっていくと赤髪の冒険者さんが教えてくれた。

 隣を歩いて話したい俺 VS 背後を守ろうとして回り込む赤髪の冒険者さん VS ダークライになったが俺が勝った。

 (会話できないから)俺の背後に立つんじゃない。

 というか背後に居たんじゃ手話も教えにくいって。

 

「これより森に入ります。目的地はウーズ溜まりです」

 

 別の街に繋がる街道を幾らか歩いた頃、冒険者さんがそう宣言した。

 街から離れると徐々に自然が増えていたし、少し離れた位置では木々が乱立していた。

 あの中を進むと絵に描いたような森になるらしい。

 いや、誰も森を絵にしない世界だけど。

 

「ここら辺にはブラックウーズかホーンラビットしか現れないと思いますが、何が現れても私の判断に従ってもらいます」

 

 冒険者さんの目が細まり、顔つきも変わる。

 感じられる空気も……変わったのか?

 アンバーが一時期物凄かったからちょっとわからない。

 それはそれとして、プロの冒険者っぽくてカッコイイ。

 はえー、かっこええなぁと田舎者丸出しでまじまじと顔を見つめる。

 

「えへへ。……あっ、ダメです、助祭ひゃま。魔物がいる森に入るので、ちゃんと集中しましょう。……とても、とても残念ですが、手話を教えて貰うのもここまでです」

 

 言葉は立派だが、すぐにだらしない顔に戻ってしまった。

 確かに森は魔物がいるし、危険性は街中より高いかもしれない。

 手話も教える余裕はなさそうだ。

 正しいので従おうとは思う。

 思うけど、本当に大丈夫?

 手握る?

 

 

 

 

 

 ホーンラビットは頭頂ら辺に一本の角が生えた兎の姿をしていて、二足級の魔物らしい。

 前脚はあるので四足かと思ったが、本気で活動するときは発達した後ろ脚の筋力を頼りに跳ね回るらしい。

 あとは四足の動物ほど強くないってことで二足扱いとなったとか。

 

「ホーンラビットの角はそんなに長くないんですけどね。大きさも、アメリアでも抱えられる程度なんで。あ、アメリアっていうのは私の仲間で魔法が使えるんですよ。アメリアでも、まあ、頑張れば抱えられる大きさの魔物が体当たりしてくると、油断したら足とか切られて危ないので注意してくださいね。群れたりしますし、角で狩りもしてるんで好戦的で危ないですし」

 

「アメリアさんと冒険者さんは仲がよろしいのですね」


「良くないですよ! 全然! この前も私が頼んだ料理を勝手に食べたのに食べてないって言い張って!」


 前を歩く冒険者さんの話を聞きながら森の中を歩く。

 パーティの仲間と楽しそうに生活している話を聞くと羨ましい。

 冒険の旅に出て信頼できる仲間と魔物を倒したり、遺跡を調査したりするとか憧れを感じてしまう。

 ファンタジーらしさっていいよね……。

 ちなみにこういう時、優秀な冒険者は魔力の濃度を感じ取りながら歩くらしいし、前途有望な新人だったら森で警戒すべき先とかを自然に意識できるらしい。

 俺は何にも感じないので困ったものだ。

 今は冒険者さんもいるからか、鈍いからか不安とか緊張も特にない。

 一人にされたら感じるかもしれないけど、たぶんそれは森の中で迷った時に感じる恐怖だと思う。

 

「アメリアさんとはどこで出会ったんですか?」

 

「ギルドから勧められて組みました。ソロが解除されてすぐでしたね。ローレットともその時組んで、あの子はちょっと独特なので……」

 

「あ、ローレットさんも一緒のパーティだったんですね」


「そう、ローレットです! この前助祭様のお手伝いさせてもらったとかどうとか。……迷惑かけませんでした? あの子、目つきも悪いし口も悪いし頭も悪いので心配だったんです」

 

 冒険者さんがローレットさんを心配している姿にニコニコしてしまう。

 親切な人と知り合いになり、偶然その友達とも知り合いで更に二人とも仲がいい話が聞けたりするとなんかいいよね。

 心が満たされる。

 知り合いみんなにはなんかいい感じに幸せになって欲しい。

 

「ローレットさんはとても優しい人でしたよ。目力が強いのはちょっと集中しすぎなだけでしょうし、言葉も知ってる物事を簡潔に伝えようとしているからですね。勉強だって慣れたらすぐに出来るようになったので、これまでの環境が勉強向けじゃなかっただけみたいなので心配ありませんよ。その際、ローレットさんに綺麗なお花を……冒険者さん?」

 

 ローレットさんが墓地での日課を手伝ってくれた日に、お礼として朝食に誘った時の話だった。

 朝食のお礼と言って掃除も手伝ってくれた。

 その時、めちゃくちゃ机を睨みつけて掃除していて何事かと思ったら、俺がインクでちょっと汚した場所だった。

 話していてわかったが、言いたいことは正しく伝えてくる人だった。

 もうちょっと飾り気のある言葉を覚えてもいいかもしれないが、性格もあるからな。

 理解してくれる優しい人と一緒にいるだけでも良いって気性かもしれない。

 勉強も最初は苦戦していたが、考え方を理解したらすぐに吸収したのでこれまでの環境が勉強に向いてなかったのだろう。

 総じて良い人だった。

 なので改めてお礼を、と言いかけて冒険者さんが硬直しているのに気づいた。

 

「ほわぁ、解釈一致です……」

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「あ、大丈夫です! ローレットも大丈夫だと言っています!」

 

「いや、ローレットさんはこの場にいないので大丈夫とは言えないと思います。……それで、話を戻しますがローレットさんに綺麗なお花も頂いたのでツバキが御礼を言っていたと伝えてもらえると嬉しいです」

 

「もちろんです! 拳に誓って私が伝えてみせます! この命に代えましても! だから助祭様は安心して待っていてください!」

 

「命と交換なら伝えなくて大丈夫です」

 

 何故かシャドーボクシングのような動きをし始めながら答える冒険者さん。

 拳先がほとんど見えず、風切り音だけ聞こえる。

 す、すごい。

 

「『月との約束』をしてでも伝えます!」

 

「それはペナルティが重すぎるのでやらなくていいです。……あ、伝言にまた食事に来てほしいとも付け加えて貰っていいですか。お花を貰ったお礼をしたいので」

 

「いえ、お礼は必要ないです。ローレットも必要ないと言っています」

 

 うわ、びっくりした。

 急に冒険者さんのテンションが下がって真顔になった。

 この場にローレットさんはいないので、必要の有無はわからないと思うのだけど……。

 

 

 

 

 

 ここが目的地です、と冒険者さんに言われて辿り着いたのはちょっとした広さの沼だった。

 表面の水は澄んでいるが、底は汚れが沈んでいるのか黒くなっている。

 じめじめとしているが周りの岩に苔等は生えていない。

 

「ウーズ種がいるのは水気のある場所や洞窟が多いですね。樹上から落ちて絡みついたり、穴の中で獲物が落ちるのをずっと待ってたりします」

 

 こういう樹の上にもいます、と冒険者さんが拳で幹を叩く。

 どろりと黒い液体が降ってくる。

 粘度が高いのか、数メートルはある樹の枝から降ってきたのに、その体(?)から伸びた体液は枝上まで糸を引いていた。

 どろどろがゆっくりと集まると、やや立体的で大きくて黒い水たまりのような姿になった。

 イメージにあったスライムのようなプルプル感は一切ない。

 その水たまりがゆっくりと沼に向かって動き始めた。

 興味本位で槍を使って端を突いてみると、僅かな抵抗の後にその粘液内にちょっとずつ緩やかに引き込まれていく。

 

「力もそんなに強くないのですが、大量のウーズに包まれると息が出来なくなって危ないですよ。森で仕事をする人たちが稀に降ってきたウーズに口や鼻を塞がれて危うく死にかける、みたいな話も聞いたことがあります」

 

 ふんふん、と話を聞きながら槍を動かして観察する。

 ブラックウーズそのものは沼を目指して動いているが、纏わり付いている部位を槍から離そうとするとちょっと強く絡みついてくる。

 ただ、一定の距離まで離すと諦めたように槍が解放される。

 

「……はあ、凄いなあ。不思議ですね、これ。あ! ほら、冒険者さんも見てください! 水が付いてます! あっちにも!」

 

 ブラックウーズが纏わりついていた槍の穂先を一緒に見る。

 水気が残っているし、ブラックウーズが沼地に向かって移動している後にも水が残っている。

 ブラックウーズは水を多く含んで構成されているらしいが、完全に同一ではなく水とそれ以外に分かれているのがわかる。

 外側だけなのかはわからないが、それでも面白い。

 

「ブラックウーズだけなのかウーズ種全体がそうなのかまだわかりませんが、水を運ぶ役目を持っているのかもしれませんね! ……すみません、ちょっと楽しくて一人で喜んでました」

 

 興奮のあまり早口で捲し立てると、冒険者さんがニコニコしながら俺を見ていることに気付いた。

 完全に早口で喋るオタクだった。

 恥ずかしくて顔が赤くなる。

 

「助祭様に楽しんでもらえてとても嬉しいです。……見てください、ブラックウーズはこの核を中心に動いています。他のウーズ種ならもうちょっと見やすいのですが」

 

「……いえ、十分です。凄いなあ。不思議だなあ」

 

 冒険者さんがブラックウーズに近づき、しゃがみながら指差す。

 俺も隣にしゃがんで眺めてみる。

 ブラックウーズの先頭、沼への移動方向側にほんのりと輝く部位があった。

 これが核らしい。

 魔力を生成、蓄積する器官であり、人間や魔物が持っている臓器みたいな物と聞いた。

 種族によって場所は異なるが心臓の付近か脳の近くにあるのが普通らしい。

 

「沼の中にはもっとたくさんもいますよ。……道具があれば引き上げられたのになぁ」

 

 その呟きにピンとくる。

 槍の出番だ。

 

「冒険者さん、安心してください。こんなこともあろうかと準備してきましたよ」

 

 本音を言えば全く想定していなかったが、それはそれ。

 槍に丈夫な紐を括り付ける。

 十分なしなり・・・を持つ槍は釣り竿になると思ったんだよな。

 まさかこれがブラックウーズへの必殺技になるとは思わなかった。

 完璧な伏線回収かな?

 餌は虫とかがいいのかな、と思っていたら冒険者さんは大きめの石を括り付けてくれた。

 

「沼の中にいるブラックウーズは動く物に反応しますから石で十分です」

 

 らしいです。

 えいや、と冒険者さんが石を投げ込んだ。

 ……槍のしなり・・・とか関係なかったね。

 ……。

 …………。

 おっ、ひいてる。 ひいてる。

 

「よし、釣りあげますね。……あっ」

 

 槍を引いて数十秒、ツバキわかっちゃったかも。

 筋力が全く足りてないわ。

 

「申し訳ないんですけど、引き上げて貰っていいですか」

 

「えへへ、もちろんです!」

 

 ニコニコと俺を見守っていた冒険者さんに頼めば、さらに笑顔を浮かべながら変わってくれた。

 だらしない男で申し訳ない。

 俺の苦戦など無かったように、代わればすぐブラックウーズが吊り上げられてしまった。

 すごい。

 

「これがヒュージクラスタです。ブラックウーズが集まると形成されやすいです」

 

「うわ、これは本当に凄いですね!」

 

 一塊となったブラックウーズが陸に上げられると、俺は思わず拍手していた。

 先ほどまでの大きな水たまりと比べて、数倍はあるだろうか。

 水たまりというよりも、ボールに近い形をしていた。

 核も複数あるようだった。

 

「不思議だなあ。……あ、ここ! ここの核はいくつか混ざってるみたいに見えますよ!」

 

 冒険者さんも興味があるのか、付き合って話をじっくり聞いてくれるのでつい楽しくなってしまった。

 別の場所だと体にウーズ種を纏わせて清潔さを保ったり、狩りの罠に利用する魔物もいるとお話してくれた。

 冒険者って楽しそうでいいよね。

 俺も楽しかった。

 

 

 

 

 

「凄かったんですよ! ホーンラビットがブラックウーズの居る場所まで獲物を追い詰めてですね! それで動きが鈍くなったところを一突きにしている場面も見れました! 冒険者って楽しいんですね!」

 

 俺に気を遣ってくれたのか、行きと同じようにゆっくりと歩いてギルドまで帰ってきた。

 その報告をミアーラさんにするのだが、ちょっと興奮してさっき見たシーンも話してしまった。

 この後調査票に記載するけど、冷静に書けるかちょっと自信ないな。

 情報はいっぱい書けそうだけども。

 それにしても今日ゆっくり寝れるかわからないくらい楽しんじゃったなあ。

 

「ふふ、良かったですね。ブラックウーズもいっぱい狩れましたか? インクの原料として興味あると聞いてましたが」

 

「あ……。忘れてました」

 

 そういえば一匹も倒してなかった。

 動いているブラックウーズに興奮している場合じゃなかったわ。

 

「ま、まあ、生態調査は上手くいったようなのでまた今度頑張りましょうね」

 

「はい……」

 

 俺はちょっとしょんぼりしながら答える。

 目的と手段と建前がごちゃごちゃになってしまっていた。

 折角ミアーラさんが気を遣って生態調査の依頼を出してくれたのに、これはちょっと良くなかったな。

 

 話を聞くと、生態調査はギルド職員が主に行う仕事らしい。

 その際、冒険者は護衛として魔物から守る。

 ブラックウーズの生態調査は新人のギルド職員が研修として受ける仕事で、討伐することは襲われた時以外しないらしい。

 俺がちゃんと最初に伝えておけばなあ。

 浮かれてたかもしれないので、次は気を付けないとなあ。

 

 

 

 

 

「助祭様! 私が走って取ってきますから待っててください!」

 

「いや、行かなくていいですから」

 

「ひゃい!」

 

 ホントに走っていきそうだったので、手を掴んで止める。

 行くなら俺もいきたいけど、体力が怪しいので今日はおしまいです。

 

「今日は調査票を書くので、一緒に見ててもらえますか。初めてなので」

 

「ひゃい!」

 

「確か文字で怪しい所があるって言ってましたよね。勉強もしましょうか」

 

「ひゃい!」

 

「大丈夫ですか? 疲れてるなら休んでもらっても……」

 

「大丈夫です! ローレットも大丈夫だと言っています!」

 

「言ってません」

 

 言ってないそうだ。

 挙動不審な冒険者さんの後ろから、ローレットさんが現れた。

 チベットスナギツネみたいな目で冒険者さんを見ている。

 

「冒険者さん、今日は楽しかったです。その、都合がよかったらまた行きませんか?」

 

「行きます! この命に代えても!」

 

「命は優先してください。でもまた行ける日が楽しみですね」

 

 にこにこしながら伝える。

 ブラックウーズの観察が楽しすぎて本当に今日は眠れるかわからない。

 冒険者さんも楽しかったようで、前のめりに答えてくれた。

 次も楽しい冒険に期待できそうで良かった。

 

 

 

 

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