生態調査1

 

 数日ほどギルドで書類仕事を手伝っていると、ミアーラさんに生態調査の日取りが決まったことを伝えられた。

 同行して手伝ってくれる冒険者の人を選定してくれたらしい。

 有難い話だ。

 

 俺も出来ることはやろうと槍を振ったりしてみたが、まあ、うん。

 槍を持ち運ぶ時は真ん中ら辺を持って、穂先を真上に向けておけばとりあえず何とかなってたんだけども。

 実際に使うとなると、手元は穂先とは反対の方を持って水平に構えるわけで。

 足を開いて中腰で槍を構え、全身で突き刺す、みたいな。

 槍を突き刺す動きとか、三回くらい振れば腕や手が限界を迎える。

 使うまであんまり知らなかったけど槍って本当に重い。

 地面に向かって槍を垂直に突き刺す動きは中々様になってると神父様にも褒めてもらえた。

 別に運動ができないわけじゃないと思うんだけど、武器を使って戦うことを想定した事が無いので本当に棒を振り回すだけって感じだった。

 そんなわけで槍術に関しては、槍を放り投げて走って逃げるなら死なないと神父様にお墨付きをもらった。

 槍は重いし大きいから走るのに邪魔なんだよね。

 

 槍で突くだけだと流石に芸が無いので、しなり・・・を利用した技を編み出した。

 この技を使い、異世界で俺は何を思い何を成すのか……。

 世界とかどうでもいいからまず調査を成しとこう。


 軽い武器なら剣とかもあるけど、軽いと俺が調子に乗って攻撃しに行ったりして危ないからってことで槍を渡された。

 若い冒険者はちょっと上手くいくと蛮勇を発揮しやすいと言われて、確かに上手くいってたら止まるのは難しいとは思う。

 剣の長さ程度だと振ってる間に接近されて、俺の筋力と技量だとどうにもならないらしい。

 ウーズは伸びるしもちょもちょしてるから上手くやらないといけないのだとか。

 


 

 

 

 

 

 

「じょ、助祭ひゃま!? どうしてここに!? まさか自力でブラックウーズの調査を!?」


 調査の当日、いつもよりずっと早い朝と呼べる時間にギルドに着くと、燃えるような赤い髪の冒険者が驚いた様子で俺を歓迎してくれた。

 歓迎してくれてるのか……?

 

「おはようございます、ツバキさん。こちらが今回ご同行いただける冒険者の方です。ちょっと変わっている点もありますが人柄と能力は信頼できますので、少しでも迷ったら判断を委ねて……」

 

「私が助祭様と二人きりでお散歩を!? ギルドからの私への昇格祝いですか!? 助祭様はギルド職員なのですか!?」

 

 ミアーラさんの言葉を遮るように、冒険者が叫ぶ。

 ああ、言葉を遮ってはいけない……。

 

「……こちらが今回ご同行する冒険者です。信頼できるパーティの一員でした」

 

「あ、あの助祭様! き、今日はいい天気ですね! 昨日もいい天気でした!」

 

 ミアーラさんが笑顔を浮かべているが目は笑っていない。

 その視線の先に居る赤い髪の冒険者は、気にせずに天気の話を始めた。

 冒険者って変わった人がいるよね。

 ため息をついたミアーラさんに勧められて受付カウンターの席に座る。

 冒険者の人も隣に座るのかと思いきや「は、背後を守ります。背中、だいじ、貴重、とても」と言って、俺の背を守るためなのか後ろに立っている。

 俺は背中を狙われていた……?

 

「いいですか、ツバキさん。冒険者には自己の決定において余程の事が無い限り、結果に至るまでのすべてに責任が発生します」

 

「は、はい」

 

 ミアーラさんが俺の後ろに視線を飛ばしながら言う。

 口笛が聞こえた。

 今時そんな対応でやり過ごそうとする人いる……?

 

「生態調査は街の外に行く必要が有ります。知らない人に付いていってはいけません」

 

「あ、はい」

 

 今度は俺が見られる番だった。

 凄い見てくる。

 ニコっと笑いかけたら惚れてくれないかな。

 ないな。

 火に油を注いでもしょうがないしな。

 

「今日の目的地は職人の方々も行き来できるような場所ですが、危険が無いとは言えません。同行してくれる冒険者の意見をよく聞いてください。……たぶん、ちゃんと判断できると思うので」

 

「は、はい」

 

「他にも……」

 

 手続きも早々にミアーラさんから注意を聞くことになった。

 まず自己責任を意識することは何度も言われるほどに大事なのだろう。

 確かにドラゴンに喧嘩を売って死にかけながらギルドに助けて~助けて~と救助を求めても誰もカカッと助けに来てくれるはずもないからね。

 次に知らない人に付いて行ってはダメ、と。

 それはまあ、そうだけど。

 後は街の外なので危ないよ、魔物の縄張りがあるよ、職人の作業域もあるよ、って感じだった。

 他にも細かく教えてくれるので有難く聞く。

 外で人を集めて話してはいけないと注意もされたが、流石にそんなことはしないです。

 

「話はこれくらいにしましょう。今回行動を共にする彼女にも名前を教えてもらって軽い挨拶を……」

 

「名乗るほどの者ではありません」

 

「……軽めの自己紹介を」

 

「まだ神父様が知るべき時ではありません。それに、私が名乗るにはまだ早すぎます。私の名前を知ってもらうのは一流の冒険者となれた時、そうあの時誓ったのです……!」

 

「彼女の名前はルーシリア、拳闘士グラップラーです。この街を本拠地として活動しており、依頼達成率も十分に優秀な値となっています。パーティ単位なら危険なくサラマンダー種を討伐できる四足級、ミドルクラスの冒険者です。戦闘能力に優れているのでブラックウーズの調査程度なら何の問題もないでしょう」

 

 ミアーラさんが口早に冒険者の紹介をしてくれた。

 恐る恐る振り向くと、そこにはものすごく悲しそうな顔をした冒険者の姿が!

 思ったより理由がしょぼかった。

 ……あ、そうじゃなくてなんか不思議なことが起こったせいで名前とか全然聞こえなかったよ、うん。

 

 

 

 

 

「ギルドでミアーラさんにしてもらった紹介なんですが」

 

「……ひゃい」

 

 落ち込んでしょんぼりした冒険者の人に話しかける。

 背は俺よりも頭一つ分ほど小さいが、その胸はとても豊かだった。

 素晴らしい。

 軽装だが抑えつけられて固定されているらしく、揺れることは無いのが残念だった。

 むしろ抑えつけられても豊かだからそのポテンシャルは無限大だ。

 豊かな胸、私の好きな言葉です。

 

「実は早口で聞き取れなくてですね」

 

「はいっ!」

 

 俺の言葉に一秒で復活した。

 しょんぼり冒険者さんだった面影すらない。

 一昔前だったらホントにわからなかったが、今は余裕でわかるのが申し訳ない。

 

「わからないことがあれば教えて貰いたいのですが」

 

「ひゃい! お任せください! 拳! 私は拳が得意です!」

 

「あ、はい」

 

「殴るの大好きです! 嗜む程度に撲殺してます!」

 

 花が咲いたかのような笑顔で冒険者さんが言うけど、撲殺を嗜むってなに……。

 肩の長さほどに整えられた赤い髪が意味深に見えてきそうだ。

 

「これからブラックウーズの調査に向かうんですけど、注意することってありますか」

 

「無いです! 私がすべて倒します! 槍よりも早く私の拳が敵を討つ!」

 

「えぇ……」

 

 生態調査するからあんまり討たれると困るというか。

 俺の視線に気づいたのか、冒険者さんがハッとしたようだった。

 正気に戻ってくれたかな。

 

「私が槍を使えば槍の分も注目してもらえる……? えへへ」

 

 正気は無いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 無事に何事もなく門を越えて街の外に出る。

 門によっては馬車が行列を作っているために混雑しているので何処から出るのかが大事だったりする。

 墓地側の門は馬車が少ないので意外と出入りしやすい。

 

 衛兵の中に知り合いがいたので、手話で挨拶してちょっと世間話もした。

 門の守備や街中の警らなどには独特なスキルに目覚めている人が多く登用されている。

 スキルは持っている強みを活かすこともあれば、不便さや弱さを補うために目覚めることもある。

 俺がスキルによって言葉を克服したように。

 

 門にいた知り合いは言葉を発せない代わりに目覚めたスキルや本人の能力は街の発展に役立つと判断されたのだろう。

 月は人間が五体満足で生まれるように見守っているとされている。

 いにしえの月は何かが満ち欠けしていたとされ、何かが欠けて生まれた子供は月の代わりとなったと特別視される。

 チヤホヤされるってわけじゃなくて「お月様が他よりも特に見ていてくれたのねー」くらいのノリだが。

 『お月様の特別』な子供として教会に預けられることが多い。

 普通に育てられて問題を起こしたら普通に処罰されるので、俺には特別なのかそうじゃないのかよくわからないが。

 神父様が言うには、スキルは心の発露らしい。

 筋トレしたら筋肉が付くし、勉強したら知識が付く、心が求めればスキルとなる。

 だから我々は祈るように勧めているとも。

 

「助祭様、さっき門のところで衛兵とわちゃわちゃしてたのってなんですか」

 

「あれは手話ですね。言葉の代わりに手を使う会話です」

 

 俺の動きが気になったらしい冒険者さんに尋ねられた。

 確かに珍しいかもしれない。

 スキルで補っている人が多いので教会内でもあまり使わないし、市井で見かけるかって言えばそうでもないかなあ。

 

「気になるなら教えましょうか。ちょっとしたやり取りだけでも。言葉が出せない時に仲間と使えたら便利かもしれませんよ」

 

 ハンドサインみたいに使えば便利そう。

 どんな時に使うかはわからないけど。

 

「いいんですか!? 名前を知らない私みたいな冒険者に教えても!?」

 

「いいですよ」

 

 さっき名前知っちゃった……。

 

「知らない人に優しくされても付いてっちゃダメって言われてましたよ!?」

 

「冒険者さんは知ってる人なんですけど」

 

 この冒険者さん、そもそも俺が言葉をちゃんと話せない時分から花を持ってきてくれている人だった。

 「月光の導きを」しか言葉を知らなかったのでとりあえずニコニコしながら連呼する不審者時代。

 言葉を覚えてきたので名前を訊ねたら「まだ話す時じゃありません……」とか言って去るから、なんか意味深なイベントがある人だと思ってた。

 

「えへへ、それじゃあ早速勉強おしえてください。ちょっと遠くなんですけど綺麗な花畑がですね……」

 

「あの、ブラックウーズの生態調査に来たわけで」

 

「あ、はい。忘れてました。調査に行きましょう!」

 

 忘れてたらしい。

 本当に大丈夫かな……。

 

 

 

 

 

 

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