黒い泥のブラックウーズ
冒険者は能力毎に等級が割り振られている。
強さや経験、技能、信頼等を総合的に判断して決定されているらしい。
純粋な強さや、何らかの技能だけを頼りに等級を上げるならば、ギルドが用意した試験に合格する必要がある。
接地する脚(部位)の数が多い程に、魔物は強大な力を得るというのが定説となっている。
脚が多く必要なほど、支える必要のあるその体躯が巨大になっていくからだろうか。
勿論例外もあるが、冒険者思考としては脚の数が多いほど強いと考えればいい。
強さの分類的には脚の無いウーズなどは初心者を示し、そこから二足歩行する人型、四足の獣、六足の昆虫、多脚の混合獣……と増えていく。
脚が多ければ強いのだが、更に浮いたり飛んだりすると強さの指標も上がる。
人間は基本的に飛べないので、制空権を奪われることは個人的な戦闘においても、また戦術的にも戦略的にも敗北を意味する。
浮遊能力を持つ魔物、翼を持つドラゴン、空を駆ける吸血鬼、法則を無視する魔人など、地面から離れるだけで強さの指標は上がり続ける。
ざっくりいってしまうと『脚が無い<脚がある<脚がいっぱいある<浮いてる<飛んでる』みたいな。
でもウルフ種は四足だが一部は賢いので、飛んでるけど馬鹿な鳥系より上位に位置されるので、単なる大雑把な分類となっているようだ。
折角なので更に深堀すると、色によって魔物の等級が分かれる場合もあり、脚の数が当てにならないそうだ。
といっても冒険者が気にするのは一般的な個体の通常色、上位種の白色、特異個体の黒の三種類くらい。
色自体は注意深く見れば個体能力の違いがわかるらしいが、ほとんど誤差に収まるので上記した白黒だけが注目される。
一応属性とかも関わるので色も参考にはするとか。
白の個体は内包されている魔力がどうとかで上位ほど発光して銀色に近づき、特異個体は異常な活動をしているほど黒が深まるらしい。
長々と話したけど、ウーズ相手で神父様に死ぬって言われてしまった俺にはあまり関係なさそうだ。
俺が持っているブラックウーズの証がどれほどの等級かと言えば、冒険者に成り立ての初心者を示している。
ブラック、つまり黒だから異常個体、と決めつけるのは早計となる。
ウーズは物凄い雑食なので、色々取り込んで勝手に黒っぽくなるだけで、ギルド内でこれより簡単な依頼対象となると薬草になる。
薬草は植物だから確かに強くはないのは確かだが、討伐対象と採取対象だから同じリングに上げられないというか。
争いは同じレベルじゃないと起きないわけで、ウーズと薬草を同じリングに乗せたらウーズが一方的に貪って終わる。
そして俺も薬草は瞬殺できる。
争いは、同じレベルでなら起きる……!
「そろそろ討伐に行きたいと思っています。ブラックウーズの」
「……はい?」
いつもの受付の女性に挨拶もそこそこに宣言すれば、目を丸くされてしまった。
依頼を、と立ち上がりかけたところに声を掛けたから当然かもしれない。
予定していた行動を止められると困るからな。
ゆっくりと椅子に座り直してくれたので、話を聞いてくれるらしい。
「ほら、俺もギルド証を持っているじゃないですか。ブラックウーズの」
「はあ」
「等級的にはソロで討伐可能と見做されて発行されてるわけですよね」
「はい。あー、あ、そういうことですか。……そうきましたか」
困ったように微笑まれた。
いや、俺は別に困らせたいわけじゃないんだけども。
「……武器は何をお持ちで?」
「槍ですね」
長いやつ、と両手を広げて表現する。
柔軟性に富んだ木製でよく
神父様曰く、しなりを上手く使うと敵を翻弄できるとのこと。
ブラックウーズを翻弄するのだろうか。
確かに有効かもしれない。
俺のイメージは国民的なロールプレイングゲームの目が大きくて丸いスライムなので翻弄できそうだ。
「……武術の経験とかは」
「無いですね」
包丁ならまあまあ使えるし、ナイフも結構使えるようになった。
皮むきの腕は中々だと自負している。
お菓子で誘ってもあまり寄り付かない子供たちも、果実の皮むきには喜んで近寄って来る。
するする、と長く剥けて中身が出てくるのが面白いらしい。
そうなるとナイフのほうがいいのか。
ナイフって刃先を舐めて「ひーひっひひ、今宵のナイフは血に飢えている」って言うイメージしか無いからなあ。
教会にも木製や鉱石のナイフがあって結構お洒落なんだよな。
「……言いにくいのですが、やめた方がいいかと」
「じゃあやめます」
「えっ!?」
「討伐はやめます。槍を持ってきてないのでちょうど良かったのかもしれません」
神父様に死ぬって言われて、専門職の受付からも止められてまでやるのはちょっとヤバいやつだよ。
これで敵を必殺できるスキルとか持ってたら無理を押し通して行くかもしれない。
いや、俺だったら行かないな。
必殺できるスキルを持ってる事実が怖いから見て見ぬふりをするために街で暮らす。
相手より強くて安心して勝てるくらいがいい。
戦うのは別に好きじゃないというか、戦ったことがないからわからない。
好きになれるかもしれないが、戦う予定だったけど止められてしまったよ。
「急に冷静にならないでくださいよ。……びっくりしましたよ、もう」
「俺はずっと冷静でしたよ」
「……私で遊んで楽しいですか」
「俺はミアーラさんと話すだけで楽しいですよ」
受付のミアーラさんに半目で睨みつけられて困ったので、とりあえずニコニコしておく。
前髪を上げて額が見える髪型になってるから俺の表情もわかるだろうし、朝方のような目元が隠れている不審者丸出しよりはまともなイメージを持ってくれるはず。
金髪碧眼の女性だからそりゃもう会話できるだけでなんかお得だよね。
睨みつけられるのはお得じゃないけど。
胸も豊かで背も高く、手足は長い。
俺が冒険者だったら意味もなく通っちゃうな。
俺は冒険者だったから意味もなく通っちゃうねこれは。
「それで、唐突に討伐したいと言い出したのは何故でしょうか」
「え、冒険者って唐突に討伐しないんですか?」
疑問がつい漏れたが、また半目で見つめられるので大人しく話すことにする。
「インクの原料にブラックウーズが使われてると聞いたのと、お金が欲しくてですね」
半目が解除されない。
何故だ。
「つまり興味本位です」
真剣に心を込めて言う。
はあ、とため息をつかれた。
嘘でしょ……。
今の何処にため息をつかれる要素があったのさ。
「ブラックウーズを討伐する勝算などはありますか」
「離れた位置から槍で刺そうかと」
「まあ、はい。出来るならそれが良いかと」
「体当たりはなるべく避けますが、難しいなら気合で耐えます」
槍でちくちくと刺してても倒し切れるとは限らない。
攻撃も避ける努力はするし、ダメなら覚悟する。
覚悟していれば一発くらいなら耐えられるはず。
しかし、体当たりされてからだと俺は反撃に出られるだろうか。
某ロールプレイングゲームの勇者も序盤は十発も当たったら死ぬんだよな。
俺はもっとしょぼいとして、人間が十発で死ぬような体当たりを一発でも耐えることができるのだろうか。
……難しいかもしれない。
「ウーズ種は体当たりしませんよ?」
「えっ」
「粘性なのでそれほど機敏に動けませんからね。樹上や地面の穴で獲物を待ち構えてます。覆いかぶさるか、絡みつくか」
洋物のロールプレイングゲーム式スライムかあ……。
ウーズだもんね。
盲点だった。
液体っぽいニュアンスが含まれてたからウーズと俺の中で訳してたけど、本当にウーズだったわ。
「勝算が白紙に戻りました。俺はたぶん死にます」
覆いかぶさって来たウーズを、槍しか持っていない俺が対処できるとは思えない。
あらかじめ話を聞いておいて良かった。
神父様の言う通り確かに死ぬ。
俺の言葉に、困ったように笑いながらミアーラさんが提案してくれた。
「……それじゃあこうしましょう。今日はギルドの書類仕事を手伝って貰います。また後日、ブラックウーズの生態調査依頼を出しますので、他の冒険者と同行をお願いします」
依頼料は安いですけど、とウインクされた。
可愛い。
「じょ、助祭ひゃま!? どうしてここに!? まさか自力でブラックウーズの調査を!?」
ブラックウーズの生態調査のためにギルドに向かうと、燃えるような赤い髪の冒険者が驚いた様子で俺を歓迎してくれた。
歓迎してくれてるのか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます