お花をどうぞ3
昼に冒険の話を聞いたので、簡単な依頼を受けてみたいとギルドに顔を出す。
出来ればドラゴンをずばーっと倒したいが、適性が無い依頼は受付で弾かれるらしい。
悲しいことに魔物と戦う力は全く無いので、写本や算術の能力が発揮できる依頼はないだろうかと期待する。
武器は重いから持ってきていない。
冒険者の姿か、これが……。
何か出来そうな依頼は有りませんか、と受付の女性に尋ねれば幾つか用意してくれたらしい。
少しお待ちくださいと立ち上がって探しに行ってくれた。
手持無沙汰になったのでぼんやりと周りを見回す。
「やはり難しいですか」
「そうですね、こちらとしては……」
隣がなんだか暗い雰囲気だった。
気持ちばかりの仕切りがあるだけなので、表情も話し声もわかってしまう。
聞き耳を立てると年若い少年が無理を言っているのか、受付の女性が困っているようだった。
少年の顔には覚えがある。
以前教会で勉強を教えていた商人見習いの子だ。
末端の商人として認められたのか、商人ギルドの証をぶら下げていた。
「あ、ツバキさん」
隣の受付の女性と目が合えば、助かったとばかりに表情を明るくした。
周りが見えないくらい集中していたのだろうか。
「……何かお困りですか?」
「え?」
俺が隣から声を掛ければ、少年が呆けたような声を出した。
街の発展とともに建造物が増え、割り振られた区画が拡張されるのは自然なことだった。
街には東西南北の門があり、利用する用途ごとにそれぞれの近くも発展していった。
俺たちが向かっているのは倉庫などが並ぶ区画で、朝から夕まで外との往来が特に多い。
日が隠れている時間は特別な馬車を除いて出入りが禁じられているので、その刻限までに運搬を済ませるために日中は活気に溢れている。
「……他の者に任せた方がいいのでは?」
案内する依頼人の少年が、顔色を窺うような素振りを見せながら俺に問う。
何度も繰り返したやり取りなので、返す言葉は決まっていた。
「人手が足りなくてお困りなのでしょう」
「しかし……」
「依頼人と冒険者ですよ。依頼を受けましたからね」
依頼内容は倉庫の片づけや積み荷の運搬だという。
ギルドにも手の空いている冒険者や、酒場で吞んでいる者も居たが、彼らには難しいようだ。
というのも、積み荷が硝子や陶器の製品らしい。
高価な品なので、手癖が悪ければ盗んでしまう人もいるし、盗まなくても粗末に扱えば割れてしまう。
酒の入った体に手伝わせるのは酷だろう。
しかも今回は丁寧な仕事をしなければならないと小声で受付で教えてくれた。
「うーん、でもなあ……」
「本当に神父様が依頼を……?」とうんうん唸って自問している少年には申し訳ないが、俺も仕事がしたい。
画材というのは良い物を求めればそれこそ青天井で高くなるが、それでもなるべく良い物が欲しい。
それに絵具等は綺麗な色を求めるとなると特別な鉱石が必要になり、市場に出回らず、冒険者や商人と直接交渉しなければならない貴重な物もある。
顔を知っている、話をしたことある、信頼できる、等の評判をお金と一緒に稼いでおきたい。
地味な布の服を着ているし冒険者としてもギルドに居たので気づかれない可能性もあるかなと期待したが、依頼人の少年も俺を覚えていたようだ。
気にしなくていいと思うが、相手からすると教師を雑用で雇う感覚なのかもしれない。
俺が同じ状況だったら勘弁願いたいと思うのも当然だろう。
そこは我慢してほしい。
困ってる様子が見えたから手伝いたいのも本当だ。
「我々はオルビートに本店がありまして、そこから護衛も兼ねた冒険者たちに手伝って貰っているのですが……」
支店を任されているという壮年の男性が状況を説明してくれる。
山や川をいくつも超えた先にある街の名がオルビートであり、そこからほとんど従業員状態の冒険者が行き来して護衛から搬入、梱包まで手伝っているそうだ。
冒険者といってもベテランの域に入っていて、引退すればそのまま従業員となることが約束されているらしい。
企業秘密も含まれている作業も手伝っているので、信頼できればそのまま囲い込むことで情報の洩れを抑えている。
「オルビートより少し離れた街の近隣にドラゴン出現の報せが入ったのが事の起こりです。翼持ちの移動速度と脅威から、突発的なレイドの発生に対応するため、出られる冒険者の人数が限定されてしまった模様でして……」
説明を受けながら倉庫内部を見れば、ここらで見たことの無い顔の人たちが黙々と作業を繰り返している。
喋る暇すら惜しいという様子だ。
俺がいなければ支店長も加わっているかもしれない。
も、申し訳ない……。
「今回手伝うのは荷物は陶器や硝子といった壊れやすい物の運び込みと窺っていたのですが」
「硝子製品は小さい物を中心に、陶器製品は容量の多い壺に切り替えました。……今回の積み荷はポーションと魔物除け、火の秘薬が大半です」
積み荷はドラゴン対策の物資が主だった。
大々的に声を挙げて集めれば人手は賄えるだろうが、未だにドラゴンが何かをしたわけではないので静かに事を進めたいらしい。
騒ぎになれば名を上げようとする無謀な冒険者も居ないわけでは無く、刺激してしまうとどうなるかわからないからだ。
「急ぎなんですよね。……今日だけ手伝っても人員の問題は解決しないのでは」
「人員は他の街から応援を呼んでおりますが、魔物除けを一日でも早く出荷してほしいというのがオルビートの状況でして。今日だけでも出荷したいのです。手配が遅れて他の街が撒いてしまうと避けたドラゴンに襲われる可能性もありますからね……」
魔物除けには効果時間も決まっているので、切れてしまってもドラゴンが来るかもしれない。
なるべく切らさずに街同士で連携して追い払うように使いたいのだろう。
滅多にないことだが、街に攻め込んだドラゴンにその場で巣作りでもされたら目も当てられない。
「それは大変ですね。……この街の魔物除けが無くなるほど運び出すわけじゃないんですよね」
「ええ、領主様同士で余剰分を交渉した模様です。我々としても均衡を破った結果何処かの街が無くなって商いが滞ると生きていけませんから」
「助けを求めましょう。求めた者は救われることも、与えられることもあります。……ない場合もあるので、その場合は諦めてください」
重いから槍すら持たない俺では手伝えなさそうなので依頼の達成を諦めた。
そして俺より力がある人たちに助けを求めることにした。
ということで今いる区画にある教会に助けを求めれば、快く手伝って貰えることになった。
彼らは月の動きを信仰している軌道派の人たちだ。
特徴は祈らない事と、厳しい修練を自らに課している事だろうか。
どうも祈らずに強く望むことでスキルを研くことを見出した宗派のようだ。
俺が百人いても一人に敵わないくらい鍛え上げている肉体を誇っている。
つまり筋力があって攻撃力もあるタイプだ。
そして寡黙でもある。
「助かりました! これなら閉門前に予定数が出荷できそうです! ありがとうございます!」
「それは良かったです。俺は何も手伝えてませんので、依頼は破棄しておいてもらえれば……」
「とんでもない! 御礼を差し上げたいくらいです!」
黙々と荷を積みこんでいる軌道派の人たちを眺めながら、支店長とともに梱包を手伝う。
上手くいかなかった予定が一気に消化できそうな状況に喜んでいるようで、興奮気味に何度もお礼を言われる。
大したことはできていないので、そう感謝されても気まずい。
そんな俺を尻目に軌道派の人たちは運び出した積み荷の数を競い合っているようで、教会から持ってきた立て看板に貼り付けた紙でカウントしながら、ストイックに競争している。
目が見えない、耳が聞こえない、言葉が話せない、片腕がない、片脚がない……。
彼らは五体満足と言えないが、俺よりもずっと素早く精力的に動いていた。
「……軌道派の人たちにお礼として食べ物を贈ってあげてください。それと可能なら食器も。彼らは質素すぎてなかなか食器すら新しくしないのです。働きへの感謝なら受け取って使ってくれるでしょうから」
手が空けばすぐに用意します! と高まったテンションのまま支店長が言った。
そんなにテンション上がってて大丈夫だろうか。
いま梱包しているのは火の秘薬、つまり火薬なんだけどな。
「あ、自己の利益のためだけに利用するのは危ないですからね。お月様が見ていますからね」
「……重々承知しております」
神妙そうに支店長が頷いた。
それほど深い意味はないけど、やっぱり一声かけとくのが大事なんだよな。
そもそも軌道派は月の代わりに動けるのだが。
神父様は月に代わってお仕置きよってタイプだ。
そしてアンバーはお月様に見せる。
「ただいまー」
「おかえりー」
「……あれ、起きてるのアンバーだけか」
依頼を終えて教会に帰れば、本堂の入り口に近い席にアンバーが一人座っていた。
もう誰も居ない。
翌日の準備も手伝い、軌道派の人たちと一緒に食事まで頂いたら遅い時間になってしまっていた。
支店長は商売人だけあって話し上手で、これから忙しい日々が続くだろうに長々と相手してもらった。
冒険者上がりだとかで、冒険した日々の話はとても興味深かった。
「ファティエルがちょっと寂しそうだったよー」
「それは……申し訳ないことをした」
「あたし怒ってます。あたしと仕事どっちが大切なのっ」
睨みつけようとしているのか、アンバーが眉間に力を入れて目を細めた。
が、全然上手くいっていない。
眠すぎて我慢しているようにしか見えなかった。
「それはね……。お土産貰ったから一緒に食べよう」
「やった。もうおなかすいたー」
「オルビートの名産品も貰ったから先に二人で食べちゃおうか」
持たされた籠からお土産を取り出して見せていく。
本店が外の街だけあってここらでは珍しい物も多い。
やはり興味があるのか、アンバーはその銀色の瞳をきらきらさせながら眺めている。
「小さいけどきれい。これも貰ったの?」
籠から出した陶器の花瓶を手に取って、月光に照らしながらアンバーが呟いた。
お礼だなんだと色々押し付けられそうだったので、この小さな花瓶を有難く受け取って済ませた。
依頼の予定時間を超過したり、軌道派に手伝って貰ったことも関係しているとは思う。
「綺麗な花を貰ったからね。綺麗な花瓶で飾ったらちょうどいいと思うんだ」
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