冒険者ギルド2

 

 木造建築の室内は、陽の光が入りやすいよう工夫されているのかかなり明るい。

 入口近くの壁には掲示板が掛けられていて、依頼書がいくつも貼られていた。

 傍には幾つかの丸テーブルも置かれている。

 掲示板を見て話し合ったり、丸テーブルを前に装備を広げていたりと、人影は疎らだった。

 時間が昼を過ぎた頃なのだからそういう物なのかもしれない。

 中央辺りには横並びにカウンター風の長机が設置されていて、棚が置かれた壁を背にしながら受付の女性たちが書類の処理を行っていた。

 ファティが、あの裏側は酒場になっていて裏口からも入ることができると教えてくれた。

 稼がせた金を回収するためなのか、ゴロツキどもを封印するためなのかわからないが、夜は随分と賑わうらしい。

 よく見れば受付裏にある壁の端の方には扉が付けられているので、そこからも出入りできるようだ。

 

「えっと……ツバキさん、知らない人に付いていっちゃダメですからね?」

 

「心配しなくても大丈夫だってば」

 

 何度も同じ心配をしてくるファティの背を、部屋の隅にある階段の方へと押しながら答える。

 今日はギルド職員を志望している人たちが受けられる講習が2階で行われるとのことで、そのために彼女は来たのであって俺はついでだ。

 本音を言えば最後まで一緒にいてほしいが、予定を曲げてまで手伝ってもらう事でもない。

 ちらちらと振り向きながらも階段を上っていくファティに、頑張ってねと笑顔で手を振った。

 

 

 

 

 

「こんにちは。今日は登録に来ました」

 

 ちょうど切りがいいのか、書類を作成している手が止まったのを見計らって受付の女性に話しかける。

 

「こんにちは。利用は初めてですよね。名前を含めた質問を幾つかと、あと注意などを話しますがよろしいでしょうか」

 

 お願いします、と先を促せば、受付の女性がもぞもぞと動いて巻物を机の上に置いた。

 机の下から取り出したのか。

 てっきり何か変なことをし出したのかとちょっとだけ期待した、ちょっとだけね。

 実は男女逆転世界でした、男が珍しいからやましいことをやっちゃいます、みたいな。

 そうじゃ無いんだな、これが。

 

「まずはこちらに名前をお願いします。……文字の読み書きが難しいようでしたら代筆致しますよ」

 

「書けるので大丈夫ですよ」

 

 名前と、その横に今住んでいる教会名を書く。

 出身地を書いても伝わらないだろうし。

 漢字で秩父山中とか書いたらカッコいいかもしれない。

 いや、カッコよくないな。

 ただのアホになっちゃうね。

 

「ああ、ファティさんと同じ教会の方なのですね。読み書きはどれほど出来るかって教えて貰えますか?」


「どのくらい……。えっと、尺度がわからないけれど、教会内にある本なら写本や翻訳も注釈ごとできますね」


 使い古された写本などには意外と多くの注釈が書き込まれていて、それ自体が解釈に対する資料となったりもする。

 が、如何せん表現や言語そのものが古く、不明のままにされることも多い。

 俺は問題なく読めて書けて、それっぽい雰囲気の翻訳もできる。

 何って、言語系にスキルの大半を使ってしまった冒険者見習いだが?

 

「何か参考になる物を持ってきておりますでしょうか」


「いや、まったく無いですね。教会で行った写本のほとんどは信徒の方々が読む書か、単なる教本ですが参考になりますか?」


「次回持ってきてもらうか、軽いお仕事から段階を踏んでいく形になりますね。ただ、どちらにしても申し訳ないのですが、我々ではスクライバーの分類には時間が掛かるので保留になってしまいます」


 写本などを行う人はスクライバーと呼ばれ、専門職で生計を立てている。

 文字を読み書きする知識を養える層というのは限られているので、人数はそれほど多くないのが現状だという。

 大きなギルドが必要とされるほど仕事が溢れているわけでもなく、内輪で仕事のやり取りをしている現状のようだ。

 冒険者ギルドにはそういう内輪へのコネが無かったり、ホントにちょっとした短期の仕事であったり、ギルド内の仕事の肩代わりとしてなら必要とされている職という認識をしておけば間違いないだろう。

 

「そうですね……。えっと、教会でしか文字を取り扱っていないので、むしろ段階を踏んで仕事させてもらえると嬉しいですね」

 

「教会は文字にうるさいので問題ないとは思うのですが、やはり専門ではないので……」

 

「ああ、いえ。いいんです。後は……教会で時々勉強とか教えてるので間違った言葉とかは使っていないはずですが」

 

「……もしかして算術もできますか?」

 

「ファティに教えているくらいでいいのならできますが」

 

「あの娘に教えられるんですか、それは凄いですね。……そこまで行くと商人ギルドのほうが向いてるかもしれませんが」

 

 確かに算術が出来るだけで引く手あまたかもしれない。

 が、丁稚奉公としての仕事も行う必要が出てくる。

 商人になるにはガチガチに固められた内輪の中を割って入らなくてはならない。

 教会の仕事しながら、というのは酷く難しい。

 すでに丁稚奉公みたいなことしているのだから、ダブル丁稚奉公になってしまう。

 今のところは手が足りない時の手伝い程度がいいので、話を通してくれる冒険者ギルドのほうが良さそうだった。

 冒険者とは一体……。

 

 街に住む人々から依頼があって解決したらお金がもらえるよ、とか。魔物を倒したら素材がお金になるよ、とか。自己責任だから個々人の強さで物事が決まりやすいよ、とか。

 そういう説明をしてもらったり、施設の案内を受け終わると、黒い鉱石を貰った。

 石にしては柔らかそうで、力を込めて何か固い物にぶつけたら割れるなり潰れるなりして傷つきそうだった。

 

「それは新人の証です」

 

「無くしたら冒険者失格の試練ですか?」

 

「いえ、ただの証で、昇格したら別の物が貰えます。ソロの新人はブラックウーズの欠片になっております」

 

 依頼や魔物の討伐を行うと、ギルド内で設定されている貢献値が溜まって昇格できるようになると教えてくれた。

 もっとランクが高くなると綺麗な素材が貰えるので、個々人で加工したりするようだ。

 ドラゴンを倒したら龍殺しとして鱗が手に入るらしい。

 自分で倒したドラゴンの素材を貰うのか……。

 新人が貰えるようなブラックウーズは無くす人はいても、加工する人はほとんどいないようだが。

 

「ありがとうございます。ドラゴンを倒せるように頑張ります」

 

「いえ、出来れば書類仕事を頑張ってください。それだけできっと我々の助けになって貰えます」

 

 竜を殺してみてーなー、俺もなー。

 

 

 

 

 

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