冒険者ギルド1

 

「今日は写本を終えたら冒険者ギルドに行ってきます」

 

「それはまた突然ですね」

 

「興味がありまして」

 

 朝のお祈りを済ませ、神父様と朝食を摂りながら冒険者ギルドに行ってみる旨を伝えた。

 普段から一日の予定を話したりするので、何か問題があれば注意してくれるはずだ。

 やることと言えば日課の写本に、子供たちの勉強を見て、掃除、お祈り、相談……今日は特に決まった予定がない。

 そうなれば、やはり冒険者ギルドに向かうしかないだろう。

 俺は今切実にお金が欲しい、そして冒険者ギルドと言えばお金を稼ぐ場所だ。

 俺の乏しい知識もそう言っている。

 生活している上でも、魔物退治や商人の護衛で報酬を受け取ることができると聞いた。

 

「ああ、なるほど。絵筆や紙を買いたいと言ってましたね。……うーん」

 

 俺の目的に思い至った様子の神父様が、悩ましいとばかりに考え込んでしまった。

 教会で世話になっている人間は中立だから冒険者になれない、みたいな規則でもあるのだろうか。

 ドキドキしながら待っていると、神父様が思考の旅から戻って来た。

 できればいい知らせでお願いします。

 

「冒険者にはなれると思います。……実は私も昔は通ってました」

 

 「隠しているわけではないですが、わざわざ言うほどのことでもないので」と神父様は小さな声で続けた。

 

「……その、悩んでいたのは何故でしょうか」

 

「ツバキくんが死ぬからです」

 

「えっ」

 

「死にます」

 

「えっ」

 

 死という言葉で食事の手が止まる。

 俺には身近なようで、どことなく遠い言葉でもあったからだ。

 神父様はいつものようにニコニコと笑っている。

 

「勘違いしないでほしいのはギルドに殺されるとか、そういうことではないです」

 

「えっと、じゃあどのような理由で死ぬのでしょう」

 

「魔物に殺されると思います」


「……魔物が強すぎって意味ですよね?」

 

「ツバキくんが弱すぎるって意味です」

 

「……学校では評価されない項目ってことですか?」

 

「どのような学校でも弱さが評価されることは無いですね」

 

 「残念ですね」と笑顔で言われたが、ここはファンタジーな世界だ。

 逆転の芽があるはずだと内心で根拠のない希望を抱いている。

 魔法とかあるし、実は何か凄い才能を持っている可能性が俺にはまだある。

 いや、別に弱くてもいいんだが、このままだとちゃんとした画材が買えない。

 お菓子の包み紙や地面に絵を描いて絵描きを名乗る不審者でしかない。

 現状を打破する力が欲しい……!

 

「……訓練をしたら変わりますか?」

 

「そうですね。とりあえず十年ほど訓練してはどうでしょうか」

 

「……達人になってから戦場に出るつもりはないのでやっぱりいいです」

 

「十年もあれば責任ある司祭になれるのに残念ですね」

 

「……やっぱり今日から冒険者ギルドに行きます」

 

 危うく教会の責任者コースを歩まされるところだった。

 他にも候補はいるとのことだが、知識の基礎と奇妙な教養のある俺は向いているらしい。

 LGBTにも理解あるように振る舞えるし、古書の写本と翻訳も出来てしまうからな。

 とはいえ百合はそんなに好きじゃないんだけども。

 ……悪ィな。おれの体が百合に挟まっちまった。次ァ五人で来るといい。

 

「そうですね。無理しなければ死なないでしょう、たぶん」

 

「今たぶんって言いました?」

 

「私が昔使っていた剣や槍があるのでそれを使えばいいでしょう。それに駆除作業以外にも仕事はあると思いますし」

 

「はあ、ありがとうございます」

 

 死ぬと言われてしまって気持ちが萎えつつあった。

 他に平和な稼ぎ方があるならそっちでやりたい気持ちが強いが、どんな仕事にも元締めのギルド(組合)があるのでそう簡単に物事は運ばない。

 結局間口の広い冒険者ギルドを選ぶことになってしまう。

 

「神父様、魔法とかスキルとかあるじゃないですか。あれって俺でも使えたりしませんか。そしたら死ななくなるはずですが」

 

 俺が持つ根拠のない希望、それがスキルだ。

 技能、異能、祝福、聖奠せいてん……。

 様々なニュアンスを含み内包する言葉を、俺はとりあえずスキルと訳して受け入れた。

 何となく受け入れてる程度のふわふわした理解度だが、文化が違うから仕方ない。

 頭の回転が速いことを智慧、身体を上手く動かす能力を運動神経、目には見えない繊細な感覚を才能と呼ぶように、スキルとはこの世界に古来からある何か凄い力の事だ。

 

「ん? ツバキくんは普段から使ってますよね?」

 

「えっ」

 

「言語や算術の行使にスキルが割かれてますよね。元から得意でしたか? それだったら余地はあると思いますが」


 そういえば日本だと英語のテストですら苦労した。

 ここで用いている算術は2桁程度の足し算や引き算が主だが、確かに暗算もかなり早くなった。

 しかも常時発動しているタイプだと、魔法が上手く使えないらしい。

 なので魔法使いにはなれない。

 それにしても凄いな……。

 こんな一瞬で希望が刈り取られるなんて。

 

「えっと、前衛向けのスキルを覚えたりってできませんか?」

 

「スキルは伸ばす物ですからね。筋力が高くなるスキルを持っていれば、そのうち剣技のスキルを覚えることはあります。足が速くなるスキルなら、持久力が伸びたり蹴り技を覚えてたり……」

 

 遠回しにほとんど無理だと伝えられた。

 読み書きが上手くなるスキルで魔物退治とかがメインの冒険者を……?

 天才じゃないじゃん!

 このままじゃめちゃくちゃ身体能力低いじゃん!

 俺前衛やめる!

 

 

 

 

 

 

「いいですか、ツバキさん。今日は登録だけですからね?」

 

「わかってますとも」

 

「えっと、神父様も言ってましたが魔物はとても危ないんですよ?」

 

「大丈夫。ほら、今日はまだ武器も持ってないから」

 

 写本を含めた普段通りの日課を終えたので、今はファティと一緒に冒険者ギルドへと向かっていた。

 場所は知っているけど、一人だと怖いし……。

 繋いだ手にファティが少しばかり力を込めながら注意してくるので、大人しく頷きながら答える。

 神父様に「弱すぎて死にます」って脅されて魔物の討伐に行こうとは思っていない。

 ファティは修道服を着ているが、俺は布の服を着た村人その1といった格好だ。

 街の人たちよりも芋っぽいので、地球から転移とか転生した人がもし居ても俺を同郷だと思うことはないだろう。

 大通りを歩いていれば、見知った顔の人々に声をかけられるので軽く挨拶しながら進む。

 ファティにも挨拶を返すように促せば、たどたどしくも俺と同じように返すようになった。

 

「神父様も心配してました。ちゃんと約束を守ってくださいね」

 

「うんうん」

 

「本当にわかってますか? 知らない人に付いていかないでくださいね。あと魔物の討伐は受けちゃダメです。お金も気軽に貸し借りしちゃいけませんからね」

 

「えっ、俺ってそこまで心配されるレベルなの?」

 

 心外だな、と呟く。

 ファティは困ったように曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

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