命を運ぶ

 

 

 商人一族の故人を祈りで送ったあの後、神父様に頼まれてお遣いをしてきた。

 遺族の様子を見て、時間が経つとアンデッド化するかもしれないので時々お祈りに行くように等の言付け程度だが。

 ちょっと遅くなったが用事を済ませて教会に帰ると、子供たちは神父様に群がって喜びの声を挙げていた。

 今日は何をしたのだとか、そういう他愛のない話だが親代わりの神父様に聞いてもらえるだけで嬉しいのだろう。

 俺も聞くよ、と受け入れ態勢を整えれば、距離を取られてあからさまに避けられた。

 悲しい……。

 

 だが今日は秘密兵器のお菓子があるからな。

 神父様と話したがってる子供たちに割って入るのは避けて、後ほど物で釣ればいいだろう。

 微笑ましいな、と笑みを浮かべれば子供たちから更に距離を取られた。

 お菓子様でわからせてやるから今ははしゃいでいるがいい無垢な子供たちよ……。

 

 俺が住んでいる教会は三つの円形の建物で構成されていて、それぞれがアーチで区切られた廊で繋がっている。

 上から見たら歪な三角の形に配置されており、三つある月を表しているらしい。

 正面の建物が本堂、本堂の後方には住居と倉庫があり、その間に井戸付きの裏庭がある。

 人影も無いので都合がいいと井戸の水で体を清める。

 埋葬は悪い事ではないが、やはりそのままでいるのは気持ちがちょっと落ち着かない。

 神父様もやってるので、埋葬後は俺も倣って井戸の水を被って清めている。

 気軽に入れるようなお風呂がある世界でもないので、体を水で流せるのは有難い。

 少しばかり長くなってきた髪を、手で乱暴にかき分けるように水切りする。

 ふかふかのバスタオルなんて無いから、あらかじめ水気を飛ばさないと布が全然吸ってくれない。

 しっとりした前髪を頭頂に軽く撫でつけるようにかき上げて、干されていた布の服に袖を通す。

 飾り気一つない村人その1って感じの格好になった。

 

 倉庫から写本の道具を取り出して、本堂に戻ってくればまだ子供たちが神父様を囲んでわちゃわちゃしていた。

 色の付いた硝子のような物で出来ている天井は、日中は薄く曇っている。

 それでいて室内が暗くならないほどに日の光が入り込んでいるのだから不思議なものだ。

 本堂の中央では、近くに来たついでに寄ったらしい商人の方が静かにお祈りをしていたので俺も同じようにお祈りする。

 偶像や模倣による祭壇は何処にも無く、室内には何も祀られていない。

 中央には何も置かれていない。

 そこはお祈りするための空間であり、月の光を一番強く浴びるための場所でもある。

 中心の空白を囲むように長椅子と机が設置されている。

 

 この教会は月光派に所属していて、三つの月そのものと、三種類の月光に祈りを捧げる宗派となっている。

 夜も昼も、極夜でも白夜でも、変わらず空にある月に祈るのは当然のことかもしれない。

 細々とした教えもあるが、全ての月が沈むまでに祈ればいいという教えを守るだけで済む月派は商人に人気のようだった。

 全ての月が沈むまで、つまりいつ祈ってもいいということだ。

 多分そんなにお祈りが好きじゃないけど規則は守らせようとした人が作った宗教かもしれない。

 本堂は朝も夜も開いていて、夜間にお祈りしたくなったり、不安や悩みを持った人がいつでも来られるようになっているのも特徴だろう。

 今は薄く曇っている天井が透き通るほど透明になり、月と星の光を増幅して照らされる夜の本堂が俺は好きだった。

 

 

 

 

 

「ほら、みなさん。今日もツバキくんがお菓子を貰ったそうです。分けてくれるみたいですよ」

 

 写本しながらぽつぽつと出入りする人たちに声を掛けていたら、なかなか引かない子供たちに困ったのか神父様がそう言った。

 お菓子が入った薄い紙の小包を振って見せれば子供たちがぞろぞろと……寄ってこない。

 困ったように笑う神父様を見て、俺も笑顔を浮かべて立ち上がった。

 

「そろそろお勉強に戻らないと、俺の隣で勉強させます。今からじゅう数えてから追いかけるので、捕まったら今日は俺から離れられないと思いなさい。……あと勝手に教会の外に出たら三日は笑えない体にしてやりますからね」

 

 冗談交じりに俺がそう宣言すると、子供たちは一目散に神父様から離れた。

 ワーとかキャーとか歓声を挙げることなく、遊びすら全くない真剣な顔で本堂を飛び出していった。

 あんなに全力で逃げられたら捕まえようがないので、諦めてまた写本に戻る。

 その様子を見た商人の方などは「ははは」と笑って帰っていったし、夜番だったらしいシスターは半分寝ていたので横にしておいた。

 俺も子供に人気のある大人になってみたいよ、全く。

 お菓子が貴重な世界で、甘いお菓子を使っても子供から逃げられるの悲しすぎる。

 しょんぼりしながら写本に戻る。

 筆と紙で書くのだから絵を描けないだろうかと考えたこともあったが、やはり用途が違いすぎて叶わなかった。

 紙にインクを吸わせるというよりも、紙に刻み付けて流し込むって感じの書き方が主流になっている。

 つまり筆の毛先が固すぎるし、紙も硬すぎる。

 柔らかい筆は使い道が限られているのか、調べた限りでも驚くほどに高価だった。

 お金、欲しいな。

 ぐぬぬ、と眉間に皺を寄せていれば、ちょうど見知った少女が教会に入って来た所だった。

 手を振って見せると、嬉しそうに駆け寄って来る。

 

「こんにちは。今日もお勉強、教えてください」

 

「こんにちは、ファティ。もちろんいいよ。ほら、こっち座って」

 

 にこにこと挨拶する少女を隣の席に座らせる。

 名前はファティエル、薄い水色の髪は艶があり、瞳も同じように淡い水色をしていた。

 ほっそりとした手足は長く、肌は病人のように白い。

 身長等から予想すると、俺の価値基準だと小学生、多分それの高学年くらいだろうか。

 俺よりも前に、神父様に何処か遠くで拾われて来たと聞いたことがある。

 

「ほら、今日はお菓子もあるから食べなよ」

 

 肌の色と整った容姿が合わさって冷たい印象を持たれやすい彼女だが、包みを渡せば「わぁ!」と普段よりも一段階ほど高くなった声で喜んだ。

 これだよ。

 これが期待していた反応なんだよな。

 

「いくつか貰ったからそれ食べていいよ。後で他の子たちに持って行ってあげてね」

 

「いいんですか!」

 

「いいんですよ」

 

 ワーとかキャーとか、そういう音が付きそうなほどの喜びようだ。

 どの世界でもお菓子は女性の心を掴んで離さないんだな。

 俺も魔法が使えたらお菓子とかも作れそうなんだけど、そういった能力には目覚めそうにない。

 温めるのも冷やすのも、一般人には苦労の連続でしかない。

 

「ツバキさんもおひとつどうぞ……。その、お菓子とっても美味しくて凄いですよ?」

 

「俺は……いや、貰おうかな。凄いのは気になるよね。ご丁寧にどうも」

 

 つい日本で食べたお菓子と比べてしまうのであんまり好きじゃないが、せっかく分けて貰えるのだから好意に甘えることにした。

 貰ったのは溶かした砂糖でコーティングされた焼き菓子だ。

 断るとしょんぼりするし、気を遣って食べなくなってしまう場合もある。

 とても繊細な生き物なのかもしれない。

 俺が食べるのを見て、嬉しそうにファティも食べ始めた。

 

「今日は何かやりたい勉強とかある?」

 

「えっと、隣で文字を読む練習します。……あ、その後で算術も教えてください」

 

「いいよ。算術は外に行って地面にでも書いてやろうか」

 

 素直に頷くファティを見ながら、写本を始める。

 教会の収入源の一つが写本らしい。

 出来上がった写本は読み物や教科書として貸し出したり、希望者には売ることもある。

 知識は貴重なので締め付けが行われているが、金銭によって解決できる物でもあるらしい。

 読み書きは一定以上の知識層に許された特権であり、それ以外にとって価値を見出す物ではない。

 俺は勝手に覚えた。

 基礎は大体覚えたファティがそれでも躓く文字や表現等について解釈しつつ、刻むように文字を書き進めていく。

 書き損じた紙とかあれば筆記具を用いた書く練習もさせられるんだけど、俺は基本的に間違えることがない。

 紙一枚にしても日本よりも高いのだから褒められることではあるのだけれど。

 キリの良い所で一旦手を止め、腕を上げて肩や背も伸ばす。

 首を傾げながらファティも真似して腕を伸ばした。

 

「他の子もファティみたいに素直にならないかな。そうしたら神父様だけじゃなくて俺ともお話したくなったりしないかな」

 

「えっと、わからないです。でも私は素直ってわけじゃなくて……」

 

「うん」

 

「ツバキさんの臭いがみんなダメって……」

 

「えっ」


 俺って子供に人気ないなー、ぽっと出の異国人だからかなー。

 そう考えていたのは余りにポジティブだった模様。

 仲良くしてくれていると思っていた少女に臭いと言われるダメージの大きさはとんでもない。

 同時に、臭さを我慢させてた自分の情けなさに悲しくなる。

 この世界に迷い込んでトップクラスにしんどい。

 ストレスで老けて一気に加齢臭とかが発生するようになったのか、世界を渡った罰なのか。

 望んでもいないのに渡らされた結果の罰だとしたら、あまりにも重すぎた。

 

「自分が臭いことに気づかないおじさんでごめんね……」

 

 しょんぼりしながら謝る。

 あまりの衝撃にぴえんという死語もどきのアンデッドワードを使いたくなるが、そもそもこの世界には生まれてすらいない。

 生まれずの死を迎えたぴえんと臭い俺 VS ダークライ。

 助けてダークライ……!

 

「あっ……。違います。臭いというか、ちょっと変なだけです」

 

 「私は大丈夫です」と慰めてくれているが、臭いおじさんから変なおじさんにクラスチェンジしただけという。

 むしろ変質者っぽさが上がってまずい。

 ぴえん。

 いや、ぴえんは誰にも通じないからひんひん泣くだけだが。

 臭いか変なおじさんがひんひん泣いてたら絵面がヤバそうだ。

 お菓子をくれたのって「お前もう黙れ!(ドンッ!)」をオブラートに包んだ異世界文化だった可能性がある……?

 ひんひんに取って代わられたぴえんと変なおじさん VS ダークライ。

 助けてダークライ……!

 

「それは死臭ですね。……死臭のする人間がお菓子を持ってきたら怖いでしょう?」

 

 「筆の値段を知ったときみたいな顔してますよ!」とファティに揺すられていると、騒ぎに気づいた神父様が駆け付けてそう言った。

 どうやら死臭のせいで子供が寄り付かないらしい。

 光明が見え……見えるか?

 むしろ闇が広がり始めたんだけど。

 

 

「死臭、ですか。でも俺は埋葬が終わったらちゃんと井戸の水を浴びてますよ?」

 

「しかし、他の作業をしようと急ぎますよね。それで清めきれていないのでしょう」

 

「そうかな……」

 

 そうかも……。

 つまり、死の臭いを漂わせながら教会で子供たちにお菓子を配って近づこうとする危険人物が俺ってコト!?

 これは最早ダークライも手に負えないんじゃないかな。

 

「あと辛気臭いですよ」

 

「えっ」

 

「ツバキくん、貴方は辛気臭いです」

 

「えっ」

 

 大事なことだから二度言われたの?

 確かに、とばかりにファティも頷いていた。

 臭さとか変質者の可能性は消えたが、代わりに辛気臭さがエントリーしてしまった。

 対戦相手がころころと変わるダークライが心配になる。

 

「確かに故人への祈りは大事な仕事です。親族に寄り添うのもそう。墓守や司祭としての才能がそうさせるのかもしれませんが、それでも教会にまで持ってくるのはよろしくない。将来有望で素晴らしいことですが、子供たちは敏感ですからその辺がわかってしまうのでしょう」

 

「き、気を付けます。……ところでファティはどうして大丈夫なのでしょうか」

 

「ファティは冒険者ギルドの受付を志望していますからね。時々連れて行ったりしているので、ちょっとくらいなら問題ないのでしょう」

 

「あそこの人は普通に臭いです」

 

 なるほどね、と頷く。

 ファティからとんでもない殺人ワードが飛び出したが、俺には関係ないので流しておく。

 それにしても辛気臭かったか。

 確かにあるかもしれない。

 この世界の墓地は簡素過ぎて引っ張られたのかもしれない。

 次からは笑顔で帰って……それはそれで怖いよなあ。

 

「な、なるべく前向きに明るく帰宅するようにします……」

 

「そうですね。出来る範囲でやってみてください。無理に変えなくてもいいと思いますけど、気づけた内に変化するのも大事ですよ。無理でもそのうちツバキくんに慣れますよ」

 

 俺が変わるより、順応性の高い子供が慣れる方が早そうだ。

 それでも帰って来るたびに子供を驚かせるのは忍びないので、なるべく努力しようとも思っているが。

 俺の決心を見届けて満足したのか神父様はまたお祈りや相談相手のため、本堂の真ん中に戻っていった。

 写本や埋葬の作業を俺が手伝えるようになり、以前にも増して張り切っている。

 気力や活動だけ見ると俺より若々しい。

 

「それで何描いたんですか?」

 

「魚とチンアナゴ」

 

 空になったお菓子の包み紙に試し描きした絵を見せる。

 デフォルメされたそれらは、自分としてはなかなかの出来だった。

 が、ファティが渋い表情を浮かべているのでそうでもないのかもしれない。

 さかなー、ちんあなごー、と下手なパントマイムもどきでどんな生き物か見せたが反応は芳しくなかった。

 

「その、前に描いてくれたうさぎさんのほうが可愛かったです。……ちょっとだけ」

 

 気を遣われてしまった。

 そうだよな、海の生き物は可愛くないよな。

 俺もそう思う。

 

「外で算術の勉強でもしよっか」

 

「やります。……お絵描きしますか?」

 

「描こうかな。一緒に描く?」

 

「っ! やります!」

 

 ファティが、ぴょんと音が出そうなくらいの勢いで跳ねるよう立ち上がった。

 落ち着かせる意味も込めて頭を撫でる。

 指間を細い髪の毛がさらさらと流れてくすぐったい。

 恥ずかしさを隠すようにはにかむファティに、俺は笑いかけた。

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