ツバキくんは絵が得意
にえる
月光の導き
絵で生きていく、そう親に宣言して美大の予備校に通わせてもらったのを覚えている。
夢を抱いているだけで良かった。
何も悩まずに不自由なく絵が描けた。
学業は煩わしかったが、それすらも今では頭を地に擦り付けてでもやりたいことの一つだ。
今では何もかもが簡単には叶わない。
受験を控えた夏、オープンキャンパスに行くのだと家を出て、そして俺は見知らぬ地に一人立っていた。
その時、それまでの全てが夢のような過去となった。
「いいんですか!? やっちゃいますよ!?」
「いいですよ」
「ホントにやっちゃいますよ!? 止まりませんよ!?」
「いいですって」
「やっぱり俺が打つんですか!?」
「そうですよ」
「打てませぇん! 変わってくださぁい!」
「いいから早くやりなさい」
「救いは無いのですかぁ!」
「むしろ貴方が救う側です」
初老の男性に促され、緊張で手に力が入りすぎて震えている。
彼はお世話になっている教会の責任者である神父様で、この世界に投げ出されてうろうろしていた所を拾ってくれた人だった。
教会に住まわせて貰い、更にお手伝い程度の仕事を行うだけで給金までくれている。
これは仕事なのだと、俺は情けない言葉にならない悲鳴のような鳴き声を挙げながらぎゅっと目をつぶる。
そして、置かれている死体の胸に向け、持っていた杭を打ち付けた。
表面が固くなった焼きトマトを、貫いて濾した時に似た感覚が手に伝わった。
殺し屋が標的を処分するときに「料理してやる」みたいな表現する意味が分かった気がする。
死んでから時間が十分に経っていたため、血は噴き出さなかったが、胸部や腹部に溜まっていたらしいガスが漏れ出したのかひどい悪臭を放っていた。
悪臭は鼻だけでなく、目にも痺れのような物を感じさせた。
「くっせ! これめっちゃくっせ!」
「こらこら、ご遺体に失礼の無いようにしなさい」
「ごめんなさぁい!」
漏れ出した臭さに合わせて、つい本音も漏れてしまった。
叱責されてすぐに謝る。
亡くなった人を馬鹿にするようなことを言うのは確かに良くなかった。
親族や近しい人がこの場にいないからといって、悪く言うのが癖になってしまったらコトだ。
死人を笑う人間にも、死んで笑われる人間にもなりたくない。
「ふむ、それにしても心臓を一突きとは。見事な物ですね。うん、腕がとてもいい」
「それは……全く嬉しくないです、神父様」
杭が打ち付けられた死体を見て、ほほほ、と神父様が笑う。
人物絵のデッサンをする際に、まず骨格を意識するようにと予備校で教えられた。
とんでもなく有名なアニメ映画の監督も絵を描く上では骨を意識するのだとインタビューで答えていた。
骨格や内臓、関節等に気を付けて絵の練習を行ってきたが、それが今になって活きている。
死体に杭を打ち付ける形で活きるのはどうかと思うがそれはそれとしてありがとう、先生、監督……!
「これならアンデッドになることは無いでしょう。誇ってもいい腕なんですけどね」
「なんと言われようと俺は絵描きなんです……!」
この世界にはモンスター、いわゆる魔物がいる。
それこそ地球で言う虫や魚、動植物、爬虫類等もいるが、明確に魔物という分類が存在している。
歩く植物、歩く死体、歩く魚、歩く動物……。
全部歩いてるじゃん!
ぱっと思いつくのが歩く魔物ばかりだったが、歩かないのもいる。
体内に魔力を生成する器官があれば魔物となり、基本的に他の生物の延長線上に存在しているようだった。
死体も放っておくと朽ちてくのだが、稀に魔力を取り込んで
こ、こわい……。
「さて、埋葬して遺族の方々を呼んでお祈りしましょうか」
「わかりました」
死体に固めの襤褸布を巻き、予め掘っておいた穴へ丁寧に入れる。
死への敬意もあるが、それだけでは無い。
死体は皮や肉が剥がれ落ちやすい。
それもずるりと、べちゃりと。
今回の死体は血が噴き出ないけれども、まだ新鮮とも言える状態なのでそう簡単に皮膚がズレることはない。
ただし手荒に扱えば話は別だ。
死人の体液は臭いもなかなか落ちないし、汚れもすぐ落ちない。
そういう理由で出来るだけ丁寧に埋葬する。
初めて仕事を手伝った際に、葬式だからと無知の癖に意識だけ高かったせいで、元から着ていた学生服をダメにしてしまった。
あと祟られたら怖いし……。
安置された事を確認し、もう一度木の杭に体重を掛ける。
ちょうど地面に縫い付けた形になった。
そこに、ざっざっざ、と土を被せる。
僅かに盛り上がった土から、ざらざらした布を巻きつけた木の棒が地面から突き出た形となった。
これで故人の居る場所がわかるし、変異してもすぐには暴れられない。
「手際がいいです。……ツバキくん、キミは墓守になれる!」
「なりたくありませぇん!」
集まった遺族と協力して、故人の眠る木の杭の傍に墓石を置く。
名前が彫られているシンプルな石だが、よく磨かれている。
一般的な墓は木の棒で済ませてしまうことがほとんどで、石を用いるのは高価なためそれ相応の資産を持っていた人に使われる。
墓石のすぐ傍、神父様の隣で故人へのお祈りを捧げる。
俺たちを中心に、遺族が円形にお祈りを始めた。
顔の前で両手を組むように合わせ、目を瞑る。
祈る姿は無防備で、何も持っていないことを証明するのがどの世界でも共通なのだろうかと思ったりした。
今回は二人で時間を掛けて埋葬したが、大抵は遺族も作業を手伝う。
幾らか手間賃が浮くし、最期に見送りたいという気持ちの顕れでもあるのだろう。
他にも処理が甘くてアンデッド化してしまい、その際に不運にも顔が腐らずにいると色々と問題になってしまう理由もある。
望まれれば顔にも杭を打ち付けるが、ほとんど需要はない。
故人は商人一族に名を連ねていたようで、その付き合いや親族のおかげなのか参列者は多かった。
商売の途中で故人に祈りに来たと教えてくれた。
彼らは今店番している人員と交代する形でまた店に戻るようだった。
死臭が付くかもしれない埋葬は手伝えない代わりに、事前に少しばかりの心付けを貰っていた。
「月がその魂を穏やかに眠らせてくれるよう、皆で祈りましょう。……月光の導きを」
「……月光の導きを」
神父様の言葉の後に、俺も含めた銘銘が追うようにお祈りの言葉を述べる。
他と違って俺は半泣きだった。
手に残る遺体を貫いた生々しい感触と、漏れ出した臭いでまだ目や鼻がしょぼしょぼしていた。
祈りの途中ですっと涙が流れたりする。
「若い神父様に見送って貰えて叔父もきっと穏やかに眠れます。……月光の導きを」
「ああ、いえ、とんでもない。……月光の導きを」
「ありがとうございます。働き者の友人でしたが、年若い神父様にも惜しまれる人柄だと安心しました。これは私の店で出しているお菓子ですが、後でどうぞ。それでは私どもは帰りますので。……月光の導きを」
「あ、ありがとうございます。いただきます。……月光の導きを」
参列していた親族の方々が、ゆっくりと帰路に就く。
何か勘違いされたのか、帰り際に色々と言葉を掛けられる。
中には店で出している商品を、小さな包みに入れて渡してくれたりもした。
この世界にはどんな画材があるのか興味を持ち、お遣いのついでに故人とは軽く話をしたこともあった。
その際に俺を見かけたこともあるのだろう、今この時に繋げられる商人の記憶力というのは凄い物がある。
交代する形で来た人たちともお祈りをすれば、また同じようにお礼の言葉やお菓子を貰った。
お祈りを終えて、神父様と俺以外がいなくなった墓地の閑散とした雰囲気が物寂しい。
商人だから周囲にポーズを見せる意味もあったかもしれないが、あれだけ人が集まったのだから人望もあったのだろう。
俺はそれがとても素晴らしいことに思える。
誰もお祈りに来なかったり、遺体に向けて祈りの言葉ではなく罵詈雑言を吐く人たちも少なくない。
「そろそろ帰りましょうか」
「はい。……お菓子をいただきました」
「それは良かったですね。彼らも手伝いたかったのでしょう、その気持ちだと思って受け取っておきなさい。……そうですね、子供たちにも分けてあげると良いでしょう」
神父様の言葉に頷く。
教会では身寄りのない子供たちも暮らしている。
仲良くしたいのだが、教会に世話になって結構な期間が経つのにどうにも寄り付いてすら貰えていない。
年齢が離れているのもあるが、やはり何処からともなく現れた俺が怪しいのかもしれない。
最初は謎の言葉を話す挙動不審な人物だったからしょうがないと言えばしょうがない。
お菓子に釣られるといいんだけどな。
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