冒険者ギルド3
「……というわけで『まだ行ける』は『もう危ない』と同義の言葉としてよく扱われるようになりました。冒険者のみなさんも依頼を受ける際には思わぬ事故が起きても乗り越えられるだけの力を残しておきましょう。そうしないと、いま話した『欲張り人狼と運の月』みたいに思わぬところで眠ってしまいますからね」
依頼や討伐帰りの冒険者たちによる輪の中心で、俺は色々な寓話を話していた。
依頼書が貼られている掲示板の近くで作られたその輪は、時間の経過とともに広がっていき、今となっては二重三重と文字通り輪をかけたように並んでしまい、前列から離れようとしない筋肉ムキムキの冒険者たちなどは座って話を聞くほどだった。
ちょうど仕事を終えた冒険者が集まる夕暮れ時で、受付の混雑時と重なったのもあったのだろう。
吟遊詩人や歌謳いなどが含まれるバードの職業が人気を持つように、この世界は娯楽が少ないせいで、物語を話すだけで物珍しく見られたり、有難がられるようだ。
「はい、神父様。……ところで本当に人狼は月を見ると寝てしまうのでしょうか」
「さて、どうなのでしょうか。私は街から出たことがありませんし、人狼と会ったことも無いですからね。そういえば、みなさんも子供の頃は寝る前に月にお祈りさせられませんでしたか? 月明かりには意識や心を穏やかにしてくれる効果があるそうですよ。ヒトよりも感覚の鋭いとされる人狼は、もしかすると月光の安らぎが身近に感じられるのかもしれませんね」
前列に座っている冒険者の問いに答える。
実際の所は言葉通り俺にはわからないが、話の通り眠くなるのかもしれない。
じゃあいつ活動するのかという話になりそうだが。
そもそも満月の夜に人狼へと変身する、みたいな地球の常識とは全く違うからなぁ。
他には、と見回せば魔法使い然としたローブの女性が恐る恐る手を挙げた。
「助祭様、なぜ書いた文字と話す言葉が僅かに違うのでしょうか。『狼』や『人狼』の文字には、言葉として発することのない文字も含まれていますよね」
「いい質問ですが、この場で答えるには難しい質問でもあります。少しだけ答えると、おそらく言葉が強くなりすぎるんですね」
この世界では魔力を媒体として言葉や文字が力を持つことがある。
言霊が宿っているかのように、事象を整えることで発した単語と文字が直結して強い力を発揮できる。
口伝によって受け継がれた古い言葉には強い力が宿ることもある。
これだけ聞くと言葉は怖い力を持っていそうだが、普段用いられているような言葉が力を持つことはほとんど無い。
そういう物だと意識されているし、様々な雑念によって魔力や意志といった方向性が乱れるからだ。
人々が同じ思いを抱いた時、事象が整ったと判断されて力が宿ることもあるらしい。
あまりの貧しさが呪いを呼んで滅んだ国、宗教に寄り掛かりすぎて消滅した国……。
「極端な話ですが、全部強くなると思います。魔法や歌もとっても強くなるかもしれませんね」
「ダメなことなんですか?」
「そうですね……代わりに誰でも簡単に魔法が使えるようになるかもしれないですよ。確かに良い面もあるのでしょうが、悪い面もあります。なぜ文字と言葉は分かたれたのか。分野として取っ散らかっているようなので、体系立てて研究すると面白いかもしれません」
ファティを含めた十数人がぞろぞろと階段を下りてくるのが横目に見えた。
ギルド職員の志望者は意外と多いようだ。
まだ話を聞きたそうな人たちもいるようだが「是非色々と考えてみてください。今日はここまで」と切り上げた。
このままだと際限が無いし、この後酒場で元気に酒盛りするような連中に付き合っていては夜も更けてしまう。
「みなさん、ご清聴ありがとう。また今度お話ししましょう」と何度か口にしながら輪を解消させていく。
少し離れた位置で待つファティは、呆れたような視線で俺を見ていた。
約束通り知らない人には付いて行ってないし……。
「えっと……その、私、注意しましたよね?」
「注意されたねえ」
「なんであんなことに?」
「わからない。……たぶん成り行きか何かだ」
冒険者登録の説明後、ファティと一緒に帰りたかったので、時間潰しと単なる興味として依頼書を見ていた時に俺を知っている冒険者に声を掛けられたのが始まりだった。
仕事を終えて帰って来たその冒険者は「じょ、助祭ひゃま! どうしてここに!? 教会から自力で脱出を!?」と驚きながら近寄ってきた。
話したそうな雰囲気だったので、暇つぶしがてら活動や健康の話を聞いていたのだが、途中から文字の読み書きに悩んでいると打ち明けられた。
軽くなら、と依頼書に書かれている文字と、その文字のあらまし、またどういった意味を持つのかを寓話と交えて話していたら、あっという間に聴衆が増えていった。
その結果が何故か広がったさっきの輪だった。
「あんまりギルドに迷惑かけちゃだめです」
「いや、俺が作ったわけじゃ」
「……だめですよ?」
「うん、だめだよね。原理を理解したわ」
望んで作ったわけではないとも遠回しに告げたが、上目遣いで見つめてくるファティには通じないようだ。
行きと同じように修道服を纏ったファティの顔や頭部は、黒いベールで薄く隠されている。
陽の光にとても弱いので、なるべく露出を控えているためだ。
ベール越しでも十分綺麗なその澄んだ水色の瞳に見つめられると、ちょっとした言い訳も疚しいことに思えてしまうから不思議だった。
繋いでいる手に僅かな力が込められて、すぐさま降参を申し出てしまった。
「ところで、次は何のお話をするんですか?」
「だめじゃないの?」
「えっと、迷惑にならなければだめじゃないです。……だから教会でしたらいいと思います」
「それだといつも通りじゃん。午後はギルドに行くようにするからさ」
「そうですか……」
「一緒に行く?」
「行きます! あ、えっと、行けたらですけど」
しょんぼりしたファティを誘えば色よい返事がもらえた。
俺もアウェー環境だと不安だから、幼いとはいえファティが居てくれた方が安心する。
幼い少女の背に隠れる情けなさよりも、俺は自分の安寧を取りたい。
神父様にも太鼓判を押されるほどファティは人を見る目があるらしい。
羨ましい限りだ。
「都合が合えば一緒に行こうね。……そうだな、次は三つの月の話にしよう」
夜に浮かぶ黄色がかった白銀に輝く月は才能を。
才能の月が沈むと自ら赤く輝く小さな月が努力を。
そして、常に太陽に重なっていてあまり見ることのできない月が運を。
それぞれの月が司っていると信じられている。
「ファティは話を知ってるから聞かなくてもいいとして。……そうだ、太陽に重なる影月がどうやって発見されたか、ファティは知ってるかな」
「教会の天蓋で太陽の光を遮断して発見した、とかですか? えっと、月光だけ通り過ぎるから」
「惜しいですね、ファティエルさん。それは発見されてから応用された運用方法です。正解は、世界の果てを探しに行ったおじさんが見つけた、とのことですね」
「えっ」
「おじさんと言ってもあの有名な月の賢者だけどね。……世界の裏側に月はあるのか、そう言って果てを求めて旅したおじさん。なんと彼は白く冷たい大地で、太陽が二つに分かれていることに気づいたのです。実際は影月が太陽に重なるようにあって、白い大地まで行かないとずれて見えないという話のようだけど。そんなわけで彼は世界の果てで新たな月を発見し、月の賢者と呼ばれるようになりました。その月は太陽の光を僅かに遮り、深い緑の光を放ち、世界を染めたように見えたそうですよ。いつか見てみたいね」
彼はきっとずっと遠くの雪国で、その緑の光とやらを見たのだろう。
真っ白な世界が緑の光に包まれる光景はきっと神秘的で、美しいに違いない。
俺がその場にいたら、絵に描いて見せてあげられるのに。
傲慢にも再現できるとは露ほども思わないが、美しい物があるのだと皆に教えてあげたい。
「私も一緒に見たいですね。……それで、あの、月は裏側にあったのですか?」
「ふふふ、実はわからない」
「えっ」
「自分の眼で確かめてくれ、と書き残しただけなので。彼の書物には度々散見されるんだよね」
困ったもんだよね、と笑ってみせれば。
ファティも同じく何処か困ったように笑った。
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