第18話

 アラマキは女の子。

 静かに雪が降る。


「ええと、聞きたいことが思い付いたわけで。私の知ってる村長さんは村の中と周辺しか行動できなかったんですけど村長さんもそうなのですかね」


「いや、出ようと思えば出れるけどギフトが発動しないからな。ギフトの使用には称号が必要だから活動範囲も狭まるってことだ」


 俺の『上縫』は仕様という世界に存在する知覚出来ない超常を自分に憑依させる強力なギフトだが、薬草や薬汁を捧げないと経験値やレベルを持っていかれるうえに戦闘でしか発揮しないので手軽に使うことが出来ない。

 俺がヒノに住んでいなかったら発動しない無駄ギフトかと思うと恐ろしい。


「じゃあ村長さんの家から何か盗んだら外周を走り抜ければ逃げ切れるんですね!? 機嫌損ねたらとんずらしてでも生き延びる!

。私ったら素敵で狡猾でゴメンね!!」


「今は『龍殺し』の称号を得たから地の果てまで追い掛ける」


 憑依したときは攻撃レンジが称号の範囲に限定されていたが『龍殺し』に換えることで解放される。

 俺は何処にいようとも、もちろん迷宮に入ったとしてもギフトを発動できるようになった。


「引く……。まあ、そうならないように気を付けることにします。範囲が限定されてるギフトってあっちでもこっちでも初めて見ますよ。勇者の私ですらもっと使いやすいわけで」


「だよな。『加速』とかならもっと手軽だったろうし」


 『加速』は羨ましい。

 『加速:壱式』で発動し、弍式、参式と数字が増えることで速度が上がるらしい。


「称号の効果が発揮するのにも範囲があるんですよね? なんか意味があるわけですかね」


「あるんじゃねぇの。考えたことないけど。範囲の起点はこれだけどな」


 称号『ヒノの後継者』はヒノの生活圏で発動するのだ。

 発動限界はヒノの散歩コース(遠)である。


「これ……っていうと座っている綺麗な岩、というか石が?」


「ああ、俺が座ってるのがヒノ。おまえのがシラユキの墓だ」


 座るのにちょうどいい黒い石がヒノの墓、白い石がシラユキの墓である。

 『ヒノの後継者』は薬草を神に捧げる役割であり、ついでに墓守りもしているのだ。


「ひぁっ! なんて所に座ってるんですか! 失礼極まりないことを! 悪気は無かったんで許してください!」


「そんな大袈裟な」


 石に凄まじい勢いで謝っているアラマキを冷ややかに見詰めてやる。

 気にすることでも無いだろう。


「いやいやいやいや、何を言ってるんですか。天罰、というか神罰下るでしょ。どう考えても。死にたくないのにフラグばっか立つんだもん、死にたい……」


「なんか矛盾してるぞ。罰当たりな事なのか。俺の父さんと母さんはよく座ってたし、俺とイコも星を見るときはよく座るんだがな。じいさんもばあさんと座って話してたって言ってたし普通だろ」


 腰掛けてくださいと言ってるような形だし。

 他の村人が座ったら翌日に死んだこともあったが俺に害は無いので大丈夫だろう。


「え、まさか神罰の前に村人さんに殺される予感……っ!! これが神罰とでも言うのか、神よ!!」


「忙しないやつだな」


 ヒノとシラユキは互いを傷付けることのない深い信頼で繋がっていたというし、俺もイコとそんな関係で在りたいものだ。

 というか天罰云々なら形見の剣を取り返さないとダメな気がする。

 

「なんという涼しい顔……ヒノの村長は格が違った……っ!! 村長さんに涼しい顔とか言っといて何ですけど私が寒くなってきたわけで」


「格ならそんな高くないがな。寒いなら部屋に戻れよ」


 ギフト無しで村周辺の魔物と戦闘したら苦戦するくらい微妙なレベルだ。

 迷宮に潜るパーティに誘われたとしても断るのは当たり前だろう。


「まだここにいます。こんなの私の世界じゃ滅多に見られないからね。貴重ってレベルじゃねえぞってくらいヤベーですよ、というくらい勿体ないわけで」


「そうか。まあ、好きにしろよ。上着は貸してやるから」


 夜は冷えるし、雪も降っているので女の子にはツラいだろう。

 サイズはでかすぎるだろうが無いよりはマシってことで我慢しろ。

 

「デレた!? ツンデレだったんですね!? あんなに厳しかった村長さんが見せた優しさ……私、きゅんきゅんきました。飴と鞭のコンビネーションの偉大さを知ってしまった……っ!! 恐ろしい、罠……っ!! どうせ風当たりが強い言葉が来るとわかっていても甘えたくなる……っ!! 惚れた、だから財産ください。全部でいいです。料理のレシピも欲しいわけで。でも私から情熱的に押し掛けてラヴっても村人さんに抹殺されそうなので告白してもいいのよ?」


「そうか死ね」


「死の宣告!?」


 きゃーきゃー言い出すから何かと思って聞いた俺が馬鹿だった。

 むしろアラマキが安定した馬鹿っぷりを発揮したというのだろうか。


「ふざけただけじゃないですか。冗談にしても死ねは酷すぎると思うわけで」


「すまない。心の底からだった」


「辛辣すぎるよ……。もっと私に優しさをください……。私だって幸せになりたいわけで」


 地面に座り込んでイジけだしたので言い過ぎたかと近付くと次々と薬草を盗むアラマキの姿が……。

 おいやめろ。


「殴るぞ」


「もう殴られた……」


 今のは頭を小突いただけだ。

 次はギフトを憑けて全力でかち割る。


「ホントに手癖悪いやつだな……」


「目の前に命が一つ落ちているとするでしょ?。そしたらどうする?。もちろん、私なら拾う。水が流れ出したら止まらないのと同じ。欲望も止まらないでしょ。我慢もそう。つまり私は悪くない。あるのが悪いわけで。だからください。いっぱいでいいよ」


「ぶち殺すぞ」

 

 流れ出す前にどうにかしろ。

 原因を根絶するために息の根を止めてくれってことだろうか。


「すみませんでした。もうしないので許してください。臨戦体勢とか怖すぎるわけで。メラメラめっちゃ熱いんでマジ許してください。ちょ、だめだって。マジやべぇですって。助けて!」


「炎帝が憑いたのに勿体無いな」


 一撃必殺すら狙える強さである。

 実に勿体無い。


「今のはヤバかったわけで」


「おまえが悪い。ああ、今ので聞きたいことを思い付いた」


 何と無く思い付いた。

 せっかくなので聞いてみることにしようか。


「なんですかね。まさかどんな死に方がいいかとかだったら天寿を全うしてポックリと言いたいですけど死にたくないので今の若さを保ったまま永遠の命が欲しいわけで。つまるところ無茶なフリはやめたまえよってことです」


「俗っぽいやつだ……。俺の中での勇者像が変わりまくっている。そう身構えるなよ。聞きたいのは俺らが勇者や冒険者に討伐されるって言ってたよな」


 七国の勇者と冒険者が投入されるとかどんな状況だし。

 過大評価にも程がある。


「詳しく聞きたくなったとか?。仕方ないですから教えて差し上げてもよろしくってよ?」


「いらん。なんだその口調、気持ち悪いな。侵攻が始まったらどっちに味方する?」


 似合わない口調だ。

 滑稽を通り越して可哀想ですらある。


「気持ち悪い……。プレイヤー側って言いたいところですけど、ヒノに付いてあげますよ」


「ふぅん。でも死にたくないんだろ。向こうのほうが良くないか?」


 全体の人数は知らないが向こうのほうが多数なのは明らかだろう。

 それに勇者もいる、有利にしか見えないが。


「言ったじゃないですか、私は義理堅いんですよ。しかも拠点をここに決めたのに攻められてヒノの勇者が黙ってるわけにいかないでしょ?。これでも勇者なわけで。私がいるだけでかなり違いますよ。というか私が加わったら圧勝ですね。勝ち馬に乗るのも大事なんです。数の利で調子に乗っていた勇者たちが倒れている前で私が元気に「ごめんね、CHU 強すぎちゃって☆」とかやってみたいわけで。優越感ハンパないですね。こういうのってありでしょ?。なんかイベントが起きて欲しくなりました」


「なんか邪だな……。まあ、いいか」


 アラマキっぽいというのだろうか。

 下手な言葉よりはしっくりくるので及第点としてやろう。


「え、これって……」


「村を拠点にするんだろ。よろしくな」


 村長としてアラマキを村人に登録する。

 アラマキのジョブに村人が加わったらことになる。


「よろしくです!! 誠心誠意がんばりマス!!」


「村人を、か……?」


 アラマキが新しい村人として加わった。

 イコを拾ったあの時と同じ、雪の降る夜だった。


「ついでに愛の告白をしてくれてもいいのよ?」


「ぶち殺す」


「勇者殺しの宣言されてしまったわけで」


 ただの馬鹿だ。

 馬鹿にしか見えない。

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