第17話

 アラマキは薬草が好きなようです。

 村人は微笑んでいるようです。

 村長は幸せですが悩み事もあるようです。

 雨が止み、空が晴れた。

 明日には川が現れるだろう。


「アラマキ、髪は洗ったか?」


 そんな日の夜には雪が降る。

 白い雪がヒノに。


「魔法でバシャッとやった。加減がわからなくて頭を吹き飛ばすところだったけど、私は元気です。あと部屋の屋根が龍の羽根なのは私への当て付けとかならマジ勘弁してくださいよ」


 黒髪を頭の後ろ辺りで結い上げたアラマキがとことこと近寄り、俺の横に腰を下ろす。

 服を着替えた姿はイコと同い年くらいの少女に見える。

 

 「羽根とか忘れてた。……しかし、女だったんだな」


「女の子の一人旅は危ないかと。それで男装しようと城にいる執事見習いの人の服をパクって着たわけで。貴族のヒラヒラは嫌だし、街に出られないから普通の格好がわからないしで世話係にもいた執事に目をつけたのさ☆」


 キラッとかなんかムカついたが俺は大人なので流すことにする。

 旅するのに執事服を選ぶとかよくわからんがアラマキなので仕方ないだろう。


「そうか。まあ、あれだ。龍や剣が無かったら外に放り出してたな。あと挨拶と勇者の名乗りが無くても外に放り出してたかもな」


「死亡フラグが多いぜ!! もう諦めた。乱立してるのは無視して超頑張ってへし折る。そして過去の私ぐっじょぶ!! 寝起きでテキトーだったけどぐっじょぶ!!」


 仕立ての良い服だが地味なので許したが、もし貴族っぽい服だったら村の外に放り出して死んでもらったところだ。

 やんごとなき身分の方々とやらは面倒だしイコも嫌いなので勝手に死んでもらったほうがいいのだ。「ああ、剣と言えばイコが気に なっていたな。有り得ない精度のレプリカだって」


「村長さんは興味があったりする? 奪ったりする?」


 無いな。

 全く興味無いし、欲しく無い。


「いや、全然。イコが楽しそうだったから何となく、な。イコも自分で答えを出すのが好きだし直接的な事は聞かないだろうな」


「いやいや、予想と全然違うような。それでいて、二人らしいと感じてしまうような。テキストだけじゃわからないものだわ、こういうのって」


 イコが楽しいなら俺も楽しい。

 アラマキはバカっぽいが悪いやつでは無さそうなので無理やり調べる必要も無いだろう。


「俺が興味あるのはアラマキのことだな。かなり知りたいことがある」


「まさか村人さんを差し置いて恋愛ルートに突入!? 私の魅力が引き起こした悲劇!? 中性的で小柄な男だと思っていたが、実は可憐な少女だと知って抑えきれない想いが原因でフラグ建設しちゃったり!? 私ったら可愛くて罪作りな女でごめんね!!」


 食前の手洗いや食器の使い方などアラマキの細かな仕種から一定の水準以上の教育が見て取れる。

 勇者がいる元の世界も気になるが、それ以上に俺の興味を引くモノがある。


「アラマキの言葉はよくわからんのも多いが俺とイコの事を以前から知っているような、そんな言動が節々から感じられる。おまえは何を知っているんだ?」


「スルーされたし甘酸っぱい恋愛は無しだし……じゃなくてそれはですね、あのですね。……やっぱり説明したほうが宜しいですかね?」


 アラマキと俺たちの接点は無いはずだ。

 それなのに見知った風な様子が気になるのは当然だろう。


「そうだな。まあ、嘘でもいいけどな」


「私は義理堅いと自負していまして。そんなわけで助けてもらっておいて嘘はつかないわけで」


 「私だって真面目なときは真面目なのですよ」などと澄ました顔がムカついた。

 真剣な顔なのにやたらと嘘っぽい気がするが、可哀想なので指摘はしないことにする。


「ちょっと長くなりますけど構わないでしょ? でしょ?」


「却下。おまえは話が長いから簡潔にしろ」


 アラマキは一言がやたらと長いし、話がよく逸れる。

 あの勇者とはかなり違うようだ。


「なん……だと……。なるべく省くんで勘弁して欲しいわけで。話す前に村長さんの名前と村人さんの名前を教えてもらえるとありがたいかなぁ、と」


「ああ、そういえば聞きたそうにしていたな。俺の名前はヒジリ、見ての通り人間でヒノ村の村長。で、食事のときにも一緒にいた少女がフォックステイルのイコ。唯一の村人だ」


 イコの見た目は獣人の狐族なのだ。

 ヒト型も綺麗だが獣型の彼女は胴と足がスラリと細長く、銀色に輝いていて美しい。


「唯一? ヒノ村は廃村のはず……。ああ、もしかしてこれが占拠なのかな……。ええと、勇者と戦ったとかは?」


「無いな。勇者に興味も無かったが折り合いが付かなかったら戦う機会があるかもな」


 イコも好きにしろと言ってくれたが話し合いで解決できそうなら交渉したほうがいいとも思う。

 無理そうならパーティを毒殺して不意討ちで優勢に持ち込んで戦闘の流れでいくかもしれない。


「ううむ、βテストのラスト直前って感じかな……。まあ、いいや。アルフアの勇者・アラマキが村長さんにご説明しましょう!! あ、でもアルフアから逃亡してるしアルフアの勇者()じゃね? というかアルフアの勇者とかチョー嫌なんですけどー」


「おい、逸れてんぞ。しかも思考が漏れてることも多いし。嫌ならヒノの勇者とか名乗ってろ」


 語句の多さと逸れる話、駄々漏れの思考はコイツの話術か何かかと疑いたくなる。

 ヒノ村の勇者とか弱そうだな……。

 いや、ヒノに悪いか。

 

「称号が『ヒノの勇者』に書き換わるとか神さまがリアルタイムすぎて流石村長さんというべきか、むしろ通り過ぎて怖い。いや、村長さんも睨まないで下さいよ。ちゃんと話すんで。あれですよ、考えることが多すぎて口に出さないと纏まらないというか。あとは久しぶりに話せるから嬉しくなって饒舌になっちゃうのと生来のモノです。赦せ村長!!」


「はいはい、わかったから話を進めろよな」


 アルフアでは軟禁状態で息の詰まる思いだったらしい。

 好きなように喋らせてやろうとも思うが話が逸れるのはダメだ。


「申し訳ないです。とりあえず勇者というのは異世界から召喚されるわけで。その召喚先の世界でネトゲ……。ええと、物語を舞台にした箱庭を共有して複数人で擬似的に生活を体験できるのですよ。つまり世界を作って第二の人生的な。ここまではおーけー?」


「何となく」


 勇者の世界では遊ぶための世界を作り出せるという創造神クラスのことが出来るらしい。

 何のことかわからないが関連性があるのだろう。

 

「その物語が関係するんだけどね。私がやってた物語がこの世界によく似ている世界だったわけで」


「え、まさか私が創ったとか言い出す展開?。だったら自殺するわ」


 こんなやつが創った世界とか嫌すぎる。

 でもイコを残すのは嫌なのでアラマキを殺すことにする。


「ちょ、なんか殺気がヤバい。村長さんの勘違いで私がヤバい。そんなこと言わないから落ち着いて……。そのクワをゆっくり下ろすんだ。殺人なんて虚しいことはやめたまえよ」


「冗談だ。アラマキにそんなことが出来るわけがない」


 鍬をしまう。

 ホントだったら全力だったが。


「マジで死亡フラグが多すぎる……。地面に落ちたクワが消えたとか気にならないレベル。決して地雷は踏まない。もう話を進めてもいいでしょ?。私は死にたくないのよ……」


「カッコつけた話し方するからだ」


 要点だけで話してもらいたい。

 何なら百文字以内とか。


「なんと辛辣なことか……。もうパッと話しますけどその世界に村長さんと村人さんがいて物語の最後の敵として立ち塞がったので七国の勇者と私のように物語に参加していた人に倒されたってことです」


「え、アラマキが俺を討伐? いいぞ、表出ろ」


 もう表ですよ、ならば死ね、おのれ裏切ったな、冗談だ、はははこやつめ、などと適当な言葉の応酬。

 作られた物語に似ている世界で敵だった人物に助けられるとはどんな気分なのだろうか。


「私は倒していないけどね。つまるところ、物語のシナリオと比べていたというか。進行を確認していたというか」


「で、どうだった?」


 俺が問い掛けているのは世界が似ているかどうかだろうか。

 それともシナリオとやらの進行だろうか、自分でも曖昧だ。

 

「世界はそのまんまっぽいのにアルフアの勇者が私だった時点でなんとも。シナリオも微妙。何故なら私がいるから」


「自分が乱してたら世話ねぇな」


 ダメだこいつ。

 早くなんとかしないと。


「似た世界は似てるだけなんでそれくらいがちょうどいいかなと。シナリオを盲信すると突然ズレが生じたときに焦りますからね。村長さんが興味あるなら始まりから終わりまで詳しく話しても良いですよ?」


「いや、いらんな。興味ない」


 似ているだけで本物とは違うのだから知る意味は無いだろう。

 知って何になるというのだ。


「そうでしょうね。知りたがる村長さんとか想像がつかないし。実はもっと魔王みたいな人だと思ってたのに普通で微妙な気分になったわけで。村長の一撃、プレイヤーは死ぬって感じで」


「いや、よくわからんが。魔王みたいなってどんなだし」


 アラマキの知っている俺は群がる超上級の冒険者を一撃で蹴散らし、勇者を優先的に殺しまくっていたとか。

 なにそれこわい。


「デスペナ祭りとか運営マジ鬼畜。報酬は陣地と称号だけど結局は倒した人の総取りだから損失でかすぎだし。というか片側を放っておいたらフル回復する理由がコレとは……」


「おい、薬草を勝手にむしるな」


 忌々しそうに薬草をむしるアラマキ。

 次々と手に取るので頭を小突いて止める。


「あー……。こんなにあるんだからいいじゃないですか。ケチだなぁ」


「そこにあるから貰っていいっていう勇者の考えはやめろ。そういえば聞きたいことがあるって言ってたが何だったんだ?」

 

 勇者は欲しいモノを自分の物にする手癖の悪さがあるから気を付けないといけない。

 あんなに必死だったのだから重要なことだろうか。


「いや、もういいんで。色々と考えて生きようと思ったけど自分がいるだけでズレるとかどうでもよくなってしまうわけで」


「そうか」


 金色の薬草に積もる雪を見るのが俺は好きなのだ。

 月明かりに照らされた雪が輝く風景は幻想的である。

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