第16話

 アルフアの勇者アラマキ表出ろ。

 エーティルフィアの勇者シンカイ表出ろ。

 イコ女神超え余裕でした。


「で、卑しくも我が家の食卓についてるアラマキは何が聞きたいんだ?」


 薬草のサラダを出したらアラマキがいきなり「それをたべるなんてとんでもない!!」と叫んだので黙らせるために無理やり口に詰め込んだ。

 金ぴかに輝いているのであまり美味しそうでは無いが一日の疲れが吹き飛ぶので食べている。


「うわぁ、私ってフル回復系のレアなアイテムって出し惜しみして結局ラスボス戦でも使わないのよね……それがサラダで出されるなんて……甘く見ていた……っ!! 無意識にこの世界を見下してすらいた……っ!! インベントリとかなぜか倉庫に繋がるし、とりあえず何枚か貰っておこう。ドレッシングかかってるけど……。いや、戦闘中に美味しく回復できるってプラスであれどマイナスじゃないし。しかも戦いながら霊薬を美味しそうに食べてる勇者って可愛くね?」


 この駄勇者はホントに人の話を聞かないやつだ。

 手に取った薬草が次々と消えるのは何かの魔法だろうか。


「魔法、でも無さそうだね。ギフトにこんなのは無かったし。……スキルなのかな。商人なら似たのがあるけど、でも違うよね。なんだろう……。はい、もう一個あげるよ」


 イコは勇者の消失魔法に興味津々だ。

 次から次へと俺特製の薬草シリーズ(サラダ、汁、ジャム、キャンディ)を渡しては消える様を嬉々として観察し、渡されているアラマキも何故かノリノリである。


「ヤバい、マジヤバいわ。これだけあれば流石に死ぬことなんて無いでしょ 不死身のアラマキさん伝説が明日から始まってしまうわ……え、なに? なんか言った?」


「表出ろ、クソ勇者。伝説が始まる前に俺が人生を終わらせてやるよ」


「まあ、勇者は死なないんだけどね」


 上位の仕様が憑いたときの鍬は地割れを起こすくらい簡単なのだ。アラマキの頭なんてそこらの魔物と同じように薬草を磨り潰す感覚で潰せるに違いない。


「うわっ、悪寒でぶるっと……。冗談だってば。村長さんは怖いなぁ……。ほらイコさんを見習ったらどう?」


「勇者がボクの名を呼ばないでよね。今代の勇者の中で最も早くこの世界とお別れすることになるよ?」


「ひえっ……。む、村人さん?」


「それなら許すよ」


 アラマキに渡す直前だったジャムが容器ごと砂のようになり、サラサラと机に小さく積もる。

 にこにこと微笑んでいるイコを見たままアラマキの顔色は青ざめている。


「で、聞きたいことってのはなんだ?」


「まさか忘れたとか言わないよね?」


「ひぁっ!! いや、あの、それは……。聞きたいことは、えっと……名前? ……そう、名前が聞きたい。……あ、まさか名前を聞いて死んだりとか!? 無いでしょ!? 無いでしょ!? 名前聞いたら死亡とかそんな無理ゲーじゃないよね? 死んで覚えるとかじゃないよね? ネトゲ世界で私だけ死ゲーじゃないよね? 他の勇者みたいに冒険していいんだよね? お願い、神さま。テスト前にしか祈らないし、家は仏教だけど私を助けて。あれ、でも勇者って神様が誕生に関与してない存在とかそんな設定が。いやいや友好的な神様もいるから助けてくれるはず。たぶん、おそらく、きっと……。ダメかもしれない……」


「名前聞くだけでそんな必死になられても困る」


「泥人形たちの欲望が神に祈るとか哀しいモノを見てしまった気分だよ。不運や不幸な勇者は数あれど、歴代で最も可哀想な勇者はアラマキかもしれないね」


 イコが言っている泥人形とはヒトを示しているらしく、最近ではあまり言わなくなったがそれでも時々は泥人形と呼んでいることがある。

 俺やイコは泥人形では無いそうだ。


「で、名前だっけか。教えてもいいぞ」


「ほ、本当!?」


「ただし聞いたら死ぬけどね」


 エリエリレマサバクタニとか言いながらアラマキが崩れ落ちた。

 薬草をもしゃもしゃして見守る。


「勇者なんで死なないからだいじょーぶ。ちなみに『神よ、何故私を見捨てたのですか』って意味で私が持ってる剣の一つに銘もあるわけで」


「余裕あるだろ」


「それを持ってるってことはアラマキは神に見捨てられるってことじゃないの?」


 立ち上がってすぐに飯を食べ始めるアラマキを白い目で見るが気にせずにパクついている。

 が、イコの言葉に焦りだした。


「え、いやまさか無いでしょ? そういうの関係ない、はず……だし? あるぇー? いや、でもギフトあるから一応神さまも私に目をかけてくれたわけで。それともゲームとは違うとか? 無い無い。……でも見離されてた場合はヤバいし。うわぁ、やっぱり無理ゲーかもしれない……。でも生きてるし大丈夫、と考えないとやってられない」


「なんか悩んでるみたいだな」


「色々あるんだろうね。でも勇者については記録があんまりないからわからないことばかりだよ。脅威になったことも無いからほとんど調べてないし、ここにずっといるから最近のことはサッパリだし」


 調査に特化したイコの同胞が色々と情報を集めているが勇者についてはあまり調べていないらしい。

 資源のある土地の奪い合いや戦争でいつも勇者同士が殺し合うので調べる必要性は皆無だったからとか。


「でも村長さんの近くにいれるって事は神さまも黙認してるって事だし案外大丈夫だったり……。とか思わせて鬱展開も有り得る。うわぁ……。どうしよう、うわぁ。とりあえず交戦前らしいってことしかわからないし聞いてからじゃないと。腹をくくるしかないね、展開的に考えて。βシナリオのラスボスを二人でやってたようなぶっ飛んでる村長さんと村人さんだし非常識を乗り越えるくらいの気概で頑張るのよ、私。女は度胸で貧乳はステ、毒を食べたらおかわりして三杯目をそっと出す、やらないより殺られて真実を知る、ってくらいで逝くしかない!! さあ、私を殺して!! あ、出来れば優しくお願いします」


「いや、決意を固められても意味わからんし」


「うん、頭おかしいよね。カチ割って薬草入れてあげたらいいかも」


 グッと両手を握り締めてさあ早く、なんて言われてもどうしろと。

 あと髪の毛が薬汁で金ぴかのままだがいいのだろうか。


「え? 私が死んだら名前を教えてもくれるんでしょ? だから一息で殺っちゃってください。出来れば村長さんが良いです。村人さんが殺ったらマジでヤベーです。私よりレベル高い人が砂みたいなエフェクトを残して即死したのをこの場で再現されても困るので村長さんに優しく殺ってもらったほうが安心。攻撃された瞬間に霊薬呑むけどいいでしょ? その一死で勘弁して。土下座するんで。全力でゲザるのでお願いします」


「いや、殺さないから。冗談だからな」


「うん、冗談でもいいよ。勇者は処理するのが大変だから」


 喜んでいるアラマキがうるさいので薬草を口に詰め込んで黙らせる。

 イコが食べてるんだからゆっくり眺めさせろ。


「死ぬ決意までした食事でレベルアップしてしまった……。何故だし。まさか私の決死の覚悟が生存本能により云々とかなんとかは絶対に有り得ないですね、すみません」


「薬草……が使われてて有り得ないほどのエーテルで構成されてるからね、この料理。高位の魔物を倒して経験値を稼ぐよりも割はいいんだけど高純度すぎて弱かったら耐えられなくて死んでたよ。龍とも戦えるし、普通に食べられるし、アラマキはかなり高レベルだね」


 エーテルとは魂を構成する基礎であり、吸収することによって存在の格が上がるのだとか。

 格をレベル、他の生物のエーテルを吸収することを経験値を稼ぐなどが冒険者の用語であるらしい。


「最後の晩餐になるところだった。自然な不意討ち……っ!! 油断しなくとも死にかける……っ!! 死亡フラグが多すぎていつの間にか折れてるを実践してる気分です」


「煮汁やジャムなんて更にエーテルを搾って結晶化させたような代物だからね。自信が無かったら口に入れないほうがいいよ。ほとんど賢者の石の一種だし」


 エーテルは神様を構成しているうえに好物のようなものなのでギフトを使うと持っていかれるが収穫期に薬草を捧げると持っていかずに憑いてくれるし、汁やジャムなどに加工すると喜ばれる。

 薬草は一年中摂れるので持っていかれることなんてほとんど無いが。


「蘇生アイテムが存在しているとは……。うわぁ、この煮汁のアイテム名が『エリクシル』だ。飴は『第五実体』、ジャムなんて『大エリクシル』、完全に賢者の石です。気軽に呑んだら不死になってしまう……? 村長さんて錬金術師なの? 私の現実が崩壊寸前です」


「まあ、第五元素のエーテルで構成された霊薬で作ったモノならそうなるよね。今は調味料にまで入れてるし。普通は煮詰めることすら出来ないけど、それすらも乗り越えて母のために物心ついたばかりの少年が作ったってところが凄いよ。ちなみに死亡直後なら蘇生できるし、不死とはいかないが魂の劣化は抑えられるよ。台所にある食材のほとんどは霊薬が入ってるかな」


 整った眉とつり目がちで少しキツイ印象を与える金色の瞳に宿る慈愛はさながら地母神のようであり、瑞々しいぷるんとした小さな唇が色気を感じさせ、つやのある形の良い鼻と透き通った白い肌が全体のバランスを調え美しさの中に可愛らしさを感じることができる。

 背中を流れるようなさらさらの長い銀髪、そして狐耳と九つの尾が光を反射して淡く輝き、一思いに抱き締めてしまいたくなる愛らしさとそっと消えてしまうのでは無いかと思えるほどの繊細さのアクセントになっていて、村や国・世界で一番だとかそんな小さいことに拘っているのがバカに思え、イコを唯一の美として讃えたくなる。


「なんかこの家が怖くなってきた。霊薬の栽培してるし死者蘇生とか企んでいるんじゃ……」


「アラマキは解るのにシンカイは気付かなかった。同じ世界から来てるはずなのに違いがあるのかな。栽培というか使徒が神のために……。ああ、そうか。ヒノって何だったか忘れてたよ……。それで死者蘇生は試したら失敗、別の何かになってね。飴を魂とした魔物になってしまったんだよ」


 キツネ型も可愛いし、ヒト型も綺麗だ。

 どちらも良いので迷ってしまう。


「アーアーきこえなーい。情報ばっかりでお腹いっぱいです。……村長さんが村人さんを見つめたまま固まってるけど幸せそうだよね」


「ふふ、そうだね。苦労は人知れず、努力は人一倍。それでも笑っていてくれるのが嬉しいよ」


 イコは昔から変わらずに綺麗だ。

 だが俺は変わっている、変わってしまう。


「話も逸れすぎたし、お開きにしようか。そっちの奥の部屋が空いてるから好きに使ってね」


「ああ、はい。じゃあありがたく借りますね。村人さんはどうするの?」


 このままではイコを置いて先に行ってしまう。

 いや、置いて行かれるのが……一人になるのが怖いのだ。

 

「ここにいるよ。彼は何時も能天気なのにボクのことで変に悩むからね」


「ふーん?」


 何か無いものか。

 イコの隣にいるのが、難しい。


「自分のことは何も悩まないのにね」


「確かに。霊薬を薬草って言ってたり、料理して賢者の石シリーズを作るとか自由すぎる。全てに関して隙と死角だらけなのに勝てる要素が無い気がする」


 望むことは叶えられる。

 イコが言っていた。


「今日の内にどうしても聞きたいなら夜に村の中心に行けばいいよ。ボクは寝てるけど、彼は起きてるから」


「うーむ、どうしようかな……」


 全ては廻り合わせだ。

 引き寄せることも、もしかしたら……。


「好きにしなよ」


「うん、好きにしますとも。奥の部屋に行くわ」


 うひゃー、イコさんマジ女神。

 微笑まれると爆発しそうになる。


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