第11話

 マグの家、焼失。

 止まない雨。

 染み抜き。


「こうやって薬草の煮汁を使えば紙が金色になるから高級感も増すわけだ。汚れも誤魔化せるから高級紙として使えるかもしれない」


「……君は何をやっているんだろうね。中央の宮廷魔導師が見たら気絶するに違いないよ」


 薬草の煮汁で紙を洗うのはいけないことなのだろうか。

 薬液塗布禁止令……は絶対に無いな。


「呆れられる理由がわからないんだが」


「世間知らずって罪だなぁと思ってね」


 イコはいつもと変わらずにこにこしている。

 バカにしているのかと思う言葉を言ってくるが、表情は楽しそうだ。

 

「村以外だと周りの森しか見たこと無い俺はどうせ世間知らずだよ」


「ああ、機嫌を損ねちゃったかな。ボクに聞いてくれたら教えるから気にしなくてもいいのに」


 俺が不貞腐れても変わらずにこにこしているのだ。

 彼女にとっては面白いことなのだろう。


「事前にいろいろと教えてくれよ。そしたら俺も覚えるから」


「君は知らないことが多すぎて、教えるのも大変なのさ。それに先に教えてしまうとボクがつまらないよ」


 始めてみるモノに驚く俺を見たいらしい。

 意地の悪いやつである。


「いや、それでもだな……」


「それにね、頼られるって嬉しいことなんだよ?」


 金色に輝く瞳に真っ直ぐ見つめられると、気恥ずかしくなる。

 イコは恥ずかしいやつなのだ。


「教えてくれって頼んでいるのだけれど」


「ボクは説明が苦手なのさ。本物を見ればいいのに説明するなんて無駄な事はしたくないからね」


 どうやら教えてくれないようだ。

 実際に中央に行ったらいろいろと教えてもらうことになるだろう。


「ところで薬草を……大きな音と揺れだな」


「左隣の家のほうからだね。見てこようよ」


 阿婆擦れの家から音がした。

 雨が降っているというのに迷惑なやつである。


「俺の家に落ちてこなくて良かった」


「そうだね。この巨体だと家なんて簡単に潰されるから運がよかったのかもしれないよ」


 住人がいない家で良かった。

 建っていた家は巨大な魔物に潰されて見るも無残な状態だ。


「初めて見る魔物だな」


「そうだろうね。龍なんてモノは地上で滅多に見れるもんじゃないよ」


 この巨大な魔物は龍らしい。

 膨大な魔力は立っているだけでも吹き飛ばされそうだ。


「至る所に剣が刺さっていて、深い傷も負っている。羽根なんて片方もぎ取られているし。今にも死にそうだがどうなんだ」


「瀕死だろうと注意したほうがいいよ。できれば勇者以上の称号持ちが対応すべきなんだろうけどね」


 勇者はすでに中央にいる。

 こういうときに命を張るのが勇者だろう。


「国が呼んだ勇者様は物品と人手の補給を行い旅立ったとか間が悪い」


「どうせなら龍の命を盗んでいってほしかったね」


 身の上を明かさずにふらりと立ち寄った旅人を村人は優しく家に泊め、その旅人は旅立つときに人知れず災厄を呼び寄せる龍を倒し、村人が追いかけてお礼を渡そうとしても一宿一飯の恩義だと言って立ち去る……。そして数か月後に気付くのだ、旅人は勇者だったことに。

 みたいなことがあったら間違いなく惚れる。


「無いな。夢すら見れないとか現実は厳しい」


「勇者だって人間だからね。人間に理想を抱くのは愚かな事さ」


 根元は普通の人間と同じなのだから、どれだけ神格化しようとも性質は変わらない。

 イコはそう言いたいのだろうか。


「居座られても困る。暴れられても困る。面倒だが討伐するか」


「国からの依頼だったら富も名声も権力も一度に手に入る出来事なのに。人知れず終わる龍殺しとか前代未聞だね」


 放っといても死にそうだから放置しようかと相談したが却下された。

 自暴自棄になってブレスを撒き散らされたら村がホントに滅んでしまうらしい。


「俺がやるからイコは後ろで応援な」


「おや、手伝わなくてもいいのかな」


 村長の力を試してみたいのだ。

 村を守る村長は無敵に違いない。


「村長は村と村人を守るのさ」


「うんうん、応援してるから頑張ってね。でも弱いのが来たら助けるからね」


 イコがにこにこしながら後ろに下がる。

 村人だろうと村長だろうと運次第なのには違いが無い。


「まあ、運次第だな。そういうのは神様に祈ってくれよ」


「ボクが神に祈るなんて、君のため以外は有り得ないんだからね」


 イコは祈らなくてもいいのだけれどそれでも祈ってくれるのはなんとなく嬉しい。

 出来れば神様クラスの仕様を引き寄せたいところである。


「『雨妖精・プウカ』が憑いたわけで」


「ボクの祈りを無視した神は滅んだほうがいいよ」


 すごくイイ笑顔で危ないことを呟くイコを無視して龍に向かう。

 妖精で龍に勝てるのだろうか。


「妖精ステに降雨補正も入るがどうだろう」


「弱ってるし大丈夫だと思うよ……多分」


 イコも推してくれてるし大丈夫だろう、多分。

 とりあえず薬草の煮汁を使えば死ぬことはない。


「もっとカッコよくて使い勝手のいいギフトが良かった」


「贅沢な話だね。神官が夢にまで見る憧れのギフトなのに」


 そんな凄いギフトだったのか。

 それでもマグの様に加速で無双してみたいのだ。


「俺の夢は加速を使うこと」


「神官の憧れを村長が持つなんて人生は儘ならないね」


 そんなことを言っているイコはやはりにこにこしているのである。

 雨が降っているのがそんなに嬉しいのだろうか。


「じゃあ、頑張ってくる」


「うん、頑張ってね」


 血だらけの身体を引きずって威圧する龍を前にすると危機感を覚えるが、イコに良い所を見せるために腹に力を入れる。

 そういえば龍って美味いのだろうか。

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