第5話その3

 ゆきツバキは、あの時にブックマークしていた小説が今も残っていることに驚きを隠せなかった。


 内容はリズムゲームを題材とした現代ものという事だが、アクセス数は……という感じで、マイナー作品ともいえるかもしれない。


 そして、名前の雪ツバキに関しても、実はこちらの作品がヒントにはなっていたりする。


「さて、どうしようか」


 小説の登場人物の名前を借りたい、と直球で言っても場合によってはダメだといわれる可能緒性があるだろう。


 使用用途がバーチャル配信者のアバターなので、なおさらだろうか……。


 仮に小説が書籍化でもしたら、そちらとの関連性も疑われてしまうだろうし。



 一方、ガーディアン側に関してはメンバーの一人が本格的に動き出そうとしていた。


「いよいよ、起動開始……と言ったところか」


 パソコンに表示された忍者タイプのアバター、タケで彼はダンジョンしんのダンジョンへと向かう。


 しかし、ダンジョン神のダンジョンへの調査はガーディアン全体で決まったものではなく、別の意味でもタケの潜入調査は先行部隊という要素が強い。


 ダンジョン神のダンジョンの場所は特定済みなので、あとは向こうの出方を待つという展開だが。


 タケの外見は忍者とはいっても、ベースとなっているのはくノ一に近い。そして、ガーディアンのメンバーは男性である。


 つまり、このケースではバ美肉配信者という事になるだろうか。


(しかし、忍者の外見をした配信者は多いものだな)


 タケは早速ダンジョンに潜入し、そこで忍者の外見をした人物が自分以外にも多い事実に驚く。


 むしろ、忍者構文の盛り上がりが理由で忍者が多くなったのでは、という説も疑われるレベルだ。



 ツバキの方は、小説の作者へメールを送ることにした。


「これで許可が得られるのだろうか?」


 ツバキとしては許可が得られるのか……という不安はある。


 それでも許可がとれなかったら別の名前を使用するという別案は作ってあるので、その心配はない。


 あの名前は別の意味でも思い入れがあるので、可能であれば……と。



 メールの返事に関しては、10分ほど経過してから届く。


 丁度、ツバキがアバターのカスタマイズを進めているところだったので、タイミングとしても良いのかもしれない。


【現段階で、書籍化はしていないので名前を使うのであれば問題はありません】


【自作発言はNGですが、可能であれば読み仮名は変えてほしいかな、とは思います】


【同姓同名のキャラが他作品で登場するケースは、小説以外でもよくある光景ではあるのですが……】


 内容に関していえば、名前の使用自体は問題ない、とのことだった。


 自作発言はする気はないので問題はないが、読み仮名を変える必要性があるのか、と。


 確かに同姓同名で読みも一緒だとしたら……というのはある。


 バーチャル配信者としてメジャーになったら、色々と心境が複雑になるので作者の気持ちもわからなくもない。


 仮に炎上系配信者になったら、それこそ……。



「名前は、こちらにするか」


 読み仮名は変えてほしいという作者の意向を尊重し、バーチャル配信者としての名前が決まった。


 現状ではダンジョン神のダンジョンのみになると思うが、何とか配信者としてはスタートラインに立ったといえる。


『雪華ツバキ、参上!』


 新たな忍者VTuber、雪華(ゆきはな)ツバキの誕生の瞬間でもあった。


 しかし、今すぐ活動するには下準備が足りない。


 今回は名前を決めて、少し起動テストする位で終わるだろう、とは考えている。


 ゲーム配信で使用しているもので流用できる機器はいくつかあるのだが、それでも姉からレンタルする必要性だってあるだろう。


 本格的なバーチャル配信者をやる予定はないので、最低限の箇所で動けば……という事でネットショップをいくつか検索してみる。



「やはり、バーチャル空間用のゴーグルは必要か。ダンジョン神のダンジョンでは、不要だと思ったが」


 ツバキの懸念は的中し、バーチャル配信者のアバターと連動させる為にも専用ゴーグルは必要だった。


 ゲームをプレイするのとは感覚が一切違う。


 解説サイトによると、モーションキャプチャー的なシステムを使用できるらしいが、2階でそれをやると下の階に音が響くのでは、とも思う。


「今日の所は、動画でも……?」


 動画サイトで、ふと『バズり』をしている動画をツバキは発見する。


 その内容はダンジョン神のダンジョンを紹介する動画で、少し前に100万回再生を記録していたような動画だった。


『リアルのダンジョンでは、大手以外はほぼ撤退しているのですが……その中でこのダンジョンを発見しました』


『このダンジョンを、私はダンジョン神のダンジョンと名付けたいと思います』


 バーチャル配信者のこの動画が炎上していたことがきっかけで、ダンジョン神のダンジョンがピックアップされた。


 いわゆる【同業他社が炎上させた】や【この炎上自体がダンジョン神のマッチポンプ】というようなつぶやきも拡散している。


 彼自体は活動休止にはなっていないが、この動画とダンジョン神の関係を問い詰められたのは言うまでもないだろう。


 それ位の炎上行為が容易に想像できるような、強い口調で発言していたのは……彼の自業自得かもしれないが。


「ダンジョン、神?」


 ツバキは、あの時の事を思い出す。例のダンジョンを教えてくれた人物だ。


 今を思えば、あの人物に色々と不自然な箇所があったかもしれない。その一方で、具体的に不自然な箇所を特定はできないのだが……。



 この動画に関していえば、確かにダンジョン神と名乗る人物が動画を巡回した形跡はある。


 しかし、これがまとめサイトなどによる『なりすまし』のダンジョン神であることは、男性配信者も気づいていない。


 それが炎上したきっかけなのかは、別の話になるのだが。



 8月2日、ゴーグルに関しては家電量販店にもあったので、そちらを購入する。丁度、夏休みだったのも不幸中の幸いというべきか。


「ゲーミングパソコンショップ? 行ってみるか」


 家電量販店から自転車で数分ほどの距離……直線距離換算ではあるのだが、大盛況には言い難いような中規模店舗があった。


 駐車場は既に30台位は置けそうなスペースが満車、駐輪場はいくつかスペースがある。


 さすがに、パソコン本体を買うのに自転車で来店する人はいない、という認識があるのだろうか?


 入り口の看板にはゲーミングパソコン専門とあり、ゲーム配信で使うようなスペアパーツが見つかれば、という気持ちでツバキは入り口の自動ドアの前に立つ。


「いらっしゃい。珍しいタイプの客が来たものだ」


 いらっしゃい、と普通のトーンであいさつをし、その後にツバキの顔を見て何かを思った店長、彼の仕事着ともいえるエプロンには名札らしきものも見える。


 ツバキは、ふと名札の名前を見て、もしかして……とは思うものの、他の客にも迷惑になると思い、その場での言及は避ける。


(何故に珍しいと……?)


 ツバキは、ここでふとあるものを付けっぱなしで来店していたことに気づく。


 虹色に光る特殊なゲーミングブレス、それは拡張現実を使用したARゲームでは必須と言えるガジェットだ。


 ARゲーム自体はいくつかプレイはしたことあるのだが、自分のスタイル的な意味で配信向きでは……という理由で配信はしていない。


 ガジェット自体は他にも様々な機能が存在するので 配信時には装着をして行う事もまれにある。


「君、ゲーム配信者の雪ツバキだね」


 店長がツバキの正体に気づく。さすがに大声で呼んだりはしていないので、他の客は気づいていない。


(彼が、あの有名プロゲーマーの春日野かすがのタロウ…)


 その一方で、ツバキの方も店長の名札を見て……何者かに気づいていた。


 お互いに正体は気づきつつも、その後の行動をどうするか……そこで悩んでいる。ある意味でも警戒をしている、というべきか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る