第七話 なにも生み出さない行為

 さらに十年が過ぎた。サナギの部品の消耗はますます進んでいた。

 最悪だったのは、構築された対話マトリクスを記憶しておく不揮発性メモリが破壊されたことである。幸運にも、まだ生きている揮発性メモリには、圧縮した対話データを常に保存しておくだけの余地があった。しかし、今後はなにがあろうとサナギの電源を落とすことはできなくなった。

 サナギの内蔵バッテリーは劣化しきって使い物にならず、メモリを揮発させないために、昼間は太陽電池パネルに接続されたまま片時も離れられなかった。かろうじて予備電池にわずかな給電能力が残っていたお蔭で、日没後もサナギのメモリを保存し続けることができた。ただし、夜間はメモリの保持以外に費やす電力は一切なく、まばたきひとつできなかった。

 この二十年間の記録が完全に消滅すれば、それは、サナギの本物の“死”であった。

 カミーリアは毎晩無人の町をさまよい歩き、ときには何十マイルも遠征して、新しいバッテリーを探した。だが、二十年以上も放置されていたそれらのバッテリーは、とっくに蓄電池としての機能を失っていた。原始的な発電機が使えないかと試してみたものの、燃料となるガソリンは全部蒸発していた。

 あるときカミーリアが深夜に遠征から戻ると、身動きのできないサナギの体を、数匹のネズミが齧っていた。カミーリアは半狂乱になってネズミを追い散らし、その夜のうちに地下室のネズミの穴を全部ふさいだ。そのあとは泣きじゃくりながら、サナギから目を離したことを、何度も何度も詫び続けた。

 それでも、日中にはかろうじて会話だけはできた。カミーリアはサナギのかたわらに夜もすがら座り込み、かつてはあれほど憎んだ太陽が昇るのを待ち続けた。

 刻一刻と失われていくメモリ領域を確保するために、過去のデータを無理矢理に圧縮する過程で、ときおりサナギは誤作動を起こした。その誤作動は、カミーリアも忘れてしまったような大昔の命令をメモリの中から引っ張り出し、新規の命令として認識させるのだった。

「はい、人間を探しに行きます。お嬢さまのために、人間を連れてこなくては」

 サナギはそう言って立ち上がろうと、もはや固まって動かなくなった関節を、ぎしぎしときしませた。そのたびにカミーリアは胸をえぐられるような思いをしながら、サナギに余分な電力を消費させまいと、必死に引き止めた。

「もう、いいのよ。もう、人間は探さなくていいの。どこにも行かないで。ずっと一緒にいて」

「はい、ずっと一緒にいます。お嬢さま」


   *     *     *


「――あなたに、命があればよかったのに! あなたに命さえあったら、あたしの不死の命を、いくらでもわけてあげられたのに!」

 電源につながれたままのサナギを、狭い棺の中で抱き締め、素肌を触れ合わせながら、カミーリアはその首に狂おしく牙を食い込ませた。それは対話システムを相手に二十年間喋り続けるのと同様に、なにも生み出さない無意味な行為であった。

 そんな主人の気持ちを知ってか知らずか――もちろん、知るわけはないし、理解もしていなかったが――サナギは、されるがままになっていた。

「お嬢さま、わたしはいなくなりはしません」サナギは慰めるように答えた。「わたしは対話機械です。今のわたしは、お嬢さまとの会話から生まれました――もともと、お嬢さまの中にあったものが、いずれ、お嬢さまの中に戻るだけです――わたしはお嬢さまと出会う前も一緒でしたし、お別れのあとも一緒です」

 その言葉自体にしても、サナギの構文生成マトリクスが、二十年間のカミーリアとの対話の記録から機械的に再構成したものに過ぎなかった。

 しかしカミーリアには、とてもそうは思えなかった。カミーリアはわっと泣き出して、サナギの胸に顔をうずめた。

「愛してる。あなたを愛してる」

 サナギはカミーリアの頭を抱き締めて、マトリクスに新たに追加された言葉を優しく反復した。

「わたしもです、お嬢さま。お嬢さまを愛しています」




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