第五話 サナギがカミーリアと出会うまで
霊柩車のヘッドライトが深夜のフリーウェイを照らすにつれて、無数のひび割れから雑草を繁らせたアスファルトの路面や、横転したり衝突したまま放棄された廃車の群れが、その光芒の中に浮かび上がった。
実は、ヘッドライトなど必要なかったのだ。路面や障害物の様子は、サナギやカミーリアの暗視能力なら真昼同然に見えたし、対向車はどこにも存在しなかった。けれども、だからといって無灯火で走るような融通性は、霊柩車とサナギの安全機構には設けられていなかった。
しばらくして、カミーリアが会話を再開した。
「サナギはどうなの? お父さんやお母さんはいないだろうけど、姉妹はいるわけよね? やっぱ、サナギみたいな感じなの?」
「わたしは、同シリーズの他機体とは外見が全然違います」
「ああ、そう言えば、あんたは“特注品”だったのよね……あんたを注文した“ご主人様”って、どんな人だったの?」
「登録情報によれば、ご主人様は三十五歳の男性です。姓名は秘匿モードに設定されております。ご主人様は千二百六十八日と七時間四十六分前に外出なさいました。帰宅の日時と行き先は不明です。まだ、お帰りになっておりません」
「あんたと初めて会ったとき、ご主人様はなんて言ってた? やっぱ、サナギみたいなかわいい恋人ができて、大喜びしてた?」
「わたしには、購入された直後の記憶はありません」サナギは首を振った。「ご主人様はわたしの貧弱な会話機能を知り、ひどく落胆なされたようでした。何度も対話を試みて失望するたびに、作られかけた対話システムのマトリクスをもっと理想的な形に構築し直そうと、わたしのメモリを繰り返し初期化されたようです」
「その“マトリクス”ってなに? サナギの心みたいなもの?」
「少し専門的な説明になりますが、構いませんか?」
「どうぞ」
「わたしたち機械人形の対話システムは、入力された質問文を“ベクトル”と呼ばれる一連の数字に変化させ、それに対応する適切な回答文のベクトルを生成することで実行されます。そして“マトリクス”とは、質問文のベクトルから回答文のベクトルを生みだすための単純な計算式のことです」
「でも、サナギだってせっついてやれば、今みたいに色々とお喋りしてくれるじゃない。あれが全部あたしの言葉を計算して作ってる言葉だなんて、とても信じられない」
「質問文のベクトルは回答文に適切なベクトルの方向を与えるためのもので、本質的に回答文の原型となるのは、生成器から取得されたホワイトノイズに含まれる潜在変数です――古いアナログ式のテレビやラジオが出す、ザアアア、というあふれ落ちる砂のような音を聞いたことがありませんか? あれがホワイトノイズです――ホワイトノイズにはあらゆる情報が含まれていますから、それを質問文と共に適切なマトリクスで処理すれば、いくらでも状況に即した会話文が生成できます。
けれども結局のところ、それは形を変えたノイズに過ぎません。わたしという存在は、『無意味』を『意味を装った無意味』に変換する媒介変数です。それ以上でも以下でもありません。ご主人様はわたしとの対話の中でそれを察知し、最終的に幻滅されたのだと思います」
「やっぱり、人間って自分勝手ね」
「最後の初期化の二時間後に、サンフランシスコが受けた核攻撃を伝える臨時ニュースが入りました。わたしは人間ほど高速で走行できませんし、待機モードのまま留守番を命じられました。初期設定された時刻がきたので、わたしは屋内の清掃タスクを実行しておりました。何度床を磨いてもすぐに煤が積もるので、一日あたり二十一時間は清掃タスクに費やす必要がありました。二十回目のタスクの実行中に、お嬢さまがいらっしゃいました」
「サナギも苦労してたのね」カミーリアがしみじみと呟いた。
その日は、夜明け前にドライブインが見つかった。ふたりで協力して棺を地下倉庫におろすと、サナギは見張りの務めを果たすべく、階段をあがっていこうとした。
「ああ、もう見張りはいいわ」カミーリアがサナギを呼び止めた。「今朝からは一緒に寝ましょ。夜は運転、昼間は寝ずの番じゃ、サナギも大変でしょ? どうせ、人間なんてどこにもいやしないわよ」
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