第四話 カミーリアがサナギと出会うまで
カミーリアの棺とサナギの太陽電池パネルを運ぶのにうってつけの霊柩車を発見したことで、移動手段の問題は解決した。荷物はこの二つだけで事足りた。車の燃料ユニットは道中の遺棄されたステーションから補給できたし、その他のこまごまとした品物が必要になっても、おおよそは旅先で手に入った。
サナギには車両の運転機能が備わっており、運転席に座って道路の状況を目視しながら、ドライブナビゲーターと近距離無線接続すれば、ほぼ手離しで運転できた。完全に自動運転に任せてしまうのは危険であった。いくつかの道路は白骨を抱えたまま立ち往生した何マイルもの車列で塞がれ、ときには道路そのものがクレーターとなった爆心地で途切れていて、大きく迂回を強いられた。
昼間は路傍の建物に棺を運び込み、サナギを見張りに立てて眠った。適当な建物がないときは、カミーリアが荷室の棺で眠っているあいだも霊柩車を走らせ続けた。大きな町があれば、一週間ほど滞在して人間を探した。誰も見つからなかった。
夜は退屈だった。カミーリアはサナギと並んで霊柩車の助手席に座ると、ある晩には人間の愚劣さについて語り、ある晩には吸血鬼の王国の展望を語り、ある晩には自分の出自を語った。
「――あたしね、吸血鬼としては赤ちゃんも同然なのよね。まだ、見かけの年齢ぐらいしか生きてないのよ。吸血鬼だから、何百年も生きてるんだろうって思った?」
「はい、何百年も生きてるんだろうと思っていました」
サナギは運転タスクをこなしながら、従順に答えた。
「やっぱり、そう思うわよね……。
それに、貴族の末裔とはいっても、お城やお屋敷に住んだこともないし、本当は、サナギ以前には召使いを持ったこともないの。
でもね、あたしのお祖父さまは、それこそ何千年も生きてたし、本物の貴族だったのよ? 広いご領地に何百人も領民がいて、大きなお城では毎晩豪勢な宴会を開いて、領民の中に美しい乙女を見つけたら、血を吸って、一族の仲間に加えて――そりゃあ、領地を守るためにいろいろと残酷なこともなさってたらしいけど、当時の貴族なら、誰でもそれぐらいのことはやってたわ。
だけどお父さまは、お祖父さまが一族を増やし過ぎたのが悪い、って言ってた。あんな派手なやり方をしてたら、いつかはしっぺ返しが来るのは当然だ、って。
ある日人間たちがやって来て、お祖父さまがお墓で眠ってる隙に、心臓に杭を打ち込んで殺したの。大伯母さまも、叔母さまも、叔父さまも、吸血鬼の家令や使用人たちも殺されて、一族は根絶やしにされた、って。お祖父さまに金で雇われた人間の手を借りて、こっちの大陸に留学なさってたお父さまだけが、難を逃れられた。
だから、お父さまは人間に知られないように、ひっそりと暮らすことにしたの。吸血鬼にさせない程度に人間の血を吸って、齢をとらず、夜しか出歩かないことを不審がられたら、すぐに遠くの町へ引っ越して。友達も作らず、世界のあちこちを点々としながら、二百年ぐらい人間の中で生き続けた。
そんな放浪生活の中で、お母さまと出会ったの。
もう、その頃は吸血鬼はほとんど地上からいなくなっていて、ふたりが出会えたのは、信じられない偶然だったそうよ。ちょうど、あたしとサナギが出会ったみたいにね。
――見て。これ、あたしの宝物」
カミーリアは襟元から黄金のロケットを引っ張り出し、サナギのすぐそばで開いてみせた。
「どう思う? これがあたしのお母さま」
サナギは五秒間だけ運転タスクを車の対物センサーに切り替えて、ロケットを見た。蝶の紋章をあしらったロケットの中には、黒髪を結いあげた金色の瞳を持つ婦人の写真があった。
「お美しい方だと思います。お嬢さまの面影があります」
「でしょ?
お母さまの方も、お父さまと似たような境遇だった。ふたりはたちまち恋に落ちて、しばらくして、あたしが生まれた。
お父さまは、あたしが大きくなるまでは一か所に定住できるようにと、歴史ライターとしての収入で安アパートの地下室を借りて、あたしはそこで育った。夜には、近所の公園で遊んだ。
そこに通ううちに、ひとりの女の子から声をかけられたの。その子は公園に面した部屋に住んでて、夜だけ遊びに来るあたしを、不思議がってたみたい。
お父さまとお母さまからは、人間とは必要以上に親しくなるな、絶対に吸血鬼の秘密だけは洩らすなって、きつく言われてた。
でも、あたしはその子と親しくなってしまった。お友達が欲しかったから。そして、吸血鬼の秘密も喋ってしまった。その方が、友達の絆が深まるような気がしたから。最初は冗談だと思ってたみたいだけど、あたしの姿が鏡にうつらないところを見せたら、納得してくれた。あの子は、吸血鬼の秘密は誰にも話さないって約束してくれたわ。
その翌朝、初めて友達ができた嬉しさで眠れずにいたら、隣のお父さまとお母さまの寝室で、サイレンが鳴り響いたの。
お父さまは、就寝前には玄関のドアに警報機を仕掛けるようにしてた。
隣の部屋を覗くと、寝間着姿のお父さまとお母さまに、完全武装した大勢の特殊部隊員が襲いかかってるところだった。お父さまは何人もの隊員の首を素手でねじり切って抵抗したけど、マシンガンで何百発も銀の弾丸を打ち込まれて、動けなくされた。お母さまはあたしの部屋へ飛び込もうとした隊員の首に噛みついて、銀の棍棒で頭を叩き割られた。
あたしは、その隙に天井裏から逃げ出せた。アパートの駐車場にあったマンホールから下水道に潜り込んで、排水溝の隙間から表の様子を窺ったら、心臓に杭を打ち込まれたお父さまとお母さまが、太陽の下に引きずり出されて、たちまち燃え上がって灰になっていくところが見えた。あたしは見つかったら絶対殺されると思って、震えてることしかできなかった。
それから、数日間は下水道で暮らした。人間の前には怖くて出られなかったから、野良猫や野犬の血を吸って飢えをしのいだ。
これからどうしようって途方に暮れてたら、突然に大地震みたいに地面が揺れて、下水道の出口が全部埋まってしまった。一週間かけて地上に這い出したら、周囲のビルは全部崩れてて、みんな死んでた。
――人間はあたしの一族だけじゃなく、自分たちまで皆殺しにしたのよ。
くすぶり続ける焼け跡を見てると、あたしは、公園で出会った初めての友達のことが心配になった。
今にして思えば、あの子があたしのことを親に話しちゃって、そこから、お父さまとお母さまの秘密がバレたんだろうけどね……でも、あたしにあの子は責められない。だって、最初にお父さまたちとの約束を破ったのは、あたしなんだもの。
公園だった場所の裏にできた残骸の中で、ようやくあの子の死体を見つけた。落ちてきた屋根の下敷きになってて、でも、しばらくは生きてたみたい。下半身を押し潰した瓦礫を押しのけようと、両手の爪を全部剥がしたあとがあったから。
……やっぱり、お祖父さまの方が正しかったのよ! 人間には、どんどん不死をわけあたえてやるべきだったの! 人間をやめて不死者になっておけば、その人たちだけでも生き残れたのに!
確かに、あたしたちは昼間には出歩けない。だけど、それがなんだって言うの? 人間こそ、もっとくだらないことで簡単に死んじゃうじゃない! 太陽の下に出なければ、あたしたちは永遠の夜を生きられる。たかだか百年ぽっちの寿命しか持たず、その寿命さえも自分で縮めてしまうような人間たちより、吸血鬼の方が、ずっとずっと素晴らしいじゃない!
……あの子だって吸血鬼になってれば、あのくらいの怪我じゃ死にはしなかったわ」
「本当にお気の毒でした」
サナギのあっさりした返答に、カミーリアは怒りで身を震わせた。
「なにが、『本当にお気の毒でした』よ! 他人事みたいに! なんにもわからない機械人形のくせに! どうせ、あんただって人間に作られた道具で、人間のしもべじゃないの!」
「わたしは人間に作られた道具ですが」いつものように、サナギは冷静な声で告げた。「お嬢さまのしもべです」
「ごめんね……昔の話してたら、つい取り乱しちゃって」カミーリアは、ぐったりと助手席のシートに背中をあずけた。「人間の作った車で旅をして、人間の作った家に泊まって、人間の作った棺の中で眠っておいて、サナギにだけ当たるなんて……あたし、なにやってんだろ? こんなの、全然フェアじゃないよね」
「いえ。こちらこそご期待にそえず、申し訳ありません」
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