第二話 死者と不死者には敬意を払うもの
夜道を二時間ばかり歩くと、郊外の住宅地に着いた。このあたりの建物は核爆発の爆風や熱線の影響をさほど蒙っておらず、放射線量もほとんど気にならないレベルまで落ちていた。少なくとも、吸血鬼と機械人形にとっては。
カミーリアはなるべく損壊の少ない家を選び、玄関のドアを力まかせにこじ開けた。
「ここが、お客様のお宅ですか?」機械人形がたずねた。
「まあ、そんなとこ」カミーリアは適当にあしらった。
カミーリアの祖父は招待されていない家への無断侵入を潔しとしなかったそうだが、彼女にその手のこだわりはなかった。大体、人が安眠しているところへずかずかと入ってきて、胸に杭を打ちつけていく連中の同族に、どうしてそこまで気を遣う必要があろうか。
二階の寝室には、家族らしき三人分の腐乱死体があった。床に転がった毒薬の小瓶と錠剤からは、覚悟の心中であることが窺えた。
カミーリアが死体を指差して命じた。
「最初の仕事よ。この目障りな死骸を片付けて」
機械人形は悪臭を放つ死体を持ち上げたものの、その先の行動に窮して動きを止めた。やがて、なにかを思いついたように、死体をそのままにして階下へと降りて行った。しばらくして数束のゴミ袋を片手に戻ってくると、死体の関節を強引にへし折り、無理矢理ゴミ袋の中にねじ込み始めた。
「ちょっとちょっと、あんたってば、やることが極端なのよ!」カミーリアは慌てて機械人形の蛮行を制止した。「せめて庭に穴掘って、一緒に埋めてやるなりしなさいな。あと、塚ぐらいは作ってあげなさい。死者と不死者には敬意を払うものよ」
「はい、お客様。死者と不死者には敬意を払います」
「それから、今後はあたしのことを“お嬢さま”と呼びなさい。こう見えても、あたしはセクリー貴族の末裔で、血管にはアッティラ大王の血が流れてるんだから。あんた、アッティラ大王って誰か知ってる?」
「アッティラ。紀元四〇六年~四五三年。フン族の王。後世のキリスト教徒からは〈神の鞭〉の異名で知られる。その支配領域は東はカスピ海から西はライン川にまでおよんだ。四五一年にガリアに侵入して現在のオルレアンまで進軍したが、カタラウヌム平原の戦いにおいて撤退を余儀なくされ」
「そういうのはいいから」カミーリアはあくびをした。鎧戸で覆われた寝室の中は真っ暗とはいえ、表では東の空が明るくなっている。眠くて仕方がなかった。「とにかく、あたしのことは“お嬢さま”と呼ぶのよ? わかった?」
「はい、お嬢さまのことを“お嬢さま”と呼びます」
「それから……えーっと、呼び名がないと不便よね。あんた、名前はなんていうの?」
「製品名はニューハイヤードガールシリーズ・マークファイブ。型番は――」
「製品名じゃなくてな・ま・え。あんたの名前を訊いてんの」
「固有名はありません」
「あんたの元主人は、名前も付けてくれなかったわけ? 使用人が使用人なら、主人も主人だわ――じゃ、“サナギ”。あんたの名前は“サナギ”よ」
「はい、わたしの名前はサナギです」機械人形はにこっと笑った。「名前を付けてくださって、ありがとうございます」
「いいこと、サナギ。この死骸を片付け終えたら、近所の葬儀屋から最高級の棺を調達してきなさい。こんなあけっぴろげな場所じゃ、落ち着いて眠れやしないわ。代金? バカね、人間のものはすべて吸血鬼のものなのよ。金銭的な問題は一切ないから、遠慮なく一番高い値札が付いてるやつを選ぶのよ」
サナギの名を与えられた機械人形が五ブロック先にあった葬儀屋から棺を運んでくると、カミーリアはその中でくつろぎながら、次の指示を出した。
「それじゃ、これからあんたは、あたしが眠ってる昼間は周辺を探索して、あたし以外の生きてる人間を探しなさい。そして、人間を見つけたなら、この家に連れてくるのよ? 『生存者がいる』って言いくるめて――もちろん、『吸血鬼がいる』なんて言っちゃダメだからね!」
「はい、お嬢さま以外の生きてる人間を見つけたら、『生存者がいる』と言いくるめて連れてきます。『吸血鬼がいる』とは言いません」
サナギに使われている対話システムに、嘘をつくような高度な機能はない。それはカミーリアも承知していた。しかし、サナギが自分から口を滑らせない限り、わざわざ、「その生存者とは吸血鬼か?」などと質問する人間はいまい。
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