第6話

 あの子が気絶している間に食べてしまおう。


 悪食の鬼。そう名付けられ、もてはやされたはいいものの、アタシには普通が眩しく見えるようになってしまった。


 特に、あの子は普通の子だ。ただちょっとひとりでいることが多いから、どういう人柄なのかは知らない。証拠隠滅。タダ昼寝してただけ、と思ってくれれば上々。


 血をすすり、骨を噛み砕く。未だに己の力の使い方を理解できない。だからわざわざ手で掴んで口に入れて食べている。舌の上で軟骨が滑る、筋繊維を転がす。噛み切る、生暖かい液体が濃厚なにおいと共に溢れる。口の端を拭ってまた詰め込む。概念も記憶も垢も、怪異となればただの肉。妖怪であろうがそれは変わらない。ヒトもたぶん、同じ味がするんだろう。


 はた、とその手を止める。


 あの子が起き上がってあたしを見ていた。


 眠たそうな、愛想のない緑の瞳はじっとこちらを見つめている。


 何を言われるんだろう。


 ドキドキしながら待っていたけど、彼女は何も言わずに立ち上がり、そのまま家に帰ってしまった。悲鳴の一つも上げなかった。


 次の日も学校で会ったけど、何も突っ込まれなかったのは今でも疑問に思うことがある。あいつに限って忘れたとか絶対に無いだろうし。


 それが妙に嬉しかった。


 私を初めて何でもない存在として受け入れてくれたみたいで。それまで覚えていた寂しさを忘れられた。だって、だって。どこへ行っても特別扱いだったアタシが! まるで普通の人かのように扱ってくれる、なんだかんだ言いながら普通に話してくれるなんて!



 受け入れか、分かりづらい拒絶か。


 中身の見えた箱を、アタシは未だに開けることができていない。



「……わざわざ嘘をついた理由が知りたい?」


 声なき声に耳を傾ける。食ったものの自我が残っているのは珍しいことではない。今回はそれなりに大きかったのもあるのだろう。当然と言えば当然か。


「そりゃあんた、唯一の理解者をみすみす失うワケにはいかないでしょ。それなのに御上ときたら、あの子を捨て駒みたいに使うんだもん。え? 規約違反? 規約が間違ってんだよ。そうでしょ。調査員だってタダじゃないの。お金は別で稼いでんだし、最悪養える。知らないことは、知りたくないことは知らないでいいのよ」


 影は沈黙していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼姫怪々 猫セミ @tamako34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ