第3話

 現状。


 ・入り口しかない

 ・展示物は怪異に→妖怪はいない

 ・空間異常が見られる→夜


 そう軽くメモに書き込んでいく。


「何? この夜って」


 真が不思議そうにその文字を指しながら言う。


「別にそのまんまだけど」


「いやだなぁ。わざわざ書くってことは、理由があるんでしょ?」


 ……めんどくさ。


 そういえばコイツはこんなヤツだった。気になったことは答えが出るまで引き下がらない。黙っていろよ、とは思う。


 ──ここで言う『夜』というのは場所の名前だ。


 地球という乗り物に乗って、日常的に行くことのできる異世界。リアルタイムで重なり合う世界。昼と夜は独立した別の場所である。……と魔術の師匠である父が言っていた。


 そんな感じで軽く真に説明してやる。


「ふーん、じゃあここでなんかしたら向こうにも影響出んの?」


「出る。あー……そうね、アンタがいつも言うレイヤーみたいなものよ。昼と夜は別レイヤーだと思って。大雑把にはそれでいいから」


 と、付け加えるも真はまだぴんと来ていない様子だった。仕方ない。私だってまだ納得していない。し、これに関してはまだ分かっていないことの方が多い。


「はえー……魔術って難しいことやんのね」


「別に全部理解しなくてもいいわよ。私は夜しか使えないという縛りがあるからなんとなく勉強しただけ。古式魔術だし完全に理解できなくてもそこまで困ることもないわ」


「んでさぁ、みっちゃんよ」


「……何?」


 急にどうしたのよ。


「いやいや、昔はこう呼んでたじゃん」


 いつの話してんだか。そう思いながら「知らない」と言っておく。


「えぇー」


「昔は昔。今は今。別物」


「冷たァ」


 不満げにヤツは口先を尖らせる。何で今更小学校時代のあだ名が許されると思ったのか。


「んで、光浦みつうらつばささんよ」


 何ですかね。わざわざ。


「原因に大方の目星はついていて?」


「全く。一番奥にいるのは確定していると思うけど。攻撃されないのも違和感あるし」


 そう。


 困ったことに全くと言っていいほど目星がついていない。遭遇するモノが知能のない怪異ばかりなのだ。完全なる夜の住人の行動は、何の意味もなさない。


「あぁ。そっか。妖怪だったら読み取れるって言ってた気がするな」


「言った気はしないけど、それで間違いないわ」


 真は足元の肉片をつま先で突きながら先へと進む。とりあえず最奥であろう二階の端を目指している道中。


「お、紙類がいっぱいあるな。元資料室かね」


 ちょっと。


「寄り道しないでよ、ただでさえ──」


「まぁまぁそう言わずに。手がかりかもしれないじゃん」


 そう言いながら真は足元の紙束を拾い上げる。肉塊も紙には興味が無いらしく、少し離れた場所にいる。逸れるわけにもいかない、と私は足を止めてその背を見つめた。



「ふーん、分からん! ダメだね」


 真はそう言いながら紙束を床に置く。思ったよりも早く音を上げた。


「諦めるのが早いのよ」


「しょうがないじゃん。時間ないのは解ってるからさ」


 肩をすくめ、小さく舌を出しながらヤツはそう言った。その動作が妙にムカついたので、わざと大きく舌打ちしておいた。


「なんだよ急にー」


「何でもない。おかげさまで大体の見当は付いたわ。やっぱり一番奥にぶん殴りに行かないと」


 真がアレソレしている間に、私は私で思考をまとめていた。


「へえー。いいけどさ、結局黒幕って誰なワケ?」


「そりゃもう、依頼主こと館長さんしかいないでしょ」


 全く関係のない第三者が関わっている可能性があるが、それはそれでめんどうすぎる。何より私たちが気が付けるかどうかが怪しいラインだ。


「あー、まぁ、そっか」


 第三者……特にそれが魔術師だった場合が一番厄介だ。私は魔術師の端くれではあるが、その社会に属してはいない。向こうには向こうのルールが存在する。


「最悪殺されるわね」


「そうなった場合は守ってあげてもいいよ」


「死んでも御免だわ」


「まぁそう言うなって」


 辻村真はにへら、と笑ってみせる。


「魔術師かどうかは確定できないけど、最悪切り捨てるから思い切りやってくれていいと思うんだけど、どう?」


「バカ言わないでよ光浦さんや。それってつまり、アタシを切り捨てるって宣言してるも同然じゃないですかやだー」


 違わないし、そう言ったつもりだけど。


「冗談よ」


「あはは。みっちゃん冗談とか言うのかぁ。明日は槍が──」


「降ってもおかしくないわね。今すぐ足元に穴ができるかもよ」


「んなバカな」


 ──ひゅっ。

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