最終話有族自遠方来 不亦楽!

「なんで、いきなり牢獄に叩き込まれなきゃならないんだ!」

 とは言っても、独房でやることがないパオロ・リウは寝っ転がるしか脳がない。


 漆黒の闇が、パオロの時間間隔を奪う。


――どうしてこうなった?


 パオロは自問自答する。

 今頃は洛陽の都で一杯ひっかけながら、千年王国の美女をたどたどしい言葉で口説いているのではなかったか。

『言葉わからないのね。そういうところがカ・ワ・イ・イ・!』なんて言われながら、東洋の美女と一晩を共にしている頃だ。


 持ってきた荷物も、もはやあるわけがない。

 暗闇を見渡してみれば、結構広い独房であることがわかる。


 普通であれば、何人もの罪人がおしくらまんじゅうの如く詰め込まれ、牢内の衛生環境は最悪。

 ネズミが糞をするだけならまだしも、ネズミによって疫病が流行り死に至る危険性すらあるのだ。

 それを考えると自分が閉じ込められた牢屋は、どうやら貴人が幽閉されるような独特の雰囲気を漂わせる。

 目が闇に慣れて来ると、シカの角などで作った外灯、皮などで作った敷物すらあることに気付く。


「どうやら特別待遇であるようだ」

 パオロは悟った。


 しかし、罪人であることは変わりなく、部屋の入口はきちっと鉄格子でロックしてある。


――部屋の中のもので、入り口をぶっ壊せるんじゃないか?


 パオロは暗闇の部屋を物色する。


 しかし武器になりそうなものはない。


 鉄格子に蹴りを入れ、彼を捕まえた捕吏の顔をひとりひとり思い出して、逆に拷問にかけることを想像していたら、その男はやって来た。


「君かね、『劉操の末裔』を名乗った男は?」

 従者に松明と鞭を持たせた、荘厳な雰囲気を漂わせた壮年の男性は、流暢なラテン語でそう語りかけて来た。


「いかにも。『リウ・ツァオ』は僕の先祖です」

「ふむ」

 男は訝し気にパオロを眺める。


「劉操は遥か西ではどんな評価なのかね?」

「『リウ・ツァオ』は、目的の為ならば手段を選ばない代名詞としては知られていますが、千年王国の始祖であるとは知られておりませんでした。実際私は知りませんでしたし」


「ふむう。劉操はいささか牢屋と縁がある。知っておるかね?」

「99回鞭で打たれて、その相手が10進法が出来ることに驚いたって話でしょ。代々受け継がれて来てますよ」

「彼はそのときの傷を嫌い、家族以外にはその話を知っている者は殆どいない。どうやら本物であるようだ」

 男は指をパチっと鳴らす。

 背後にもう一人隠れていた従者が、牢屋の鍵を男に向かって差し出す。


 男はみずから鍵をあけ、扉を開き、そしてパオロに向かって大きな体躯を駆使して獲物を狙うクマの様にハグをした。


「長い旅でありましたな。おつかれさまでございました」

「え?」


「現在、象徴皇帝を務めさせて頂いている劉嘉です。『劉操』の血を引く御方よ、あなたのお帰りを待つために漢は、千年王国はちゃんと立派に続いて参りました。そして……」


 皇帝・・は手を思いっきり振りかぶり、パオロ・リウの頬をこれでもかと引っ叩く。


「痛っ!何するんですか!?」

「そして三代目皇帝『劉融』の遺命です。『自分を捨てて去って行った父母の子孫が帰って来ることがあれば、まず殴れ!』と」


 さらに皇帝は従者から鞭を受け取り、パオロに向かって繰り出す。


「さらに『死なない程度に鞭打て!』とも」

「いたっ!ロクな皇帝じゃないな!!!」




「そうです、ロクな皇帝ではありません。初代・劉備、二代・劉操、三代・劉融、そしてこの私も……」


 現皇帝陛下は、暗闇の中でも光り輝く歯を見せながら、豪快に笑う。


「羅馬にて発刊されている『リウ・ツァオ論』。そのことについて今日は語り明かそうと思い、これからささやかながら非公式の晩餐会を行います。あなたは主賓です。まさか皇帝みずからの誘いを断ることなどいたしませんよね?」


 パオロは、合点がいった。

 符号が合わさった。


『パオロ・リウ』は語られていた千年王国の皇族。

 そして目の前に居る大男は自分の遠く離れた、千年以上前に別れた血を分けた同族なのである、と。


 そして牢に入れられたのは『刑罰』ではなく、『身辺保護』であったのだと。








「偉大なる先祖『劉操』。その血を分けたものが1000年ぶりに再会するのです!どうして楽しくないわけがありましょうや!」








有族自遠方来 不亦楽!










          劉備の嫡子 

~もし蜀漢を継ぐのが劉禅じゃなかったら後世の人はどれだけ不快感に襲われなかっただろうか~


           ~完~


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🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 

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このあと、おまけがあるよ!


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