第138話劉家の末裔
パオロ・リウは、ヴェネチアの商人である。
先祖は東方から来たらしく、顔色がエキゾチックであるとよく言われる。
幼い頃は少し差別と言うか区別されたが、それほど深刻なものではなかった。
交易都市において、肌の色はそれほど重要ではないからだ。
彼の愛読書は『イル・ミリオーネ』
またの名を『東方見聞録』
みずからのアイデンティティを知るためにも、彼がこの著述に出会うのは必然的であった。
東では、この黄金の粒が山ほど取れるという。
パオロはアイデンティティの確立と共に、この『天国の種子』を手に入れるという実益を兼ねて船ではなく、わざわざ陸路で東へと旅立った。
パオロは一挙手一投足を見逃さないように、注意深く、そして用心深く旅をつづけた。
「なるほど、この冒険は本にすれば儲かるだろうなあ」
その本のページが短編から中編、そして大型辞書にでもなるであろう、と確信に至ったときに、その国の都に辿り着いた。
「漢!千年続く伝説の王国!」
知識欲が旺盛なパオロは、洛陽である一冊の本に出会う。
『韓非子』
簡単な会話はできても、漢字の読み書きがまだ分からないパオロは、都で出会った羅馬語が解る漢人に訳してもらう。
「これは先年、フィレンツェのニッコロ・マキャヴェッリが書いた『リウ・ツァオ論』に少し似ているな!」
道端でそう叫んだパオロを、捕吏がしかめっ面をして睨んでくる。
「おい、今『神聖皇帝陛下』の名前を呼び捨てにしたな!」
「へっ!?」
「『劉操』と呼び捨てにしただろう!?」
「えっ!?えぇー!?『リウ・ツァオ』は僕の先祖ですよ!先祖を呼び捨てにしちゃいけないんですか!?」
「なにっ!?貴様皇族を騙るか!『一日帝』は漢において一番神聖な皇帝陛下だ!諱を呼び捨てるなど不敬にもほどがある!」
捕吏は集団でパオロに迫り、彼は到着した直後に牢獄行きとなった。
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