第137話旅立ち

「諸葛丞相。君の才能は曹操・・の10倍はあり、きっと国家を安んじるであろう。もし、劉操が輔佐するに足る人物であれば、これを補佐してやって欲しい。もしも劉操が居ない・・・のであれば、君は国を奪うが良い」

「臣は心から嗣徳さまに心服しております。力を尽くし、忠誠の操を捧げる覚悟です。そして最後には劉融さま・・・・のために命を捨てる所存であります」

「うむ……」

 劉備は牀の上で長大息した。

「関羽が待っておるでな。『こっちへ来い、ひとりでは寂しい』と言っておるわ……」

 章武10年4月、劉備は息を引き取り、崩御した。


 皇帝のものとは思われぬほど、簡素な式が故人の遺志により挙げられた。

 人々は偽の声名で飾り立てた皇帝のために涙を流した。

 天も人々の声が届いたかのように故人が嫌った雷鳴をあげ、まるでまだ天に召されるのを固辞するかのように三日三晩、泣き喚きだした。




 


 劉操の時代。

 劉操が現代でその日を生きようとした令和・・の時代が始まる。


 人々は先帝の時代から、実際には劉操が政治を取り仕切っていたことを知っている。

 どうして新皇帝の治世に期待せずにいられようか。

 

 しかし、新皇帝は即位の翌日、皆の前から姿を消し玉座には退位宣言書が残されていた。


 令和は1日で終わりを迎えた。


 劉融の時代が始まる。


 張飛は酒を解禁し、新々皇帝と酌み交わすことに生き甲斐を感じるようになった。







「私は行けません。融を残しては行けません」

 夏侯響歌はそう言って、に残った。

「ではわらわだけで旦那様をひとり占めですがよろしくて?」

 孫嫋淑の挑発に響歌は顔を下に悲しそうに背けた。






「では、行くか!」

 孫嫋淑・徐庶・趙雲・魏延・賈華は劉操に従い、遥か西方へと旅立った。

 

 ゴビ砂漠を駱駝で越えて、ローマ帝国へと足を向ける。

 



「千年王国は夢のまた夢だった。しかし、融ならば私よりも賢明に国を治めるであろう」

 もう漢に帰って来ることはないであろう。

 いつしか、子孫が一市民として中華に帰って来るかもしれない。

 そのときもやはり、漢ではないであろう。






 灼熱のオアシスで一行は体を休める。

 次の旅程はどこであろう。


「ほう、陛下は羅馬の文字が読めるのでござるか!なかなかに格好良いですな、拙者の龍与傷槍りゅうよしょうそうにその横文字を彫ってくだされ!」

「わかったから『陛下』はよせ!もはや身分の差などない」

「わかりました、嗣徳どの!」

 趙雲の老いた顔にまた一筋、しわが増える。


 一行は旅を続ける。


 また次のオアシスで旅装を整えていると、一報が入った。

『高貴なご夫人が遥か東から、ひとりで旅をしているらしい』

 その報を受けるや否や、劉操はひとりで東へと引き返す。




 周りに何もない殺風景な砂漠でふたりは再会を果たす。

「来て……しまいました」

「うん」

「普通の女ですから。天下無双の普通ですから、やはり自分の主とは別れたくはないのです」

「二無きものであるから、当然だ」


「極めて普通なんですから、最初から意地を張ったりしなくて良かったのですわ!」

 うしろから追いかけて来た影がそう言った。

「国を計るのに女の所在をもって成すのはいけないが、人ひとりの人生くらいそうであっても、誰にも迷惑をかけないであろう」


「そう、ですねっ!」


 炎天下に揺らめく3つの影はひとつに重なり、しばらくその所在を動かそうとはしなかった。

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