第120話周瑜落命

『周提督は、主君の妹君を生贄にしようとした』

『そもそも魏軍と戦おうとしたのも、曹操が自分の妻を奪おうとした私憤からであるらしい』

『それでいて、国を獲るには主君の妹ひとりの犠牲で済むと言っていた』


 この劉操が呉へ流させた『ちゃんとした根拠のある流言飛語』は孫権の耳にも入った。

 孫権は荊州へと公式に使者を出し、孫嫋淑じょうしゅく賈華かかに対して詰問した。


「すべて事実です」

 嫋淑と賈華は、すでに劉家にて一生を終えようと考えている。

 隠すことなく雄弁に周瑜の策を語った。


 当然、孫権と周瑜の仲は急速に急激に悪化した。

「まさか呉の譜代である私がこんな目に遭おうとは……」

 周瑜の病状は悪化し、孫権は見舞いの使者すら出そうとはしなくなった。




 周瑜は精神的にも病み始め、病状は深刻になっていった。

 しかし孫権の意・・・・を汲んだ呉の臣はだれひとりとして見舞いに訪れない。


 そこへ劉操の見舞いの使者が、手紙を持ってやって来た。

 落ち込んでいた孤独な周瑜は、自分が害そうとしていた劉操の使者ですら喜んだ。




柴桑さいそうにて、一別以来久しくご無沙汰いたしております。そもそも国を計るに、女の所在を持って事に当たるとは下男でも考え付かぬ下策中の下策。己の分別をわきまえず、主君の一族をも犠牲にしようとした野心を私はまずまず評価しているつもりですが、周公瑾ともあろう一世の英雄が何ということを成してしまったのでありましょう。百世ののち、あなたの名前が地に落ちていることを考えると私はあなたの身を思い、心が震えます。はっきり言ってしまうとあなたは自分の能力以上のことを成そうとしてしまった。あなたの名前は後世において愚の骨頂として知られることになるでしょう。』




「劉操はなにもかも見通していた!私のやることなすことをすべて見通し、逆に利用してくるとは!人生とは無情だ!天は何故この周瑜を地上に生まれさせながら劉操まで生まれさせたのだ!」

 そう言うと周瑜は大喀血をした。


「紙と筆を……」

 周瑜は力を振り絞り、遺言と孫権への弁明の手紙を書いた。

「これを呉候に……」

 周瑜は周りの者に手紙を渡した。

「私の運命もここに終わった」

「何を弱気なことをおっしゃられます!」

「私の体だ、私が一番よくわかる」

 そう言うと、周瑜はそれ以上医者を近づけることを拒否した。


「おぬしら、呉候を頼む。忠節を尽くし……」

 そこまで言うと周瑜はガクッと糸の切れた操り人形のように生気を失った。

「あっ、提督!」




 だが再び返事はかえってこなかった。




 呉の大黒柱・周瑜はここにその生涯を閉じた。

 このとき周瑜は36歳であったという。


 しかし怒り心頭に発した孫権は、周瑜の埋葬すら許さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る